白毫銀針殿と白牡丹と東方美人

「あちらにおられますのが、白毫銀針殿と白牡丹殿でいらっしゃいます」


 銀髪のナイス・ミドルにエスコートされている、白い花びらに包まれたようなドレス姿の、黒髪をサイドテールに縦に巻いた東洋人が、にこやかに笑みを振りまいている。


 シャルドネは白牡丹を一目見てから、隣にいる銀色の衣装に銀髪の温厚そうな中年紳士に目を留め、感心したように微笑みながら見つめていた。


 白牡丹は白毫銀針の手を離れると真っ先にロワイヤル王子の元へと歩いていき、群がる娘たちを押しのけ、挨拶をしていた。


「なかなか積極的な女性ですな」


 グレイ伯爵がわくわくとした笑顔で、国王と女王を見る。

 だが、ロワイヤルは他の娘たちと変わりない挨拶を交わしただけで、目はどこか違うところを見ていた。


 その視線の先には、茶褐色の肌を露出したビスチェタイプの白いマーメイドドレス姿の貴女がいた。

 艶のある美しい黒髪は編み上げられ、翡翠の飾りが映えている。アーモンド型の黒い瞳は夜空の星々を閉じ込めたかのように煌めいていた。


「エキゾチックな妖艶さをたたえたあの女性に目を付けられたら最後、男は骨抜きになり、身も心も下僕に成り下がると言われているだけあるわね」


 ツンツンしながらシャルドネが言った。


「そんな悪意に満ちた言い方は、彼女に失礼だぞ」


 そう言った白ワイン王から、シャルドネはツンと顔を逸らした。


「まあまあ女王陛下、それは単なる噂でして、実際は求婚してフラれた者は数多く、聡明な彼女を射落とすのは難しいとのことです」


「気位は高そうですものね」


「お前ほどではないがな」


「あら、あなた、何か言いまして?」


 シャルドネが横目で、素知らぬ顔を決め込む王を睨む。

 伯爵は二人を前に、さらに引きつった笑顔であたふたしていた。


      *


「ご機嫌いかがですか? 東方美人殿下」


 ロワイヤル王子が声をかける。隣にはぴったりと白牡丹がついていて、ドレスをつまみ、会釈をしてみせた。


「ご機嫌よう、東方美人さん。この寒空は東洋の者にはこたえるというのに、随分露出なさった格好で大丈夫ですの?」


 アジア人にしては色の白い白牡丹が気遣うような表情をしてみせるが、東方美人はにっこりと笑顔で返した。


「ちょうどこのお庭に入った途端、わたくしの白い羽のコートにあなたの侍女がお茶をこぼしてしまったので、致し方なく」


「それは大変だ。早く代わりの上着を」


 白牡丹が弁解するより早くロワイヤルが東方美人の肩を抱き、さっさと館の控えの間へ連れていく。


「この間も言いましたが、……いい加減、私との交際を考えていただけないでしょうか? 結婚を前提に」


 東方美人にそう言ったロワイヤルの瞳には、どことなく焦燥が浮かんでいる。


「弟たちもあなたを落とそうと狙っている。ご存知だと思うが、国王の後を継ぐのは第一王子の私です。誰を選ぶのが賢明かは、あなたもおわかりのはずです」


 青い瞳を見上げながら、東方美人は王子のプラチナブロンドの髪を梳いた。


「可哀想に。そんな切ない瞳でわたくしを見ないでちょうだい。わたくしは、どなたのものにもならないと言ったでしょう?」


「なぜです? あなただっていずれ結婚するでしょう?」


「しないわ。自由でいたいの。王族の仲間入りなんかしたら、不自由になる一方だわ」


 ロワイヤル王子の顔が青ざめていく。


「……私たちを……弄んだのですか?」


 アーモンドの瞳がわずかに歪んだ。


「それは言いがかりだわ。一度でいいからと言ったのはそちらでしょう?」


「あんなに熱く愛し合ったのに……」


「そうね。でも、冷めるのも早かったわ」


 東方美人がすっくとソファから立ち上がる。胸元を飾る紅茶色の宝飾品がキラリと光った。


「待って!」


「どうか追いかけて来ないで」


 東方美人の取りつく島のない態度に、ロワイヤルはがっくりと肩を落とし、頭を抱えた。

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