第208話 待ち伏せ

封印の間で思いがけず聖書を発見したタルトは思い悩んでいた。


(私…分かっちゃったかも!)

『マスター、何か気づいた事があるんですか?』


いつも考える事をウルに任せているタルトはここぞとばかりに無い胸を張っている。


(実はこの世界は私たちがいた地球でずっと未来に飛んできちゃったんじゃない!

聖書は昔の人達が残したものなんだよ!)


自信満々なタルト。


『あの…申し上げにくいのですが、それはないと思います…』

(どうしてよ!?)

『この世界に来てすぐに気付いた事ですが星の位置が全く異なりますので違う天体に属しているのは間違いありません』

(うぐっ)

『それに龍人や魔物は地球の進化に当てはまりませんし、ここにいる精霊は地球とは少し異なります』

(うぐぐっ)

『だが、不思議な事にこの世界の人間は同じ遺伝子を持っていると思われます。

天使と悪魔もかなり近いのが不思議ですね』

(もう私にはお手上げだよぉ…)

『現時点の情報ではこれ以上の推測は出来ないでしょう。

この世界にも聖書があったという事実だけでも収穫でした』


ずっと心の中で会話していたためノルンが不思議そうに見守っている。


「ごめんなさい、ノルンさん。

さっきの本に見覚えがあって驚いたんです」

「何!?

あの文字が読めるのか?」

「ええ、あれは聖書です。

今ある宗教とは異なる教えが記載されてます」

「ふむ…興味があるな。

今度、内容について教えてくれ」

「そうですね、あまり詳しくないですが時間があるときにでも。

さあ、帰りましょう!」

「ああ、行きと同じ方法で帰れば良かろう」


タルトが魔法障壁を出そうとしたら心の中で声が響く。


『外の風はねー、僕が寝るのに邪魔されないようにしておいたんだよねー。

だから、もう止めてあげるねー』


それを聞いて部屋の外に飛び出て驚いた。

何とあれだけ吹き荒れていた暴風がピタッと止んでいるのである。


「どれだけ寝るのが好きなの…?」


タルトも呆れるほどの怠け者であった。


「これで帰りは楽になったが、まさか、この強風の原因が精霊だったとはな…」


洞窟内は嘘のように静まり返り邪魔されずスムーズに進むことができた。

出口も近くなり緩やかで気持ちの良い夜風が顔に当たるのを感じる。


「出口はもうすぐですねー。

今回は思ったより楽勝でした」

「ああ、そうだな。

邪魔も入らず帰りも風に困ることもなかったしな。

これからはここ一帯も通過しやすく…」


ここでノルンはふと、あることに思い至る。


「待て、タルト!

洞窟から出るのは少し待った方が良い!」


僅かだが体の一部が外へ出ていたタルトの手を引っ張り再び洞窟の中へと戻す。

そして、岩影に隠れるように周囲を警戒した。


「やはりそうか…」

「何々、何なんですか?」


タルトもひょっこり顔を出して見てみると洞窟の入り口を取り囲むように天使の軍団が待機していた。


「うわー、いっぱいいる。

ここにいるのバレてたんですかね?」

「いや…ここに入るまでは問題なかったと思う。

それよりも急に風が止まったことが不自然なのだ。

過去、数千年と止むことなく吹き荒れていた暴風が止んだのだぞ。

何かが起こったと思って調べに来るのは当然だろう」

「そうですけど…どうしてここなんです?」

「ここ一帯は風によって調査があまり進められてないが常にあれだけの風が吹き続けるというのも不自然だろう?

昔から風の洞窟の奥に何か秘密があるだろうとは考えられていたんだ」

「それで誰かが洞窟に入って何かしたと思って集まってるんですね?」

「まあ、そんなところだ。

完全に待ち伏せされて逃げ場がないから困ったものだ」


ノルンは辺りを見渡すが簡単に突破できるような数ではなく四方を固められていた。


「それにしてもいっぱいいますね」

「この洞窟に侵入出来るほどの強者だと思って準備をしてきてるだろうからな」

「同じ天使ですし話し合いで解決などは?」

「それは無理だろう。

私は神に背いてタルトの所にいるのは知れ渡っているからな。

それにルシファーがやったとはいえガヴリエルの恨みもあるだろう」

「別に私達、悪いことをしてる訳じゃないんだけどなぁ…」

「この世界の常識ではそうはいかないのさ。

神の意思に逆らうなど有り得ないことだ」

「それでどうします?

強行突破しますか?」

「そうだな…。

タルトならそれくらい出来るだろうが」


そんな会話を洞窟に隠れながら続けてると外から急に聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「そこにいるんだろう、ノルン?

顔くらい出したらどうだ?」


その声に背中に寒いものを感じたノルン。

聞き間違えはないだろうがそっと岩影から声の主を確認する。


「あれは…」

「誰です?

知り合いですか?」


そこにいたのは青年風の天使であった。

だが、周囲にいる天使より圧倒的な存在感があり一線を画しているのである。


「あれはラファエル。

ガヴリエルと同じ大天使の一人だ…」


かなり前になるがガヴリエルの襲撃でタルト以上の実力があると思われた大天使。

ここで出会ってしまったということは逃走の難易度が急激に上がった事を意味する。


「ラファエルがいる以上、強行突破は難しいだろう…。

それにここにいるのもバレてるようだし外に出て相手の出方をみよう」


ノルンとタルトは岩影から出て月の明かりの下に出る。

そこにはラファエルを中心とした天使の軍団に取り囲まれでいた。


「なんのようだ、ラファエル?

どうして貴方がこんな場所にいるのだ?」


ノルンは冷静を装ってラファエルに問い掛ける。


「久しぶりに会ったというのにつれないな。

部隊長だったお前を高く買っていたんだぞ。

それなのに人間ごときの軍門に降るとは…。

更には悪魔どもと仲良くするとは精神操作でも受けているのか?」

「それは違うな。

私自身の意思で行動をしている。

決して操られているわけではない」

「なら、余計に理解が出来ないな。

優秀だったお前がどうしてそんなことをしている?」

「今まで経験した終わりの無い光と闇の戦争を終わらせる希望を見つけたのだ。

闇の眷属だからといって殺すだけでは駄目なのだ。

共に共存していく道があるのを知り協力してるだけだ」

「何を戯けた事を…。

そんな道などありはしない」


そこでラファエルはタルトの方へ視線を移す。


「横にいる人間が聖女と呼ばれている者だな?

そんなただの人間一人が希望だと言うのか?

この数千年に渡る争いをそんな簡単に終結させられる訳がないだろう!」


ラファエルは数千年を生きるなかで同じように共存を説いた者を見てきた。

その末路が恐ろしい死に様だったことも。


「それは貴方の考えは狭いだけだ。

あの街に滞在すればその可能性に気づくことが出きるはずだ!」

「もう良い。

お前を惑わす希望とやらを打ち砕いてやろう。

そうすれば所詮は矮小なただの人間だったと知って正気に戻るだろう」


その瞬間、タルトに対し恐ろしいほどの殺気と重圧が向けられた。

ガヴリエルとの戦いを思いだし手に汗を握るタルト。


「既に正気だからほっといて欲しいんだがな。

そう簡単にタルトを倒せると思うなよ」


焦りを隠しながら強気に出るノルン。

一発触発の雰囲気のなか激しい戦いが始まろうとしていた。

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