第3話【他の住人達】

「それでね。大塚おおつかったら、金もないのに無理してプレゼントなんか買ってくれたんですよ? 私はもうそれが嬉しくて!」

「そうですか。いやあ、いい話ですね。それで、そのプレゼントされたネックレスが無くなったんですね?」


「そうなの! あのネックレス、こう言っちゃあなんですけれど、そんなに大した値段じゃないんですよ? でも、私のお気に入りで。お気に入りといえばそうそう。この前なんかもね?」


 はぁ……案の定です。この奥さんの話好きは筋金入りですね。どんなに話を修正しようとしてもどんどん別の話が湧いてきて、一向に話が前に進みません。

 お茶を既に2杯は頂きましたが、まだ肝心のネックレスがどういう状況で紛失したか、さっぱり分かりません。いつになったら本題に入れるのでしょうか。

 会長ですか? 会長は既に電子タバコを吸いに外へ出ていってしまいました。本当に自由なお人だこと!


「それでね? 大塚も私も大のうさぎ好きでしてね? それが縁で親しくなったこともあるんですけれど」

「そういえば、社長さんまだお戻りにならないんですか? すぐ戻ると言うようなことを仰っていましたけれど」


「ええ。もう間もなく戻ると思いますよ。あら? やだ。もうこんな時間。プルームちゃんにご飯をあげないと」

「プルームちゃんですか?」


「ええ。私たちの飼っているうさぎですの。そうだ! ぜひ佐久間さくまさんも見ていってくださる? とっても可愛い白うさぎですのよ?」

「ああ。はい。ぜひ」


 そう答えると奥さんは満面の笑みを私に向け、そのプルームちゃんとやらがいる部屋へ案内してくれました。居間を出て廊下を渡り北側の奥まった部屋の扉を開けます。

 おや? 随分暗いですね。自慢じゃないですが、私は目があまり良くないので暗がりは苦手です。まったく見えないほど暗くはないですが、明るい部屋からここに来ると物が見えにくいくらいの暗さです。

 あ! いましたよ? 確かにうさぎです。元気に駆けています。え? 違うんです。私もびっくりしたんですが、どうやらこの部屋まるまるがプルームちゃんの部屋みたいです。檻なんてないですからね。

 くぅ! 私なんて自分の部屋すら持ってないのに! うさぎのくせに羨ましい限りです。


「どうです? 可愛いでしょう。買った時はほんとに小さくて羽根みたいで。だからプルームと名付けたんです」


 ああ。なるほど。フランス語の羽根という意味ですね。さすがお金持ち。ペットの名前にフランス語だなんてシャレています。

 わぁ! なんか丸いコロコロしたのを踏みましたよ? あぁ……これ、プルームちゃんの落し物ですね。うさぎはトイレの場所を覚えますが、そこ以外にもしちゃうんですよねぇ。


「待ってくださいね? 掃除とかは明恵あきえさんにお願いしているけれど、ご飯は私があげる決まりにしているんですの」


 そういうと奥さんはクローゼットから草とペレットが入った袋を取り出しました。手際よく草とペレットをそれを置く用の器に並べていきます。

 その間プルームちゃんは奥さんの足元にまとわりつくようにうろうろしていました。うさぎも人間になれるとこうやって近付いてくるんですねぇ。


「おばーたん! ここになの!?」


 扉が勢いよく開けられ、小さい男の子が入ってきました。話に聞いていたお孫さんでしょうか。まだ上手く話せないくらいの年頃のようです。可愛いですね。


「あら。まーくん。おばあちゃんはここよ。どうしたの?」

「ぷるーむたん、みにちた! かぅわいいねぇ!!」


 微笑ましいですねぇ。私の下の子供と一緒くらいでしょうか。小さな手でプルームちゃんを撫でています。


「もぅ。まーくんは足がはやいねぇ。お母さん追いつくのがやっとよ……あら? お客さん? こんにちは。娘の佳代子かよこです」

「ああ。これは、初めまして。佐久間と言います」


 遅れて娘さんが入ってきました。私よりかなり若そうに見えますが、そこは女性のこと。本当の年齢は伺い知れません。

 奥さんに似てきれいな方です。格好も落ち着いた感じに見えます。良いですね。とても好みです。ん? ああ。すいません。心の声が漏れましたね。


「ほら。まーくん。おいで。お客さんが帰ったらまたプルームと遊ぼうね」

「うん! ぷるーむたんとあとぶ!」


「あ、お構いなく。ところで佳代子さん。実は奥さんのネックレスが無くなった件で来たんですが、何か知りませんか?」

「あら? ああ。あなたが噂の。もう母ったら昨日からすごかったんですよ? うちに名探偵がくるって」


「あははは。そんな大層なものじゃないですよ。ところで良かったら話を聞かせて貰えませんか? 実は奥さんに聞いていたんですが、一向に話が進まなくて」

「え? あら、母の悪いくせだわ。まったく。良いですよ。私の知っていることなら」


 ほっ。助かりました。これでようやく話が前に進みそうです。ここまで本当に長かったです。

 横目で見ると、奥さんはお孫さんと楽しそうにプルームちゃんと遊んでいます。まーくんいいですよ! そのままお婆ちゃんをしっかり釘つけにしておいて下さい。その間に私が佳代子さんからしっかり話を聞き出しますから!

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