第13話
リースは気を取り直して、静かに目を開けた。
あの天使は混沌であり、闇なのだ。
自らの中に問いと答えを持つ存在。
ただし、彼女の探す問いの答えは持っていなかった。
どちらかに囚われてしまってはいけないと言われた気がした。
どちらかの世界の見方だけを振りかざしてはいけないと言われた気がした。
どちらの世界の見方もできて、それでいてそのどちらの世界にも固執しないようにと言われた気がした。
あの天使がいる「世界」は、自分が何を求めているかわかっていて、そのどちらもあえて選択しない「世界」なのだ。
そう理解しようと思った。
「世界」にあるあらゆる「欲」から解放されているのだろうか。
彼女が秋分点以降、この世界にとどまった理由はこの「欲」のひとつに他ならない。
彼女は探しているのだ。
誰にも、師匠にする言えないことで。
それを心に抱いてから、幾久しい。
どれほどの時間をそのことに費やしてきたのかわからない。
この宿主の体を借りるようになって2ヶ月。
その間、ずっと探しているのだ。
(それは、今の私には…まだ到底無理ね)
クスッと笑うと右手にある大理石の大きな扉へ近づいていき、その前に立った。
彼女の背丈の2倍は雄にあるであろう真白な大理石の扉だ。
現実世界にある大理石より白くしかも透明な光を放っているように見えた。
太陽はないのだが、何かの光を受けて輝いているように見えた。
扉の上部にはブランデンブルグ門のように四頭立ての戦車に乗った人型が何かのシンボルが付いている杖を持っている装飾が見えた。
杖の先には鳥が翼を広げていた。
その両側を彩る装飾は右に左に永遠に回り流れる蔦の模様だった。
「この扉の向こうに鈴木さんにつながる答えがあるといいのだけれど…」
彼女は右手を扉に置き、グッと力を入れて扉を押してみた。
重い扉なのかと思いながら、手に力を入れたが思いの外、軽々と開けることができた。
ギイイィィィという音もせず、扉はいとも簡単に空いた。
開けた扉から向こう側に広がる景色は、彼女がいる砂漠の景色は続いていなかった。
そこはまったく違う世界の風景だった。
扉の向こう側は別な空間に繋がっているような勢いだ。
明るい太陽の光が降り注ぎ、玲瓏とした空間だ。
砂漠のさの字も見えない。
代わりに見えるのは光を反射する金色の水面だ。
はっきりくっきりと輝いているのではないが、ものの形は美しく見えた。
眩しいと感じるほどの強い輝きではなく、薄ぼんやり見えるほど弱い輝きでもなかった。
浅瀬が透明な水を湛え、光の圧力で揺れている。
そんな印象だ。
ただ、空に太陽はなく。
青空が広がっているわけでもなかった。
足元は明るい金色なのに、頭上は真っ黒な夜空が広がっていた。
地球も大気がなければ、こんな感じで宇宙空間にポッカリと浮かぶ宇宙のオアシスなのだろうか。
(この光はどこから?)
リースは首を傾げながら、大理石の門をくぐった。
一歩を踏み出すと彼女の足は水面に接触した。
薄い氷かガラスが割れるような音が微かに響いた。
イエス・キリストが
浅瀬のように見えているが、不思議なことに水の中に足を踏み入れることはできなかった。
「‼︎」
ぐぐると頭上に淡く虹が掛かり、背後の大理石の扉と門が音もなく白い霧状になり、姿を消した。
振り返って見ても、もう大理石の欠片も見つけられなかった。
「戻る道は消えた…か。前に進めってことね。まったく、悪趣味ね。今度は何が出てくるのだか」
独り言を呟きながら、彼女は歩みを進めた。
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