全盲と身だしなみ

 先日ハートネットtvで放送されていた、全国盲学校弁論大会(簡単に言うと、盲学校の学生さんたちによるスピーチ大会ってところかな)を見ていた時のこと。

「私にも、女の子の友達が欲しい」と切実に訴える全盲少女の弁論を聞いていると、不意に相方が言った。

「この子ニキビひどいなあ。友達作る前にニキビ直した方がいいでー」

誤解されると困るので説明しておくと、相方は弱視の視覚障碍者だが、幼稚園から専門課程まで全て盲学校育ちの私とは違い、彼は小・中・高と全て一般校に通っていた。そのため視覚障碍者特融の世界の様々な事情を知らないのだ。

知らないことを責めても仕方のないことである。なのでここでの彼の言動を、どうか悪く思わないでほしい。

「ちょっとあなた何失礼なこと言ってんの?」

これでも私だって一応女である。相方の言葉に憤慨したのは当然だ。

「全盲なんだから、自分でそこまで気がつくのは難しいんだよ」

「それなら親が気づいて直してあげるべきでしょう」

「ずっと寄宿舎生活をしている子だったら、親と一緒に居る時間が短いんだから、それも難しいと思うよ」

盲学校に通う生徒の中には、家庭の事情や、遠くから通学している人もたくさん居る。そのため小学生から寄宿舎で生活している子も多いのだ。

「じゃあ学校の先生とかは?」

「盲学校の先生が、生徒のそんなところまでいちいち見ているわけないじゃん」

本当は盲学校の先生方が、もっと生徒一人一人の様々なことにもう少し気を配ってあげられればいいのだけれど、先生だっていろいろ忙しいだろうから、まあ仕方ないか。

そう言えば私も学生時代は身だしなみについて、親や先生からよく注意されていたものだ。シャツが出ているだとか、髪の毛が跳ねているだとか、その服にそのズボンはおかしいだとか・・・。

 何回も同じことを注意されていたのだが、私には彼女らが言っていることが、いまいちぴんとこなかった。未熟児網膜症により、生まれつき全盲の視覚障碍の私にとって、身だしなみと言う概念はもはや存在しないと言っても過言ではなかったのだ。

 なぜシャツが出ていたらだめなのだろうか。髪の毛が跳ねていたらいけないのだろうか。普通に洋服とズボンをはいただけなのに、なぜそれがへんなのだろうか。

目の見えていない私には、彼女らが言っていることが本当に理解できなかった。と言うより、なぜそれらのことがおかしいのか、親や先生方は全く教えてくれなかったんだから、分からないのも当然かもしれないのだが・・・。

 自分では見えていない物を。自分で意識しなければならないのは難しいと言うか、めんどくさいことにも思えてくるのだ。

 そんな私が身だしなみについて意識するようになったのは、恥ずかしい話20代になってからのことだった。仕事をするようになり、通勤でバスや電車を使うため、人の前に出ることが多くなったことで、自分も誰かから見られているかもしれないんだと言う意識が強くなったからだろう。

 自分で見ることのできない私が、いったいどうやって身だしなみをチェックしていたのか。

まずとりあえず一通り着てみる。ズボン、tシャツ、トレーナー、その他もろもろ。

 それらを着終えた後、母や姉や妹を捕まえて、

「ねえねえ、このかっこうでおかしくない?」

と聞いて見てもらうのだ。

彼女たちも女と言うことで、ファッションにはそれなりに厳しい。

「ねえちゃん、そのtシャツにそのパーカーは微妙だからこっちにしな」

「あんた髪伸びてきたから前髪が目にかかっちゃってるよ。ピンでとめときな」

などなど、彼女たちは私のいでたちについて容赦なく辛口なチェックをしてきた。 

学生の頃はあまり理解できなかった身だしなみへのアドバイスも、年齢が上がるにつれて、少しづつ自分のこととして頭に入ってくるようになった。

 そんな私も30を過ぎて、縁あって今の相方と暮らすようになった今、困っていることがある。それはたまに外出する時に、身だしなみをチェックしてくれる人が居ないことだ。

相方は男である。男性と女性では、洋服の色合いなどの微妙なセンスが違ってくるからけっこう悩ましいのだ。

 先日も、心療内科の通院に行く際、肌寒かったので上に何か羽織ることにした。

衣装ケースを開けて、すぐそこにあったフリースを着たのだが、

(このフリース着たらおかしくないかなあ)

と不安になった。

「ねえ、このかっこうにこのフリース着たらへんかなあ?」

とリビングに居る相方に聞いてみた。すると、

「寒いならそれ着てけば」

と相方は答えた。私が聞きたかったのは、そう言うことじゃなかったんだけど・・・。

 やはり全盲女子には身だしなみって難しい問題かも。

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