バナナの親子

 私は便秘解消のために1日1本バナナを食べるようにしている。なので冷蔵庫にはできるだけバナナをストックしている。

 先日も昼食後に冷蔵庫からバナナを出そうとしたら、大きなバナナと、中ぐらいのバナナと、小さなバナナが、うまい具合に連なっているのを発見した。

 その時ふと思い出したのが、「おかあさんといっしょ」で歌われていた「バナナの親子」と言う歌だった。

♪パパバナナ、ママバナナ、子ばなな♪である。

 幼稚園の頃、私はこの曲がとても好きだった。

「ねえこのバナナは何バナナ?」

その頃の私はバナナを見つけると、母や盲学校の幼稚部の先生によく質問していた。

「うーん、このバナナは小さいから子バナナかなあ」とか、

「このバナナは大きくて太いからパパバナナだねえ」

などと、彼女たちはいつも答えてくれた。私はそれがとても嬉しかった。

 そんなある日、母の実家がある福島に遊びに行った時のことだった。

 母方の親戚のおばさんの家に行くと、そこにバナナがあった。

「ねえねえ、これは何バナナ?」

バナナを持ってうろうろしながら私はいつもの質問を母に投げた。すると、それを聞いていた親戚のおじさんがこう言ったのだ。

「それは腐ったバナナだ」

(え・・・?)

おじさんの一言に、その場で思わず固まってしまったのを今でもよく覚えている。それだけおじさんの言葉は、当時まだ4歳か5歳の私にはものすごく衝撃だったのだ。そして悟ったのだ。この世界は自分が思ったようにはできていないのだと言うことを・・・

 それ以来バナナを見つけても「これは何バナナ?」と聞くことはしなくなった。


 そう言えば先日フリーライターでもあるうちの相方が、ねた集めのために「おかあさんといっしょ」をリビングのテレビで見ていたのだが、そこで「バナナの親子」が歌われていたのだ。この曲今でも歌われているのかー、と嬉しくなった。

 そんな思いにふけっていると、相方が言った。

「パパバナナとママバナナの愛の子の子バナナってどうやって作られるんだろうねえ?」

そこは追及しない方がいいと思う。

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