第209話 指

洞窟の出口で大天使と多くの天使の軍団に囲まれてしまったタルトとノルン。

逃げ切るのは難しく会話での交渉も無理だと判断していた。


「洞窟から出てくるが良い。

そこにいては生き埋めになるかもしれんぞ」


ラファエルの言う通り洞窟に隠れたまま攻撃を受ければ入り口が塞がれ閉じ込められてしまう。


「付いてこい。

せめて死に場所はましな所にしてやろう」


状況的に拒否できる状態では無い為、仕方なくラファエルに付いていくタルトとノルン。

その間も周囲は多くの天使が囲んだままであった。

暫く飛んでいくと山脈が途切れ何もない荒れ果てた大地が広がっており、ラファエルはそこへ降り立つ。


「ここが分かるな、ノルン?」

「話を聞いただけだが過去に光と闇の大戦があった場所だな?

その激しさゆえ現在に至っても生物が住めない大地になったと聞く」

「その通りだ。

古の戦士達と一緒にここへ弔ってやろう。

人間には勿体ないほどの名誉だろう?」

「そう簡単にはやられませんよーだ!」


タルトはヤル気満々になっていた。

手加減できる相手ではないが戦闘のどさくさに紛れて脱出する機会を待つつもりである。


「大天使を前に闘争心を失わないとは馬鹿なのか、かなりの実力を秘めているのか?

良かろう、私が直々に相手をしてやろう。

部下は手出しはせんが逃走出来ないよう周囲に待機としてやる」

「ノルンさんも下がっててください。

狙いは私一人だけみたいですし」

「ああ、分かった。

言うまでもないが気を付けろよ」

「はい!」


ノルンはそう言い残しタルトから離れ後方へと避難した。

二人の戦闘による影響がどれほどか想像は付かないが、いざとなれば飛び込める距離は念のため保っている。

ラファエルとタルトはじっと相手を見据えお互いの実力を見極めようとしていた。


(魔力はガヴリエルさんの方が大きかった気がする…。

それでも特殊な能力とかあるかもしれないから油断しないようにしないと)


まずは様子見で動き出そうとした瞬間、不意をつかれた方向から声が聞こえた。


「面白そうなことをしてるね。

アタイも混ぜてよ!」


これにはラファエルもその時まで気配を感じることが出来ず驚きを覚えた。

確かに一瞬前まではそこに何者もいなかったのは断言できる。

只でさえ平時ではなく戦闘を開始しようと最大限の警戒をしていた時に気づくことが出来たかったのだ。


「お前は何者だ?

何処から現れた?」


ラファエルは少し怒りを込めて問いただす。


「あはっ!

君には用がないんだよね。

アタイは親指サムのやり残しをしにきたんだ。

まさか、まだそこの聖女様が生きてるとはね」


黒いフードで姿は見えないが小柄で少女のような声である。

タルトはその姿に見覚えがあった。

過去、何度も現れた死の王の影と名乗る正体不明な連中である。


「あなた…それとも君は影なの?

さっき言ってたサムって私に呪いを掛けた人のこと?」

「そうそう、それそれ!

アイツね、それで確実に殺した気になってたんだよ。

でも、どうやってあの呪いから助かったの?

解除する方法なんてもう残ってないと思うんだけど?」


影は楽しそうに答える。

この場には不釣り合いなテンションに戸惑いを隠せないタルトであった。


「ちょっと待って!

そもそも君は誰なの?

影って名前が無いって言ってたけどサムって呼ばれてるのは何で?

それにここに何しに来たの?」


次々と疑問が出てくるので率直に聞いてみる。


「質問ばっかりだなー。

良いよ、アタイも答えるからさっきの質問にも答えてね」

「うん、約束するよ」


特に秘密にする必要もないと考えタルトは即答した。

影は楽しそうにクルクルと回転しながら話し出す。


「最初はアタイの事だね。

他のヤツと同じで死の王の影の一人で合ってるよ。

勿論、名前は無いんだけど通称があるのさ。

いわゆるアダ名ってやつ?

あっ、でも全員じゃないよ。

中でも特に優秀な五人の影を王の手キングハンドって呼んでるんだよ」

「王の手?」

「そう、その五人が各指の名前で呼ばれてるだけだね。

聖女様に呪いを掛けたのが親指サム

そして、アタイが小指ピンキーっていうの。

宜しくね!」


顔は見えないがとても嬉しそうに自己紹介するピンキー。


「そろそろアタイの質問にも答えてよね。

順番じゃないと不公平だよ」

「えっと…今度は私が答えるね。

あの時、呪いに掛かって助からないと思ったけど仲間に助けられたの。

女神の涙っていうのを飲んだら呪いが消えたんだ」

「女神の涙?

んーーー…聞いたことがあるような。

あっ、そうだ!

それって封印の迷宮にあるやつだよね?」

「封印の迷宮?

確か魔物の迷宮って呼ばれてたと思うんだけど」

「へー、今はそう呼ばれてるんだ?

でも、あそこって化け物がいっぱい封印されてるはずだけど、よく生きて出られたね」

「みんな危なかったんだから。

呪いが解けてなかったら全滅してたよー。

それより最後の質問の答えは?

ここに何しに来たの?」

「最後の質問の答えだね。

最初に言ったけどアイツのやり残しだよ」

「やり残し?」

「そう…聖女様を殺しにきたのさ」


さっきまでと同様に陽気な口調で殺すと宣言するピンキー。

そこには人間らしい感情は感じられず殺すことに愉しいことのように話す。


「何で私を殺そうとするの!?

君達の目的は何なの?」

「んー、詳しくは知らないけど聖女様が邪魔みたい。

危険分子っていうんだって!」


二人の会話を興味深く聞いていたラファエルだったが無視され続けられるのに、苛立ちを覚えた。

光の勢力で最大戦力である大天使を無視する者などこれまで皆無だったのである。


「そこの下郎。

死の王だが知らないがその娘は私が屠るのだ。

邪魔をするなら貴様から消してやろう」

「ん?

アンタは大天使だね。

そうだ!どっちもあの聖女様を殺したいんだから協力するのはどう?

凄い良い考えじゃない?」


相手が大天使だろうと態度を変えないピンキー。

嬉々として提案するのであった。

その会話でノルンは大天使でも死の王を知らない事実を聞き逃さなかったのである。


「協力だと?

貴様から感じるのは闇の魔力だ。

この世の屑である闇の勢力と協力するなど有り得ん。

ふざけた態度を後悔するが良い」


刹那の出来事である。

ラファエルが消え次の瞬間、ピンキーが一刀両断されていた。

そして、少し離れたところで納刀する音が聞こえる。


「ふん、雑魚が。

次はお前の番だ、聖女よ」


ラファエルが振り返ると衝撃を受けた。

今、確かに殺したはずのピンキーがピンピンとしてるのである。


「何するのさ。

まあ、敵対するなら全員殺すだけだね」


何事もなかったかのようなピンキー。

壮絶な戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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