第5話 タマル村の怪 その2

カランッ


まだ夕方だというのに酒場は繁盛していた。

電灯がなくランプや蝋燭を使っているので、遅くまで仕事する事もない。

それに他に息抜きの遊びもないので独り者は酒場に集まって来るらしい。


「いらっしゃい、子供には酒が出せないぜ」

「いえ、最近、行方不明になったハンターについて聞きたいのですが」


高校生だが幼くみえる私は子供に見られることが多い。

死神は成長が止まるので残念だ。

若いままでいられるのはいいのだが…。

そんな事はどうでも良い。

酒場のマスターにハンターの飲み仲間を教えて貰った。

隅の机で飲んでいた3人組に声を掛けた。


「すいません、少しお話を聞いても良いですか?」

「なんだ?可愛い娘から声を掛けて来てくれたぞ」

「一緒に飲みたいのか?空いてる席に座りな!」

「お嬢ちゃん、こいつらは冗談だから怖がらなくていいぞ。

まだ子供なんだからお前らもからかうな」


既に酔っぱらっている二人が絡んできた。

ここは穏便に愛嬌を振り撒いた方が色々話してくれそうだが、性格上難しい。

ここは無難に受け答えをしておこう。


「あ、いえ。

少し行方不明になったお仲間の事をお聞きしたいのです」


その瞬間、三人の顔は暗くなった。


「あいつの事は良く知ってるよ。

一緒にクエスト行ったり、酒飲んだり付き合いは長いからな」

「あの日の事を聞きたいのか?」


コクッと頷いた。


「大したことは知らない。

今日と同じようにここで飲んでいた。

店じまいになったので、店の前で別れたからその後は知らねぇ」

「あいつは独り者だから家に帰ったかも分からねえ」

「だがアイツはハンターとしては中々の腕だった。

この件を調べるなら気を付けな」

「心配ありがとうございます。

連続で行方不明になっているのは、ほっとけませんので気を付けて調べます」

「何かあれば声を掛けてくれ。

何でも手伝うぜ!」

「こんな可愛い娘が死んだら世の中の大損害だっ!」


この後もしつこく誘われたが、丁寧にお断りしておいた。

正体を見られたくないし、普通の人間では危険かもしれない。

腕利きのハンターを襲うとはどんな者だ?

夜中で戦闘の音を誰も聞いてない。

一瞬で戦闘不能にするなんて可能なのか?

死神なら出来るが襲う意味が分からない。

知り合いで不意を突いたのだろうか?

それなら、他の事件とは無関係になる。

答えも出ないまま酒場を出た。


さて、どうするか?

話を色々聞いたが、さっぱり分からない。

4件の事件が関連性があるかも不明だが、毎週起こってることが唯一の手がかりだ。

続くのであれば、今夜に何かあるかもしれない。

気配を消して見回りでもしてみるか。


一旦、宿屋に戻って真っ暗になるのを待った。

こっそり窓から出て中央広場近くの建物の屋根で待機した。

歩いてる人はほぼいない。

時々、酒場から酔っぱらいが出てきた。

暇だ…。

このまま朝まで何も起こらないのだろうか?

眠くはないが時間が長く感じる。

どれくらい経っただろうか?

道をこっそり歩いてくる人影が見える。

死神は暗闇でもしっかりと見える能力を持っている。

そうでなければ夜中の森で戦闘など出来ない。

近くに来て顔が見えたら何と見知った顔だ。

最初の行方不明者ジャックの妻ステイシーであった。

何かを探してるようだったが、酒場から歩いてくる一人の男性に声をかけていた。

実は不倫していて邪魔になった夫を殺したのか?

二人は少し会話した後、森の方へ歩いていった。

どこまで行くのか分からないが尾行していく。

30分ほど歩いた所の岩壁に着き、洞穴の前で立ち止まった。

洞穴の中でお楽しみであろうか?

経験はないが他人の行為など見たくないから、洞穴に一緒に入るか悩んでいたら何かが現れた。


「うわあぁーっ!」


男の悲鳴が聞こえたので一気に近寄ってみるとディープシーターが襲いかかろうとしているところだった。


ガキィイン


私は間に入り愛用の鎌で攻撃を弾いた。


「邪魔なので寝てて下さい」


ヒュン


男をオブビリオンサイズで眠らせてから、ディープシーターと向かい合った。

いつの間にかステイシーがディープシーターの横に立っていた。


「危ないから離れて下さい!」

「危ない?何を言ってるの?

貴方こそジャックの邪魔をしないで!」

「ガッ…ア…ア…」


まさかディープシーターに意識があるのか?

そんな話は聞いた事もない。

だが目の前には実際に妻を認識し襲わないでいる。

愛情の成せる技なんで冗談じゃない。

つまり妻が犠牲者を誘導しジャックに襲わせていたというのか?


「近所の老人も小さい女の子もハンターも全部貴方が原因か?」

「あのお爺さんは残された私をとても心配してくれて、一緒にジャックを探してくたわ。

自分が食べられるとは知らずに。

小さい子なら簡単に誘拐できると思ったの。

物足りなそうだからやっぱり大人が良いと思って、馬鹿な男を色仕掛けでここに誘い込んだわけ」

「貴方は狂ってる……」

「私にとってはジャックが全てなの!

彼がいなくなって一人で探しに行ったら、私に会いたくて生き返ってくれたのよっ!」

「それは生き返ったのではない…。

人を襲う化け物に変化しただけだ」

「何が化け物よ!

私の事は襲わずに優しい彼のままよ!」


問答をしても無駄のようだ。

彼女は愛情に囚われて何も見えなくなっている。

こんな悲劇は早く終わらせよう。


「私たちの事は放っておいてっ!

それに貴方だって十分化け物じゃない!」

「……否定はしない。

これ以上は被害が出せないし、これが仕事だ」


私は一瞬で間合いを詰め攻撃を仕掛けた。


ガキィ ガッ キィン


鎌と爪が目にも止まらぬ速さで交差した。

少し距離を取り手から青い火の玉を出現させた。


「ブルーイグニッション」


青い火の玉はジャックに襲いかかった。


「グアッ!?アアアアアァッ!!」

「止めだ、デスサイズ」

「やめてーーーーっ!!!」


ステイシーがジャックの前に飛び出てきた。

ちっ、止められない。

鎌がステイシーに当たったと思った瞬間、ジャックが彼女を庇った。


「グアアアアアアアアァーー……」


馬鹿な。

ディープシーターになった者が他者を守っただと。

本能のままに家族まで襲う化け物のはずなのに。


「ジャックッ!お願い目を開けて!

もう一度生き返って……」

「貴方も嫌な記憶は忘れて下さい。

起きたら夢の中の事になってます」

「この人殺しっ!」

「オブビリオンサイズ……」


ヒュン……バタッ


なんと後味の悪い結末だ。

この二人の愛情は常識をも覆し、奇跡を起こしたのか?

ただ多数の犠牲者を出したのは事実だ。

ここで止めなければ更に増えていただろう。


洞窟の中には行方不明の3人がバラバラの遺体となって見つかった。

子供の遺体は何度みても心が痛い。

すぐに鎮魂を行った、せめてもの手向けだ。


洞窟から出てどの様な筋書きにするか悩んだ。

とりあえずステイシーは家のベッドに寝かした。

起きたら記憶が夫の行方不明直後まで戻るので死んだように落ち込むかもしれないが、これ以上は出来ることはない。

男性は酒場の近くに寝かせておいた。

酔って道端で寝たと思うだろう。

ハンターギルドには森に魔物がいて追い払ったら洞窟で遺体を見つけた事にした。


ハンターギルドで報告が終わるとハンターの飲み仲間が声を描けてきた。


「お嬢ちゃん、無事で良かった。

遺体も見つかって大騒ぎだったな」

「せめてハンナちゃんだけは助けたかったのですが」

「お嬢ちゃんは良くやったよ!

アイツも可愛い娘に看取られて天国で喜んでるぜ」

「ありがとうございます……」


私は外に出て今回の事件を振り返った。

ジャックが釣りの時に亡くならなければ、幸せな夫婦になっていただろう。

妻と夫の愛情があんなに深くなければディープシーターは本能のままに人を襲いすぐに死神によって討伐されただろう。

そうすれば他の3人も死なずに済んだのだ。

ステイシーの最後の言葉が胸に刺さる。

死神といっても人を殺したことはない。

彼女の中では夫が生きて帰ってきてくれてたのだ。

それを奪ったのは私だ。

彼女の記憶は消えたが、私はいつまでも覚えている。

何も感じない機械人形にはなりたくないが、この辛さにも慣れてしまうのだろうか。


「暗い顔をしているな、ステラ」

「今は一人にしておいて欲しいですね、スキア。

依頼なら明日聞くわ」

「では、一言だけでお暇しよう。

王都に向かってくれ。

詳しい話はそこの担当死神から聞くように」


そのままスキアは立ち去った。

私は広場で青空を見ながら事件の事を思い返していた。

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