第70話 束の間の休息

翌朝、ノルンが廊下を歩いているとタルトの部屋の前で声が聞こえたので足を止めた。

声は部屋の中からのようで、よく聞こえなかったのでドアに耳を近づけた。


「そこは…だめです…」

「ミミちゃん…リーシャちゃんは…ここが弱いんだよ…」

「ここなのですか…」

「ふわわわぁ…だめですよ…」


(一体、朝から何をしているというのだ!

全くタルト殿にも困ったものだ。

どれ注意をしておくか)


ノルンがドアノブに手を掛けた途端に、過去の失態を思い出した。


(待てよ…以前も同様の事があって、恥をかいたな…。

あの時は耳かきを勘違いしたのだったか…)


ドアノブから手を離すと落ち着いて考える事にした。


(私は天使だぞ、汚れなきまなこで真実を見極めるのだ。

心を清らかにして、その声に従うのだ)


ノルンはドアに耳を近づけた。

少し距離があるので、声が小さく聞こえる。


「あっ…そこは…だめです…」

「ほら…もう一息だよ…これならいけそうだね…」

「はい…がんばるのです…。

こことか…どうなのです…」

「ふわわわぁぁ…もう…だめ…です…」


(駄目だーーーーーーー!!!

よこしまな事しか思い付かない…。

私の心は汚れてしまったのか…?

一体何をしているのだ?

今は朝だぞ?

他に今のやりとりをどう解釈するのだ?

誰か答えを教えてくれ…。

あぁ…いくら考えても答えは出ない…。

ここは平然を装ってドアを開けてみるか…)


ノルンはドアノブを握り、禁断のドアを開けた。

そこには…。


「タルト殿…何をしているのだ…?」


部屋に入ったノルンが見たものはベッドの上で、木盤の上で駒のようなものを動かしてるリーシャとミミであった。


「あっ、おはようございます、ノルンさん!

これはボードゲームといって遊ぶ道具なんです」

「これで、はつしょうり、いけそうなのです」

「ふわわぁ…そこにおかれたらまけです」

「ミミちゃんがリーシャちゃんに勝てなかったので、アドバイスしてたんですよー」

「そ、そうか、それは邪魔したな」

「ところで何の用ですか?」


タルトは純粋な笑顔でノルンに問い掛ける。

その眼差しが眩しくて、心が痛むノルンであった。


「いや…特に用があったわけでは。

声が聞こえたので何かと思ってな…」

「フッ、苦しい言い訳デスワ。

無様ネ」


いつの間にかドアの所にシトリーが立っており、妖しい笑みを浮かべている。

こいつは間違いなく全部見ていたな、とノルンは感じ取った。

悪魔に弱味を握られるとは穴があったら入りたい気持ちである。


「本当に何でもないのだ!

では、失礼するっ」


顔を真っ赤にしてノルンは部屋を出ていった。


「一体、何だったんでしょうか…?」


残されたタルトには意味が分からなかった。

ポカンとしていると、オスワルドが勢いよく飛び込んできた。


「朝早くからすいません、聖女様。

お急ぎでお伝えしたい事がありまして」

「おはようございます、オスワルドさん。

遊んでいただけなんで、大丈夫ですよー」

「今朝、早くに陛下より手紙が届きました。

聖女様にすぐにお会いしたいとの事です」

「王様が私にですか??

最近、忙しかったからのんびりしたかったんですけどねー。

急ぎと言うからには、事件でも起こったんでしょうか?」

「ガーリナでの連絡にて詳細な事は何も…。

お疲れだとは思いますが、お願い出来ますでしょうか?」


ガーリナとは空を飛べる魔物で、伝書鳩のように足に手紙を付けて連絡手段とするようにタルトが考案したものだ。

情報とは昔から重要視されており、その鮮度も重要な要素だ。

以前は馬での手紙運搬しかなかったが、タルトがガーリナの他に狼煙、光でのモールス信号など様々な方法を考案している。

その手段については、バーニシア王国で国家機密とされていた。

他国に真似されては、情報戦の優位性が失くなってしまうからだ。

ガーリナのデメリットは運べる手紙が小さく、情報量が少ないことである。


「とにかく行ってみましょうか。

一人でひゅぱっと行ってくればいいですか?」

「ご面倒かと思いますが、私も同行せよとの事です」

「うぅーん…じゃあ、シトリーさん。

オスワルドさんを抱えて飛べますか?」

「勿論デスワ、人一人くらい余裕でございマス」

「では、直ちに出発の準備をして参ります!」


オスワルドは王に謁見する為に正装に着替えてきた。

タルト達もこんな事態に備えて、ドレスの準備をしていた。

桜華やカルン達も付いて行きたいと抗議したが、今回はすぐに帰ってくる事とお土産を買って来ることで説得した。

それに前回の反省を活かし、防衛の戦力も充分に残しておきたかったのである。


タルト、シトリー、オスワルドは着替えを済ませ、早々に王都へ向けて飛び立った。

前回は馬車で一週間ほど掛かったが、高速で飛翔していけば数時間で付いてしまうのである。

途中で一回だけ休憩を入れて、昼過ぎには王都へ着いたのだった。


最初、王都の外で降り立ったが、すぐに人々に囲まれてしまったため、王城の入り口まで再度、飛んで移動した。

先日の戦争の噂が広まっており、以前にもよりも人気が増していたのだった。

数万もの魔物の軍隊の侵攻をわずか千名の兵士を率いて、殲滅させた奇跡の聖女として伝わっている。

リリーの事は伏せられており、タルトの大魔法によるものと広めてある。


王城の門に着くとタルトを見るなり、すぐに中へ入れてくれたので騒ぎを起こさずに済んだ。

玄関まで進むと大臣のゼノンが慌てて、中から出てきて出迎えてくれた。


「これは聖女様、お早いお着きで。

今朝、連絡を出したばかりなのに…、

いや、貴女にとっては造作もないことですな」

「何か急ぎの話があると聞いたのですが」

「陛下は今、公務中ですので、客間にご案内致します。

どうぞ、こちらに」


ゼノンの案内で客間へと移動するタルト一行。

席に着くとお茶と菓子が運ばれてくる。

予想よりも早い到着に王の予定が詰まっており、謁見までは時間が掛かるとの事であった。

せめて連絡を入れてから来れば良かったかなと思いながら暇を潰していた。

そんな時、思いもがけない客が訪れたのであった。

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