アールグレイ

 伯爵家の庭を見渡せるバルコニーでは、紅茶を飲みながら伯爵と王がチェスに興じていた。

 シャルドネ女王は退屈そうにチェス盤や庭を眺めては欠伸をし、羽のついたセンスで隠していた。


「伯爵、そちの飲んでいるのは良い香りがするのぅ。オレンジのような」


 花模様のティーカップを、伯爵はソーサーに置いてみせた。


「こちらは緑茶なのですが、そこに私の好きなベルガモットの香りを付けたのですよ」


「おお! それが噂の『アールグレイ』じゃな! 緑茶なのかの?」


「普通の紅茶でもいいのですが当初は緑茶を使っておりましたので、私は未だにそうしてるだけですが」


「是非、余も飲んでみたい!」


「どうぞ、どうぞ!」


 伯爵はアールグレイ・ティーを国王と女王の分も持って来させた。

 王は嬉々として茶を飲む。


「いい香りだわ!」


 女王も飲むと少し機嫌が直ったようだった。


「そういえば、グリューの奴がいないのぅ」


「あら、いつの間に。あの子ったらいつも黙って本を読んでいるものだから、いるんだかいないんだか。同じ双子なのに人懐こいサングリアとは大違いだわ」


 シャルドネ女王は、テーブルに置かれた焼き菓子をつまんだ。


      *


「お願いだ、私を見捨てないで。そして父上には内密に……!」


 白い体の線のはっきり現れたドレスの足元に跪く青年の顔は、元の淡い褐色から真っ白へと変わっている。


 同情とは違う目で見下ろすアーモンド型の瞳。


「あなたにはこんな冒険をするには早過ぎたのよ、ボウヤ」


 カシスの香りをまとう青年は、つい先程まで甘いマスクで明るく女性たちと順番に踊っていたキール王子であった。


 今は、その時の華やかさは見る影もない。

 ガタガタと震え、茶色の髪は乱れ、愕然と両手を床についた。

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