スノー・ジャスミン

      *


「やあ、スノー・ジャスミン」


 声をかけられた東洋の姫は、椅子に腰掛けたまま顔を上げた。

 短い金髪の王子だ。


 王女の漆黒の髪には白い五枚の花びらで出来た花が飾られ、清楚な水色のドレスに身を包む。


「グリューなの?」


「ああ。久しぶりだね。何年振りかな?」


 王子は控え目に笑いかける。


「綺麗になったね」


「え……」


 スノー・ジャスミンの頬が染まり、目を丸くしてグリューを見つめる。


「あなたがそんなことを言ってくれるなんて……」


「その大きな黒い瞳も、素敵だよ」


 王女の瞳は一瞬細められたが、構わず王子は続けた。


「きみが十六歳になるまで待っていた。今日こそは……」


 王子は王女の手を取った。


      *


「ジャスミン、どこに……?」


 東洋の清楚な王女が自分の兄弟に手を引かれていくのを遠目に見た王子が、カツカツと長い回廊を足早に進んでいた。

 その前を、妖艶な東洋美女が立ち塞がった。


「あなただけ、まだ深く関わったことがなかったわね」


「……東方美人殿?」


 足を止めた王子は動揺しながら、目の前の美女を見下ろした。


「お兄様たちと同様、あなたも背が高いのね。そして、フルーツのような甘く優しい香りが漂う」


 褐色の美しい手が王子の腕に当てられ、彼女の身体が懐に滑りこんだ。


 異国の黒曜石のような輝きをたたえた瞳、マスカットのような、蜜のような甘い香りが、彼女の魅惑的な唇から立ち上っていく。


 王子は目を閉じてから再び開くと、冷静な表情で彼女から離れた。


「すみません、今立て込んでいまして。そうでなくても、心に決めた女性ひとのいる僕では、あなたのお相手は務まりそうにありません。どうぞ、あなたに好意を寄せる兄たちとお話しください」


      *


「スノー、今日こそ僕のものになって」


 王子が抱きしめるスノー・ジャスミンは、腕の中で困惑して身体を強張らせていた。


「ま、待って、グリュー、本当にあなたなの?」


「そうだよ」


「だって、いきなりこんなこと……」


「言っただろ? 手紙にも書いたように、きみが十六歳になるのをずっと待ってたって」


「で、でも、あれは、舞踏会でダンスを申し込みたいって……」


「そんな生易しいものじゃないよ。もう待てない」


「そ、そんな、待って……」


 言いかけた王女の唇は、王子に塞がれた。王女の瞳が見開かれていく。


 ますます強く抱きしめる王子の腕を、王女はなんとか振り解いた。


「冷たい……。あなたは、……グリューじゃないわ」


 スノー・ジャスミンは強張った自分の身体を抱え込み、嫌悪感のこもった声で言い放った。


「グリューだったら、もっとあたたかいはず。それに、彼はわたしのことは『ジャスミン』と呼ぶわ。手紙にはそう書いてくれているもの」


「ああ、そうだったね……。ついうっかりしてたよ」


 王女の目の前の青年は、クックッと笑い出した。


「サングリア!」


 駆けつけた同じ顔の王子が息を切らしながらそう叫ぶと、先の王子が首だけ振り返った。

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