第161話 誘導

目の前の濁流を見つめながら今までの事を思い返してみる。

昨日、軽く一戦を交え相手を侮っていたとはいえ、火計から今の水計まで自分が知っている戦とはかけ離れていた。

相手は炎や水で敵兵の一人も倒せずにどんどん味方の数が減っていく。

こんな戦い方は知らないし理解を越えていた。


「すぐに被害状況を確認しろ…」


先程までの勢いはなくなり冷静になったカルヴァンは部下に静かに命じた。


「…報告します。

昨日からの敵の罠により半数以下になっています」

「半数か…」

「どうされますか…?

撤退した方が…」


このまま国へ戻ればいい笑い者だ。

敵を一人も倒せず半数もの兵を失うなど将として未来はない。

カルヴァンは何としても功を得たかったのだ。

大将の座に就いたが大した功績もなく周囲の将兵に認められておらず焦っていた。

丁度、その時、大悪魔を人間が倒したという報告を受け利用することを考える。

最近、噂の聖女を倒せば不動の地位を得られると思ったのだ。


「撤退などあり得ぬ!

貴様らも敵一人も倒せぬ弱者と笑われるぞ」

「ですが、この先にどんな…」


カルヴァンは持っていた槍で部下を一突きに貫く。


「いいか!!

これ以上、弱気な発言をする者は俺が相手をしてやる!!

死ぬ気で人間どもの街を破壊しにいくぞっ!!!」


本能で強者に従ってしまう獣人達はカルヴァンに逆らえず進軍を再開した。

だが、先程までの事があり進軍速度は警戒しながら進んでいる為、かなりゆっくりとなっている。

やがて少し開けた場所に少し丘のような高台に人影が見えた。


「カルヴァンはいるか!!

俺の名はティート、聞き覚えがあるだろう?

お前が父を罠に嵌めて大元帥の地位を奪ったのを忘れた日はない!!」


ゆっくりとカルヴァンが前へ出る。


「覚えているぞ。

確かガキが二人いたが情けで見逃してやったな。

それがこんな所に逃げ込んでいるとはな」

「見逃した事をすぐに後悔させてやる。

ここまでも火と水に苦渋を舐めたのではないか?」

「テメエの仕業か?

聖女とかいう人間に入れ知恵されてちょっと優勢になったくらいで意気がりやがって!!」

「ふっ、まだ戦う気があるなら俺を追って来るがいい。

罠だと思う怖いなら尻尾を巻いて逃げ帰っても良いぞ!」


そういうとティートは丘の向こう側に走り去っていく。


「あの野郎…調子に乗りやがって…。

貴様らアイツを追うぞ!!」


普通なら罠だと思って追いかけるか躊躇う場面だが、プライドが高いカルヴァンを挑発し優位な場所へと誘導に成功したのだ。

怒りによって前を進むティートだけに集中しているカルヴァンの速度はとても速く、徐々にその差が縮まっていく。


「俺を怒らせたことを後悔させてやる!

罠の場所まで誘導するつもりだろうが、その前に追い付いてやる!!」


ぐんぐんと速度をあげ差を詰めていくカルヴァンに対し、後方の距離を確認しながら先行するティート。

カルヴァンは足に細い紐を切った感触を感じた瞬間、左右から弓が飛んでくる。

それをあっさりと槍で捌いていく。


「この程度で俺を殺れると思っているのか!?

舐められたもんだぜ!」


だが、僅かに速度が遅くなりティートとの差が開いた。

それでも、そこから鬼気迫る勢いで巻き返す。

あっという間に差が縮まっていくが、気付けば左右が崖に囲まれた道を走っていた。

後方の部下はカルヴァンの速度に付いていけず、少し遅れているようだった。

その事に気付いた時には既に遅く崖の上から大量の岩が転げ落ちてくる。

余裕で落ちる前に駆け抜ける事は出来たが問題は後方の部隊と分断されてしまった事だ。

カルヴァンは足を止め部隊の状況を確認する。


「貴様ら、状況を速やかに報告しろ!!」


岩石が積み上がった壁の向こうより声が聞こえる。


「カルヴァン様、こちらに被害は出ておりません!

ですが、崖の上に多数の兵が現れ弓の一斉射撃を受けております!!」

「よし、ソイツらを蹴散らして速やかに合流しろ!」


それだけ言い残し同じく足を止めているティートと向き合う。

ティートの横にはハーフの少女も立っている。

妹であるミミである。


「もう逃げるのは終わりか?

部隊と分断したくらいで勝った気でいるのか?」

「昨日からのいいようにやられているだろう。

ここで全てを終わらせてやる」


ティートは勝ち誇ったように言い放つ。

それに対して何回も相手の策に嵌まっているが、慌てる様子もなくカルヴァンは落ち着いていた。


「ふはははははっ。

この状況からお前達にはこれ以上、策がなく追い詰められてるのが分かるぞ。

それに勘違いしていることが2つある」

「なんの事だ…?」


兵の分断に成功し追い詰められてるはずのティートであったが、カルヴァンの言葉に動揺を見せる。


「まず、俺をお前ら二人で相手しようとしていることだ。

しかも、片方はハーフでまだ幼い子供だ。

怒りを通り越して呆れるぜ。

そして、そこから推測するにこっちに回すだけの兵力がないのだろう。

昨日の一戦だけでほとんどのものが素人だと見抜けるから、そいつらで俺の兵が止められるとでも?」


ここまで用意された罠に見事に嵌まってきたカルヴァンだが、過去には様々な戦で勝利を納めてきている。

タルトというかウルが授けた元いた世界の兵法や戦いの記録を相手にしているのだからやむを得ないと言えた。

本も少なく口伝で伝えていくので力押しで戦うことも多いのだ。

実際、ティートの軍勢は数でも質でも劣っており地の利を得た今でも押され気味である。

弓で上から牽制して押さえ込んでいるが長くは持たないだろう。


「突破されるよりも前に倒せばいいだけの話だ。

カルヴァンよ、この日をどれだけ待った事か。

お前はここで倒す!!!」

「さあ、掛かってこい!!

直ぐに父と同じ場所に送ってやる」


遂に仇であるカルヴァンとの闘いが始まるのであった。

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