第216話 姫

風にゆらゆらと揺れる黄金の穂が光輝く様はこの世のものとは思えないほどだ。


「現実なのか…?」

「これが聖女様の神業…」


まだ現実を受け入れられてない村人の方へ振り返り笑顔を振り撒くタルト。


「これでもう安心ですね!

来年以降も心配ないように腐葉土も作っときますねー」


再びタルトの前で土下座をして拝み始めた。


「おっ?

終わったみてえだなあ。

こっちもきっちり始末しといたぜ」

「アア、良い運動になったゼ」

「桜華さん、リリスちゃん、助けてよー!」

「良いじゃねえか、ちゃんと聖女様をやっとけよお」

「そんなー!」


村人に囲まれて困っているタルトを遠くから楽しそうに眺める桜華達。

この日は村人に足止めをされて再出発は翌日になってしまった。

魔物に襲われる恐れがある為、馭者はオスワルドが行っている。

馬車の中ではこの先について雪恋が説明しようとしていた。


「この先は闇の勢力圏内に入りますので魔物の襲撃を受ける可能性があります。

何事もなく進めば一週間後には着くと思われます」

「襲撃が想定される魔物の種類は何デスノ?

それに鬼族が襲ってくる可能性もあるのデハ?」


この土地が初めてであるシトリーは想定されるリスクを把握しておきたかったのだ。

常に情報収集を優先して先を予測し対応策を考えている。


「この周辺ですと種族が鬼が多いですがウルフ系も森のなかにおります。

ですが、鬼族は襲撃してこないでしょう。

タルト様は羅刹様のお呼びした来賓のようなものですから手を出したら機嫌を損ねかねません」

「教育が行き届いているノネ」

「但し、知能の低いゴブリンなどは襲ってくることもあるでしょうが敵ではございません」

「じゃあ、暫くはのんびり進めそうですねー。

ところで着いたらいきなりに闘いになっちゃうんですか?

なんか闘技場とかあったり…」


タルトは近づくにつれ少しずつ不安になってきている。


「さすがにすぐというわけではないと思われますが…。

疲れをとって万全の状態で闘うことを望まれてるはずです」

「桜華さんのお父さんって実は良い人だったり…とかしないんですか?」


凄い良い笑顔で桜華の方を見るが目を逸らされてしまった。

そのまま遠くを見ながらポツリと呟く。


「そんなじゃねえ…ただの化け物だ」

「またまたー、恥ずかしいだけですね!

雪恋さん、本当のところはどうなんですか?」


雪恋は少し考え込んだあと話し始める。


「優しい…ということはないと思います…。

とても大きく山のようで強いお方です」


タルトの中でまず出てきたのが山のフドウであった。

そのまま次から次へと妄想していく。


「もしかしてお父さんは世紀末覇者とか!?

それとも、三号生筆頭とか!?

里の名物は油風呂とかですかっ!?

民明書房の本もあったりします???」


鼻息も荒く興奮したタルトに周囲は引いていた。


「まぁ…落ち着けよタルト。

なに言ってるか分からねえが多分違うと思うぞ…」


はっと我に返って恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「えっとぉ…何でもないです!

ちょっと楽しくなってきちゃって…」


その時、馬車が突然止まった。


「聖女様!

周囲を囲まれています!」


馭者をしていたオスワルドの声と共にタルトは馬車から飛び出した。

姿は見えないが周囲の木々から殺気を感じる。


「何かの気配がたくさん感じますね」

「タルトの言う通りだ。

これはウルフ系の魔物の群れだなあ。

ゆっくりと木に隠れながら近づき全方向から一気に襲う気だぜ」

「畜生風情が汚らわしいデスワ。

一気に丸焼きにしてあげマショウ」


馬車の周辺は開けているためジリジリと間合いを詰めてくる魔物の姿が現れた。

お互いに臨戦態勢のまま必殺の間合いを探っていると魔物達が何かに気付き逃げていく。


「正面から物凄い殺気を放つ何者かが近づいてくるぜ」


桜華も肌に感じるほどの殺気を受け警戒を最大にしたまま姿が見えるのを待っていると以外な人物が現れた。


「久しいな、桜華よ」

「てめーか、藜。

何しに来たんだ?」


そう、その人物とは桜華の兄にしてかつて死闘を繰り広げた藜であった。


「聖女一行が闇の勢力圏内に入ったと報告があったからな。

迎えに来たのだ」

「はあ!?

お前が迎えだと?

再戦しに来たのかと思ったぜ」

「今回は親父の客だからな。

丁重にもてなすのは当然であろう?」

「嘘つくとは思えねえし言ってることは筋も通ってるからな。

警戒を解いても良いと思うぜ」


桜華の一言により臨戦態勢を解いた一行は藜とその部下に付いて行くことにした。

途中、夜営した際も飲食が提供され快適な旅をすることが出来たのである。


数日の後、大きな集落が見えてきた。

周囲を木の砦に囲まれているが町並みは古い日本の宿場を彷彿とさせる。


「わー、良い感じですねー!

ここが桜華さんと雪恋さんの故郷なんですね!」

「だから、言ったろ?

何もねえところだって」

「えー、そうですかー?

私は好きですけどね、温泉街みたいでワクワクしますよー」

「お前は呑気でいいなあ…」


目的を忘れてるようにはしゃぐタルトにさすがの桜華も呆れ顔だ。

中央の大きな通りを馬車で進んでいくと里の人々からの視線を感じる。

どちらかというと可哀想や侮蔑のようなものが混じった表情であった。


「何だか出荷される牛や豚の気持ちです…。

明日には売り場に並ぶのね、みたいな表情をしてますよ…」

「まあ、そうだろうなあ。

親父と闘うんだから死は確実だと思われてるだろうよ」

「うぅ…帰りたくなってきました…」


憂鬱なタルトを乗せたまま最奥にある巨大な屋敷の前へと辿り着いた。


「ちっ、帰ってきちまったか」

「ここって桜華さんの家なんですか…?」


目の前の館を見上げるタルト。


「勿論でございます。

姫様はここを治めるお方の子でありますから」

「普段の桜華さんを見てても実感が全くなかったですが、本当にお姫様だったんですね…」


そのまま中へ入り侍女に付いていき板張りの上に敷物がひかれた広間へと案内された。


「あれ?

桜華さんと雪恋さんは?」


一番後ろから気乗りしない感じで付いてきていた二人がいつの間にかいないのだ。

部屋の外を除くと遠くから言い争う声とドタドタと足音が近づいてくる。


「だから帰ってくるのは嫌なんだよ!

これじゃあ動きづれえだろ!」

「姫様は自覚が無さすぎです!

ここにいるときくらいはちゃんとした服装をしてもらいますから」


それは行方が不明であった二人であった。

だが、桜華の姿をみてタルトはびっくりする。

いつもの肌を露出しているものではなく着物のような美しい和装であった。


「わあぁ…綺麗です!」

「これは傑作デスワネ」

「帰ったらカルンにも教えてやらネエトナ」


素直に感動したタルトに対し冷笑ぎみのシトリーとリリス。


「てめーら覚えてろよ!

まったく最悪だぜ。

ちっ、酒でも飲まねえとやってらんないぜ」


ふてくされた桜華は何処かに再び消えていった。

入れ替わりで侍女がお茶と茶菓子を運んでくる。


「なんか本当に温泉宿に来たみたいですね…」


お茶をすすりながら居心地の良い空間にすっかり気が緩んでしまったタルトであった。

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