死ぬ覚悟で食べる

 2021年が明けてから、1カ月ちょっとが過ぎた。

 このお正月に、お餅を食べたという人も多いことだろう。

 私も今年のお正月は、何年か降りにお餅という物を本格的に食べた。実家に来てくれた姪っ子たちがついてくれたのだ。

 どちらかというと、私はそんなにお餅を食べる方ではない。べつに嫌いなわけではないのだが、あまりお餅には興味が無いという感じだろうか。

 それでも、きなこ餅と、お醤油と大根おろしのお餅と、あんころ餅を、それなりに堪能することができた。たまにはお餅も良いもんだなあと思った。


 ところで、昨年の11月の終わりにお別れさせてもらった元相方も、お餅が大好きな人だった。

 何がすごいって、彼は年末からお餅を買い込んで、年が明ける前から食べ始めるのだ。

 お餅をあまり食べない私からしたら、そのことだけでも充分すごいことなのだが、彼はお正月が終わってからも、なおもお餅を食べると言うのだ。そんな彼の言動、いや風習(?)には、本当に驚かされた。

「お正月終わったのに、まだお餅食べるの?」

彼と暮らし始めた当初、半分呆れながら尋ねる私に対して彼は、

「あのなあ、お正月っていうのは1月のことをいうんだよ。だからまだお餅を食べていてもいいんだよ」

と言って、お正月が過ぎてからも、3食の内のどこかで、必ずお餅を食べていた。そのぐらい、彼はお餅が大好きな人だったのだ。

 おかげで洗い物をする身としては、食器に張り付いたお餅を落とすために、食器に湯を張って、そこに洗剤を1.2滴たらして、しばらく置いてから、またキッチンに戻ってくるという手間が、とてもめんどくさかった。

 いつしかこの人は、お餅をのどに詰まらせて死ぬんじゃないだろうかと、私はお正月が近づくたびに、毎年心配でならなかった。

「お餅食べるのはいいけどさあ、のどに詰まらせないように気を付けてよ。死なれると困るから」

と、こちらも毎年のように半分冗談でそんな忠告をしていた。

 しかし、そんな私の心配と忠告をよそに、彼はこう言うのだ。

「死なないように気を付けるんじゃなくて、死ぬ覚悟で食べるからだいじょうぶだよ。むしろお餅をのどに詰まらせて死ぬなんて、かっこいい死に方だとおもわないと」

死ぬ覚悟で食べる…。

 なるほど、そうなのか。彼の持論に、ほんの少し納得させられている自分が居た。

 確かに、人生の終わりに、自分が好きな物を食べながら死ぬというのは、ある意味最高の死に方かもしれない。でも、私はそんな死に方は嫌だなあ。お餅をのどに詰まらせて死ぬだなんて、創造しただけで苦しそうである。それに周りの人たちもたいへんそうだし。


 そういえば、年末年始にネットで読んだニュース記事によると、ここ最近老人ホームやヘルパー事業所によっては、お正月にお年寄りの利用者さんに、お餅を食べさせることを禁止している(あるいはご家族から止められている)ところもあるそうだ。万が一お餅をのどに詰まらせてしまった時の責任のリスクを避けるためだろう。

 分かる。確かにそれも充分分かるのだ。それでも…。

 今後彼と再婚するかもしれない奥さん、その家庭で生まれるかもしれない娘さん、息子さん、彼が年をとった時にお世話になるかもしれないヘルパーさんや、老人ホームの職員さんに、当初の予定では、彼の妻になるはずだった私から、一つ言いたいことがある。

 もしも年老いた彼が、年末からお正月にかけてお餅を食べると言っても、どうかその言動や行動を、止めないでそっと見守ってあげてほしいのだ。

 そりゃあ確かに万が一のことが起きた場合、皆様には多大なご迷惑をおかけすることになるだろう。でも彼は死ぬ覚悟でお餅を食べると言っているのだから、どうかそこは彼が思うようにさせてあげてほしいのだ。

 「書くことに専念させてほしい」という自分のわがままから、結婚を断って、実家に戻ってきてしまった人が言うことではないのかもしれないけれど。


 今年もお正月、そして1月が終わった、彼はきっと去年の年末から、お正月を跨いだ1カ月に、お餅をたくさん食べたことだろう。

 分かれたとは言え、あくまで同棲関係を解消させてもらっただけであって、一人の良き友人としての関係は、今も続いているので、今でも普通に電話やメールなどでやり取りをしている。その時に声を聞いた限りは元気そうだったので、たぶん今年もお餅をのどに詰まらせることは免れたのだろう。

 お互い悔いのない生き方をして、最高の死に方ができたら良いよね。

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