#1 うちの彼女の用意がよすぎる件


意識がだんだん浮上してくる。

頭に被っていたヘットギアを外して伸びをする。

隣を見ると、同じように伸びをしている俺の恋人、校倉深雪(あぜくらみゆき)と目があった。


「ん~~っ。お疲れさま、ゆきくん」


「あ、ああ。お疲れ」


「ん~?どうしたの?」


「い、いや。なんでもない」


伸びをするといろいろ強調されて、な?

見惚れそうになってたなんて恥ずかしくて言えるかよ…。


「ふふっ、そういうことにしといてあげる。じゃあ、わたしお風呂入ってくるね」


「おう。ごゆっくり」


あいつには一生敵いそうにないな…。

今の会話から察している人も多いとは思うけど、俺とみゆは同棲している。


「…って誰に説明してんだ俺は」


それはともかく、みゆが最近新しいゲーム見つけたとか言ってたけど、どんなのだっけ?

来週からサービス開始のやつって言ってたからあれだと思うんだけど…。

あとで聞いてみるか。


「ゆきくん?」


「ひゃうっ!?」


「あははっ!ゆきくん可愛い~」


言いながらぎゅっとみゆが抱きついてきた。

なにがとは言わないが、当たっている…。

本人は当ててるって言いそうだけど。


「ごめん考え事してた。いつの間に上がったんだ」


「いつの間にって、もう20分は経ってるよ?」


時計を確認すると、確かにみゆが風呂に入ってから20分強が経過していた。


「ほんとだ…」


「で、なに考えてたの?」


「ああ、みゆがさっき言ってた新しいゲームのこと」


「あっ、なーんだ。それかぁ…」


なんだか少し落胆しているようにも見えるんだけど…。


「…ちょっと期待したんだけどな」


「なにを期待したって?」


「う、ううん。なんでもない。で、Mtcのことだっけ?」


「やっぱ、お前もそれか」


「もしかしてゆきくんも?」


首を縦に振って首肯する。

Mtc、正式には「Multi tincta colore」ラテン語で何色にも染まるという意味らしいこのゲームは、プレイヤー次第でなんでもできる。というコンセプトを売りにしたゲームだった。

専用のヘッドギアさえあればどこでもすぐにできるらしく、先行予約のぶんは開始早々に売り切れたらしい。

そんな話題性しかないゲームに俺たち二人が目をつけないわけがない。


「でもこれ、ヘッドギア別のが必要になるんだろ?俺予約してないし、買うのも一苦労じゃすまないぞこれ」


「ゆきくんのことだから、どうせ予約してないだろうと思って…」


じゃーん、とスマホの画面を見せてきた。

そこには、ヘッドギア先行予約の画面が表示されていた。

そして驚いたことにヘッドギアが二つ、予約されていた。


「ふふっ、驚いた?」


「そりゃ驚くだろ…」


「やったね♪一緒にやろうね、ゆきくん」


「そりゃもちろんだよ。それよりも、だいぶ高かっただろこれ。いくらだ?」


「高かったけど、別にお金は大丈夫だよ」


「いや、それじゃ俺の気が収まらないって…」


「うーん…。じゃあ、わたしからのプレゼントってことで」


彼女からのプレゼントに彼氏はお金出せないでしょ?と小悪魔的な顔で言った。


「それにさ。いつもお金ゆきくんが出してくれてるんだし、こういうときくらいお金出させてほしいな」


「それはずるいだろ…」


彼女に上目遣いででこんなこと言われて首を横に振れるやつなんていない。そう断言できるくらいの破壊力だった。


「じゃあ…お言葉に甘えさせてもらうよ」


「うむ、くるしゅうない」


彼女は俺が折れたことに満足したのか、うんうんと頷いている。

時間も時間だし、俺も風呂入ってくるかな。

それを伝えるべく、みゆのほうに目を向けると…。

なんか座ったままぴょんぴょん跳ねていた。


「えっと、なんで跳ねてんだ…?」


「うん?なんか楽しいから?」


なんだこの可愛い生物は…。

結局、ひとしきりいちゃついて俺が風呂に入ったのは翌日の朝早くだった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る