第14話
頭上に掛かっていた虹は時間が経つと消えてしまった。
変わらない夜空を見上げながら、リースは独り言を言った。
「虹は幸運の象徴と言われるけれど…。原因の手掛かりが見つかるといいわね」
さあ、出発しようと自分で自分に言い聞かせた。
道はないが、前に進むしかないのだ。
グングルーが奏でる音が水面に細波をつくる。
一歩進むごとに水面が揺れ動く。
それは金色に輝いている小麦畑の穂が風に揺れているようであった。
実際に穂があるわけではないが、彼女はそう感じていた。
彼女がそれを「拾おう」と思えば、足元から「拾えそう」な感じがした。
この「世界」はどこまでもこの金色の平原と夜空が広がっている気がした。
意識を広げていっても、まるで果てがない。
広くて、深い。
どこまでもどこまでもいけるような気がしてならなかった。
しかも、静寂だ。
非常に静謐な空間が彼女の周りを囲んでいた。
音が無いに等しかった。
歩く音や衣擦れの音ですら遠くに聞こえるのだ。
自分が話す声すら、他人が話しているような感じで聞こえた。
まるで何かに耳を覆われて、音を遮断されているかのようだった。
先程の混沌の天使がいた世界は悲鳴と叫び声に満ちていたのに。
ここは何という静けさなのだろう。
(この「世界」は私に何を分らせたいんだろう? 音に関係することなんだろうか?
それともそれに付随する何かなのだろうか?)
ふと、彼女の肩に黄緑色の小鳥が止まっていた。
丸いくりりとした目で彼女を見ていた。
何処からともなく現れた小鳥に彼女は触ろうと手を伸ばした。
「あらっ」
刹那の瞬間。
小鳥は飛び立った。
彼女は目で追ったが、小鳥の姿は空中に忽然と消えた。
空気に存在が溶けてしまったと言っていい。
その代わりに彼女の前には「誰か」が立っていた。
「!」
綺麗な淡い金色の天使だった。
彼女の方に向かってゆっくりと近づいてきた。
歩いているというよりは音もなく滑るように近づいてきていると言い表したほうが正確だった。
彼の足元では水面が七色に光り泡立っていた。
彼女は歩みを止めたまま、その天使を待った。
やがて、彼女の目の前、2mのところで歩みを止めた。
手と片足を差し出して、何やらポーズをした。
そして、天使は動きを止めた。
何かを待っているように、彼は動かなかった。
彼女は彼と話したかったが、話しかけられない雰囲気が漂っていた。
私は何かを忘れている。
彼は何かを待っている。
そんな気がした。
彼は何かを待っていた。
何を?
……………
(もしかして…)
彼女はそれが何を意味するかはわからなかったが、「郷に入らば郷に従え」の言葉どおり、彼のポーズを真似てそのまま返した。
すると、彼はうなづいて話し始めた。
「汝は33。11×3を産み出ししもの。その手には雷。その手にはオパール。その手には火を持つものよ」
「私が33?」
(どういうこと??)
リースは彼が何を言っているのか理解が追いつかない。
それでもお構いなしに天使は話し続けた。
「2つの巨大な力が戦う。どちらも汝に属するもの。どちらも汝と同じ力を持つもの。どちらも汝の双極。戦いは一進一退。決して決着はつかぬ」
「?」
「やがてどちらも力が潰えて、粉々に砕け散る。あと残るのは屍のみである。その屍を見たいか?」
この問いには慎重に答えなければならないと思った。
この天使が些かの迷いもなく、言い切るように尋ねるのにはきっと理由があるのだ。
ここで否定してしまえば、先に進めなくなると彼女の直感がそう言っていた。
彼女は両手をギュッと握りしめた。
「その屍を見たいか?」
「…はい。見たいです。見せてください」
彼女の答えに天使の雰囲気が和らいだ。
「汝は育むものである。汝は、黄金の水面のそこから稲穂を拾い上げるであろう」
天使が自分のそばに来るようにとリースを手招きした。
促されるまま、リースは天使に近づいた。
ちょうど彼の左肩の方に立った。
彼は彼女を見たまま、少し表情を緩ませた。
細波が彼を中心に外側に向かって広がり始めた。
波は時間が立つにつれてどんどん大きくうねっていった。
「さあ、NEMOがいる場所へ」
「NEMO?」
聞き返した途端、あたりの風景が一変した。
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