第15話
ちょうど山の中腹から眼下に広がるなだらかな緑の野を見ていた。
「ここは?」
リースは辺りを見回した。
先程の光る水面は跡形もなく姿を消し、二人はいつ間にか石畳の上に立っていた。
大きな建物の中に、正確には広い庭の中にある水晶でできた東屋の中にいた。
移動した気配はない。
むしろ周囲の場所が彼らの場所に向かって移動してきた。
そんな感覚だ。
庭に目を向けるとまるで絨毯でも敷き詰めたように見えるおびただしい数の白い花が揺れていた。
小さなその花は、すずらんの花のように見えた。
ただ、リースがいた世界と異なるのは、風に揺れるとその花は少女たちの姿に戻るのだ。
両手を上げ、風に揺れている。
楽しそうに微笑みながら、風に揺れている。
また、風が吹くと花の姿に戻る。その変化(へんげ)は実に自然でキラキラと七色に輝く輝く宝石のようだ。
その花たちから少し離れたところにバロック様式の噴水から水が流れ、大きな泉を作っていた。
泉の水は透明で、豊かな水量を泉に供給していた。
この水もそれ自体が輝くようで美しいものである。
リースはそのように心を奪われた。
『汝の見ているこの水は『死の水』と呼ばれるものなり』
「えっ」
『NEMOによって満たされた水である。水は「死の水」であり、「命の水」である。「死の水」を撒くものは「命を分け与えようとするもの」「死に到達したもの」「死すら超越したもの」「死したもの」。「死」は変わらないことと同義ではない。「生」は変わることと同義ではない。2つの現象は表裏一体であるゆえ、必ず同時に起るものなり』
「うかがってよろしいか?」
天使はうなづいたように見えた。
「NEMOとは何のことでしょう?何というより、誰かのことなのかしら?」
『NEMOとは165。11×15。それそのもの自体は910。Amen.』
「?」
何を意味しているのかさっぱりわからなかった。
人間の理解を超えた説明にしか聞こえない。
『91×10。13×70であるゆえ唯一の眼である』
突然、彼の声と違う声が聞こえた。
彼女の横には天使がもう1人立ち、2人になっていた。
ここに連れてきた天使とは違った天使が立ち、エコーのように1人が言うともう1人が答えた。
『父の顔を見たものはおらぬ』
(この父は文脈的には父なる神のことよね…?)
『故に、顔を見たものがNEMOと呼ばれる』
『庭を持ち、よく手入れをするもの』
『その全てがNEMOと呼ばれる』
『そのことを知れ』
『この世にあって花の咲き誇る庭がある』
(さっきの少女たちに姿を変える花といい。花も何かを象徴してるのか…?)
『それは全てNEMOが砂漠に「死の水」を撒いて作ったものである』
(砂漠に?あの砂漠に水を撒く…それがNEMO…?)
『そのことを知れ』
『そのことを知れ』
『そのことを知れ』
『そのことを知れ』
「庭はどんな目的のために造られたの?」
『美と喜を得んがため』
『IHVHがエデンの東に庭を造ったがゆえ』
『すべてのあの花々はみな
『すべてのあの花々の中で一本だけが
(一本だけ?…なぜ?)
『その子がNEMOである』
『その子がNEMOと呼ばれる』
『我が父の顔を仰ぎ見るのである』
『我が父の顔を仰ぎ見ることができるのである』
リースは不思議そうに尋ねた。
「NEMOはどんな庭の手入れをするの?」
『ただ庭を手入れするだけである』
『庭の手入れをする者はNEMOとなる花を摘みとったりしない』
『すべての花の中で一本だけである』
『どの花にもどの花にも手入れは必要である』
『どんな花にもどんな花にも手入れは必要である』
『その子がNEMOである』
『その子がNEMOと呼ばれる』
『NEMOは我が父の顔を見たいと願う』
『NEMOのみが我が父の顔るであろう』
(顔を見るって知るってことよね。神の顔を見るということは世界の理を超越することに他ならないわよね。神と同じレベルの存在になるという意味よね?)
「あなたはさっき、ここへ来る前『さあ、NEMOがいる場所へ』と言ったわ。私は「NEMOに会いたい」と。そのNEMOはどこにいるの?」
右側にいた天使が、彼女の方を見もせずに手を挙げて振った。
今までいた東屋は消え失せた。
空間が別な空間に繋がったようなそんな感覚だ。
彼女の目の前には、周りを木々で覆われた少し広い場所が見えた。
この木々には見覚えがあった。
イチイの木だ。
彼女に非常に身近な木である。
彼女のいる妖精界では防御に関係する神秘の木だ。
生き死に関係るとても力を持った木だ。
その木々で囲まれた場所に小さな家があった。
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