盲学校育ちの人間は、浜崎あゆみを好きになりやすい?
私の至福の時は、ラジオのサイマル放送で、毎週平日の14時から15時までの間、2000年前半のJ-popのヒット曲がノンストップで流れる番組「リメンバーミュージック」を聞きながら、洗濯物を干したり、読書をしたり、小説を書いたりする時間である。
2000年前半と言えば、私が中学生から盲学校の専門課程を卒業するまでの期間である。その期間にヒットしていたJ-popと言うことは、もろ青春時代にmdでよく聞いていた曲たちなのだ。それは私たちにとってはまさに「懐メロ」である。
モーニング娘や松浦亜弥は、その当時カラオケでよく歌ってたなあ(今じゃ絶対歌わないけど)。
大塚愛やyuyは、寄宿舎の仲間と組んでいたバンドでコピーしたなあ。
バンプやアジカンは、専門課程の授業についていけなくて、不登校になった時にめちゃくちゃ聞いたなあ。
平井堅やexileが好きだった女友達は、今頃どうしているんだろう?
などなど、「リメンバーミュージック」で流れてくるヒット曲に、ついついいろんな思いをはせてしまうのだ。
そんな中、先日も「リメンバーミュージック」を聞いていたら、ふととある楽曲に心が止まった。それは浜崎あゆみの「No way to say」と言う曲だった。
この記事をアップするに当たり、改めてウィキペディアで少し調べてみたところによると、この曲がリリースされたのは、2003年の11月とのこと。
2003年と言うことは、私が高2ぐらいの時だろうか。
今改めてこの曲の歌詞に耳を傾けてみると、「あー分かるー!」と思わされるところがいくつかあった。
※以下歌詞より引用※
♪伝えたい思いは溢れるのに
ねえうまく言葉にならない♪
中でも特にこの1番のさびのフレーズには、思わずがつんときてしまった。と言うのも、私も学生時代、この歌詞のようなことに苛まれることが大変多かったからだ。
私が幼稚部から専門課程を過ごしていた盲学校と言うところは、生徒数がとても少なかった。一学年に5人も居れば多い方だろう。
私自身、高校生になるまで同級生が一人も居なかった。中学3年の時に至っては、学年も一人、クラスも一人、学部も一人、なのに先生は3人(担任と副担任と学部主任)も居ると言う特殊な環境で、青春時代を過ごしていた。
そんな状況で思春期の多感な時期を過ごすと言うのは、本当にたいへんだったし、とても辛かった。
自分の中に芽生えた様々な思いや感情を、どうやって表出したらいいのかずっと分からずに一人悩んでいた。同級生が居ないので、周りに手本となるような人間が一人も居ないから、なおのこと苦しかった。
そんな屈折した心情を、あの頃のアユは、飾らない言葉で歌ってくれていたのだろうと、今になり改めて気がついた。
そう言われてみれば、あの当時の私の周りの先輩や後輩たちの中で、浜崎あゆみが好きと言う人が多かったような気がする。
じつは私もそうだった。マキシシングルの「A」や、黒アユのジャケットで話題になった2ndアルバムも、リリースされるとすぐに買ってはまって聞いていた。
当時はあまり歌詞を意識しないで聞いていたけれど、きっと心のどこかでは、アユの言葉に共鳴していたのかもしれない。そのことに気がつくのが、なぜかちょっと怖かっただけで・・・。
盲学校と言う狭い箱の中のような環境で育った中学生・高校生の少年少女たちの、どうやって言葉にしたらいいのか、分からない心の内を、アユは代弁してくれていたのだろう。だから盲学校育ちの人間は、アユが好きな人が多いのかもしれない。
と、そんなことを「リメンバーミュージック」を聞きながら思ったのである。
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