第119話 セリーン

バーニシアは大いに盛り上がっていた。

タルトが久々にアルマールに帰省すると、戦争の結果が既に広まっており街はお祭り状態である。

それのせいか天気も雲一つない青空が広がり、人々の心もとても晴れやかであった。


日中は皆、仕事や学校で出払っており、議会が出来てからタルトの仕事も減ったため、久々に病人や老人の治療を行うことにした。


「はあぁ…聖女様の治療を受けると天に昇りそうな気持ちよさじゃあ」

「おじいちゃん、まだ死ぬには早いですよー。

学校の子供達も遊ぶの楽しみにしてるんですから」

「そうじゃのう、新しい子も増えて大変じゃが若返った気持ちになるわい。

最近、来た子は奴隷の時に酷い仕打ちを受けたのか人間が怖いようでのう」

「そうなんですか…時間がたてば慣れそうですか?」

「なあに、大丈夫じゃわい。

リーシャやミミがよく面倒を見ておるでな、すぐに慣れるじゃろ」

「そうですか…うぅ…二人とも成長したんだね」

「聖女様の泣き虫は治らんようじゃの」

「これは目にゴミが入っただけですよぉ…」


普段は学校で医学を学んだ者が治療にあたっているが、今日はタルトがいるという噂が流れ大行列が出来ていた。

忙しくてもちゃんと会話も忘れずに患者の対応をしていく。

それも民衆に愛される一因なのである。


「次の方、どうぞー」

「タルトちゃんっ!この娘を見てあげて!」


ぐったりした女の子を背負ったモニカが慌てて入ってくる。

取り敢えずベッドに寝かせながら話を聞く。


「市場まで買い出しに行った帰りにフラフラしてるこの子がいて、心配だから見ていたら突然倒れて…」

「うぅ…ん、意識はないですが…。

病気ではなさそうですね…。

何というか衰弱してるのかな?」


ぐったりした女の子を診察しながら違和感を感じる。

髪色が白というか銀のようで、肌も透き通るほど白い。

何より体温がいやに低いのが気になった。

どうしたものかと悩んでいると女の子がうっすらと目を開けた。


「大丈夫ですかー?

私が見えますかー?」


タルトが女の子の顔を覗き込みながら尋ねると、焦点が定まってないような目でじっと見ている。

そして、部屋の様子を頭を少し動かしながら眺めてるようだ。


「聞こえますかー?」


タルトが目の前で手を軽く振ると、その腕をじっと見つめ両手で握る。

その反応をタルトが見ていると白い柔肌にカプッと噛みつく。


「ん…?」


何かチュー、チューと音が聞こえる。


「………。

きゃああああああああああああああああ!!!」


そう、女の子はタルトの腕に噛みつき血を吸っていたのだ。

突然のことでパニックになったタルトが魔法少女の姿になり、ステッキをブンブン振り回している。


「な、な、な、な、な、な、何をするんですかっ!?」

「落ち着いて、タルトちゃん!

部屋が壊れちゃう!」


パニクるタルトに必死に抑えるモニカ。

ドアが勢いよく壊されシトリーが飛び込んでくる。


「タルト様、ご無事デスカ?

悲鳴が聞こえて飛んで参りマシタワ!!」


その様子をぽけっと見つめる女の子。

その口元には真っ赤な血が滴っており、鋭い牙らしきものがにゅっと見えている。


「アラッ?

貴女は…吸血鬼ヴァンパイアデスワネ?」

「ヴァンパイア!?

ど、ど、ど、ど、どうしましょう!

血を吸われたらヴァンパイアになっちゃうんですよねっ?」

「落ち着いてクダサイ、タルト様。

血を吸われてもヴァンパイアになりマセンワ」

「ぐすん…ぐすん…本当…?」

「よしよし、タルトちゃん。

聞いたでしょ、シトリーさんが大丈夫だって」


タルトを抱きしめ慰めるモニカ。


「アァ…怯えるタルト様も何て可愛らしい…。

ご安心クダサイ、本当でございマス。

おそらく、この日差しと空腹で衰弱していたのデショウ」


いつの間にかヴァンパイアの少女はベッドで横になってうたた寝をしている。

何とか泣き止んだタルトも、その寝顔をみると何処か心がくすぐられるのであった。

歳はタルトと同じくらいだが、病弱な感じが幼くみえるのかもしれない。


「この子はお腹すいてただけなんですね…?」

「ヴァンパイアの主食は人間の生き血デスワ。

だからこそ昔から人間に忌み嫌われ、討伐や飢えで数を減らしたノデス」

「そうなんだ…可哀想だね…。

ん?そういえば今って昼間だけど太陽にあたって大丈夫なの?」

「直射日光に当たると衰弱したり、肌が真っ赤になると聞きマシタワ。

即死するというのは聞いた事デスワネ」

「おや?目を覚ましたみたい」


ベッドに起き上がり周囲をキョロキョロしている。


「ここは…?ひっ…私はヴァンパイアじゃありませんっ!

だから、殺したりしないでください!」


タルト達の姿を見るなり酷く怯え始めた。


「ここは大丈夫だよ、みんな優しい人ばかりだから。

いや、シトリーさんは悪魔だから人というのは…。

まあ、あなたがヴァンパイアでも傷付けたりしないから」

「…噂は本当だったんだ。

ここは差別がないって聞いたの」

「うん、安心して大丈夫だよ。

さっきはいきなり血を吸われてビックリしたよー」

「えっ?

私…もしかして血を…。

ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!

私なんて太陽の光で燃え尽きちゃえばいいんですっ!」


土下座しながらペコペコと謝罪する女の子。

あまりの勢いにぽけーっと呆気に取られてしまった。


「だ、大丈夫だからっ!

ほら、もう傷もないし血もすぐに再生してるから」

「…なんで?…さっき確かに吸ったのに…」

「聖女は不死身なのです!

ところで、これまではどうやって過ごしてきたの?」

「それは…流浪して。

同じ場所に留まるとヴァンパイアってバレて殺されちゃうの。

人間さんを襲わないように動物の血で空腹をしのいで…」

「ずっと我慢してきたんだね…。

安心して、ここには血液バンクがあるから!」

「血液…ばんく?」

「そう、医療で輸血出来るように献血してもらって保管してあるのです!」

「飲んでいいの…?」

「生きるために必要でしょ?

それで誰も傷つけなくて済むしね」

「ありがとぅ…」


少女は溢れる涙に言葉が出ない。


「ところでお名前を聞いても良いかな?

私はタルトだよ」

「うぅ…ずず…私は…セリーン」

「よろしくね、セリーンちゃん」

「よろしく…です、タルト姉様」

「はぅっ!!」


姉様という言葉にキュンキュンしたタルト。

床をごろごろと転がるタルトに呆然とするセリーン。

突然、開け放たれた窓に人影が現れる。

この部屋は三階なのだ。


「大変ダ、タルト姉!!」


窓に現れたのはカルンだった。

その腕にはミミがぐったりしてる。


「どうしたの、カルンちゃん!!

ミミちゃんは大丈夫なの?」

「多分な、外傷はネエ。

気絶なのか意識がないダケダ。

それよりも一緒にいたはずのリーシャが行方不明だ!」


先程までの和やかな雰囲気が消え去り、不穏な空気が流れた。

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