第200話 脱出

20階層ではもう一つの戦いが続いていた。

シトリーと雪恋が相手をしているのは目を見るだけで石になったかのように動けなくなる金縛りの呪縛を使う恐るべき相手バジリスクだ。


「左に回避しナサイ!!」


上から叩きつけられるバジリスクの鋭い刃のような尻尾を全く見ずに横に回避する。

シトリーの掛け声により一瞬、早く回避行動が出来ているが相手の動きを察知する炎を維持し続けるには限界があった。


「シトリー様、そろそろ魔力が不味いのではないでしょうか?」

「確かに長くは保ちまセンワネ。

こうなったら左腕を犠牲にしてデモ…」

「それはいけません!!

右腕もまだ治っていないというのに」

「雪恋、貴女は部屋から出てナサイ」

「一体何を…?」

「早くしナサイ!!

このままじゃ魔力切れで二人ともやられマスワヨ!」

「くっ…御武運を」


雪恋は急いで上階への階段を駆け上がっていった。

残されたシトリーは魔力を解放していく。


「これで終わりデスワ。

表面は硬くても内部はどうカシラネ?」


シトリーの全身が炎に包まれ太陽のように紅く染まっていく。

それと共に部屋の温度がぐんぐんと上がっていった。

バジリスクはあまりの熱さに耐えきれず暴れまわり周囲の物を破壊する。


「フフフ!

ワタクシと共に焼け死ぬとイイワ!!

そんな攻撃見なくても手に取るように分かりマスワヨ」


熱さに怒り狂うバジリスクの攻撃を目を閉じたまま躱し続ける。

いまや部屋は火の海と化し動くものは手に取るように把握出来ているのだ。

だが、その代償として限界を超えた火力は自身まで焼き続けている。


「さて、何処まで保つカシラネ?

ワタクシとの我慢比べにお付き合い頂きマスワヨ!」


遂に白骨が高温によって変形するまでに達した。

バジリスクの動きは鈍くなり息も絶え絶えになっている。

シトリーの肌も焼け焦げどちらもギリギリの状態であった。


「この程度で音を上げるなんて古の怪物も大した事ないデスワネ。

アァ…もう一度タルト様にお会いしたカッタワ…」


今にも臨界に達しそうなシトリーは紅から白へと光の色が変化していく。


「サア、終焉デスワヨ!!」


更に魔力を暴発させ全てを灰にするほどの灼熱な炎で部屋を満たされる刹那、奥から地面を氷が這うように広がり一瞬にして灼熱から極寒の空間へと変化した。

シトリーとバジリスクも氷に捕らわれ身動きが取れなくなっている。


「何デスノ、これハ!?

まさか新手の魔物?

あと一息だというノニ!」


何とか動く上半身で氷を砕こうとするがびくともしない。

魔力もほぼ枯渇し溶かすだけ炎も出せないのだ。


「何て様デスノ!!

死にぞこなって相手も殺しきれないナンテ!!」


シトリーが必死にもがくなか、部屋に高速で飛び込んで来る者がいた。


「シトリーさん!!」


それはシトリーが待ち望んでいた元気なタルトの姿であった。


「タルト…様…デスノ?

何て神々しさお姿にナッテ…」

「もう目を離すと無理をするんですから。

さっきも魔力の暴発を感じて止めて正解でしたよ!」

「では、これはタルト様ガ?」

「そうですよー。

こんなになるまでー、そりゃあ!」


タルトの一声であっという間に火傷が消え全ての傷が完治した。

同時に壁の氷が砕ける音が響き渡る。


「急に温度が下がったから来てみればこれは一体!?

シトリー様、ご無事ですか?」


階段へと避難していた雪恋であった。

階段までも熱風が押し寄せていたのが急に収まり冷気が上がってきたことにより、異変が起きたと思い急いで駆けつけたのである。


「雪恋さん!

シトリーさんはもう大丈夫ですよ」

「これはタルト様!!

無事に女神の涙を見つけたのですね!!

それに姫様もご無事で何よりです」


喜びも束の間、バジリスクが拘束していた氷を破壊し再び立ち塞がる。


「コイツ、まだ動きマスノ!?

タルト様、お気をつけクダサイ!

目が光ると動けナク…」


注意を言い終わるより先にバジリスクが仕掛ける。

予備動作のない呪縛は目を閉じるしか今のところ対抗策がない。

だが、シトリーはタルトが心配で目を閉じることを忘れてしまった。

その失敗の後悔より速くタルトはふっと消えてバジリスクの顔の横へと一瞬で移動している。


「大人しくしてなさーい!!」


なんとバジリスクの顔面にワンパンである。

その威力は想像を遥かに超え超重量で鋼以上の硬さを誇るバジリスクを軽々と吹っ飛ばす。


「おいおいまじかよ…。

うちらが苦戦したのは何だったんだ」

「アァ…タルト様を心配するなんて不要デシタワ!」

「ふぅ、全く邪魔が多くて困りますね。

さあ、先を急ぎましょう!」



そして、10階では何も知らないカルンとリリスが未だに逃げ続けていた。

正確には更に一匹増えたネッソスに追い詰められていたのである。

計三匹のネッソスに囲まれ背を壁にして逃げ場がない状態だ。


「お前の言葉に騙されてどうみても助からない状況ダゼ!

絶対に幽霊となって出てきてヤルゼ!」

「アハハ、その前に毒の抵抗が弱いアタシが先に死ぬから幽霊になっても無駄ダナ!」

「クソッ!

シトリーの奴は上手くやったカ?

せめてタルトが助かってるなら良いんダガナ」

「アア、全くダゼ。

でもリリスと死ぬなら悪くねえカモナ」

「ケッ、好き勝手言いやがッテ」


三匹のネッソスは同時に三方向から回避不可能な量の毒液を吐き出した。


「「ギャアアアアアアアアァ!!」」


どう考えても万事休すな状態に観念して悲鳴をあげる二人。


「………」

「……」

「アレ…?

痛みもないが死んだノカ?」


何も変化が起きないことに違和感を覚え目を開けるリリス。

なんと光輝く壁が毒を全て防いでいたのだ。


「オイ、カルン!

よく分からないが助かったみたいダゾ!!」


頭を両手で抑え怯えていたカルンもようやく状況を理解したのか周囲を見渡す。


「ごめんね、遅くなったよ!

もう大丈夫だから少しそこで待っててね」

「タルト!」「タルト姉!!」


そこには笑顔でVサインをしてタルトが立っていた。

光輝く壁はタルトの魔法障壁である。


「二人を怖がらせたのは許さないんだから!」


タルトの全身から魔力の波動が発生し地下室の壁にヒビが入る。

その桁違いの魔力を感じ取ったネッソスは次の瞬間にはその場から逃げ去っていた。


「あれ?

逃げちゃった…。

まあ、いいかー、二人が無事なら問題なしだね!」


こうしてリリスとカルンも無事に窮地を脱し全員で洞窟から脱出したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る