第54話 悲嘆

タルトは必死で治療を続けるが、治る兆しは見られない。

一瞬、再生しそうになるが、血が吹き出し元に戻ってしまうのを繰り返す。


「なんで…なんで治らないの…。

お願いだがら…血がとまっでよ…。

ごのままじゃ…死んじゃうよ…」


タルトにとって治療されない事は初めてであり、身近な人が死に掛けてることもあって、今にも泣き出しそうだった。

だが、多少の効果はあったのか町長は目を覚ました。


「聖女様…もう…いいんです。

私は…長いこと生きました…。

この傷が治らないのは…寿命なのでしょう」


町長は穏やかな顔で語り掛けた。

既に自分の死を悟っているようである。


「そんなごどない…わだしが未熟なだけだから。

こんな傷、すぐになおしますがら…」

「そんなに…泣かないで下さい…。

可愛い顔が…台無し…ですよ」

『マスター、治癒魔法は細胞の再生を促してるに過ぎません。

町長はこの傷が治せるほど、もう再生力が衰えてるんです…。

決して、マスターのせいではありません…』

「嫌だ…やだやだやだやだやだ!

死んじゃやだ!

もっど、町を大きぐするって、約束したじゃないですか…。

私の像でも、肖像画でもいくらでも作っていいでずがら…。

もっど色々と、一緒にやりだいごとが…いっぱいあるんでず…。

だがら…もっど…生きで…ください…」

「嬢ちゃん…」


泣きじゃくる、その姿はいつもより幼く見えた。

本来の年齢通りといえば、そうなのかもしれない。

聖女と呼ばれて、普段は背伸びして頑張っていたのだ。


「エグバートよ…、息子を…支えて…やってくれ…。

ごほっ…後は…頼むぞ」

「…ああ、任せてくれ!!」

「聖女様…最後に…名前を…呼んで…くれますか?」

「えっ…名前…?」

「そうです…聖女様に…頂いた…大切な…名前をです…」

「…ジョン…さん。

ジョンさん!こんな名前を…そんなに…」

「ありが…とう…ござい…ます…。

これで…思い残す…事は…ああ…孫娘が…迎えに…」


町長は誰もいない方に手を伸ばしたが、力が抜けたように地面に落ちた。

その死に顔は穏やかに笑っているようだった。


「いやあああぁあぁーー!!

お願い…もういぢど…目を…あげで…」


タルトは力なく、その場に泣き崩れた。

その悲痛な姿に誰も声を掛けられないでいた。


「ちっ、見てられんねえな」

「タルト様は優し過ぎるのデスワ。

誰の死でも悲しんでしまわれるノガ、見ていて辛いデスワネ…」

「忘れがちだがタルト殿は、まだ子供なのだったな…。

人間は様々な死の原因と隣り合わせに生きているが、タルト殿は死とは無縁の所から来たように思えるな」


ノルンの言う通り、この世界では死の危険が非常に多い。

魔物の襲撃もそうだが、簡単な病気でも死ぬこともある。

そういう意味では人々にとって、死は近いものであり立ち直りは早かった。

だが、タルトにとってはそうではない。

現代では死は遠いもので、身近な者の死など子供のうちに経験することは少ないだろう。


「…嬢ちゃん、ありがとな。

町長の為に、そんなに悲しんでくれて」

「…ひぐ…エグバートざん…わだじ…助け…られながっだ…」

「嬢ちゃんは良くやったよ。

だから、笑顔で送ってやってくれ」

「ふぐ…くぅ…ぅ…」


それは涙でぐしゃぐしゃになりながら、必死に笑顔を作っていた。


「無理にわりぃな…。

後は俺が面倒を見るから、他の怪我人を頼めるか?」

「…はぃ…ぅ…」


タルトはフラフラになりながら、立ち上がると怪我人を治癒していく。

その表情からは生気が感じられなく、無表情である。

それでも、全員の治療を終えたのだった。

それを待っていたかのように、桜華が声を掛ける。


「辛いとは思うが、少し良いか?

大事な話がある…」

「…はぃ…何ですか?」


桜華に促されるように、雪恋が前に出て話し始めた。


「まずは、この度の事は大変すまなかったと思う。

この襲撃は姫様の兄にあたるあかざ様が指示された事だ。

戦で戦士が死ぬことは当然だ。

だが、戦えないものを襲うのは間違っている。

だが、私めでは止めることは出来なかった…」

「何…言ってるんですか?

何で…そんなことを…?」

「藜様は姫様を取り戻すために、周りの人間を皆殺しにしようとしている。

この襲撃は、その始まりに過ぎない」

「コイツの言ってることは信じられマスノ?」

「それはうちが保証するぜ。

雪恋が嘘を言ったら、この首はくれてやる」

「そうデスカ。

それで、始まりに過ぎないとは、どういう意味デスノ?」

「藜様は自分で動かせる兵力を集めている。

ゴブリンキングより遥かに上位のオーガやサイクロプス、ギガンテスも含まれており、その数…2万はいるかと」

「そんな…」

「おそらく、後、2週間ほどで準備が整うだろう」

「ソレデ、貴方は何故、情報を漏らすのカシラ?」

「先程、言った通り非戦闘員を巻き込むのは本意ではない。

姫様は常々、そう言っており、私めはそんな姫様が大好きだった。

だから、そう藜様に進言したら裏切りと罵られ、捕まってしまった。

隙を見て逃げ出し、姫様にこの事をお伝えしたかったのだ」

「何で…そんな酷いことが出来るの…」


タルトは生気のないままである。

今までの平和な生活は、薄い氷上を歩いてるのと同様で簡単に崩れてしまう世界なのだと思い知らされた。

町長の死のショックから立ち直れていないうちに、更なる悲劇の話を聞いて思考が停止していた。

ノルンはタルトに近づき、手刀で首の辺りを叩き、気絶させた。


「タルト殿は少しずつ休ませよう。

このままでは心が壊れてしまう…。

リーシャ、ベッドに連れて行ってやってくれ」

「天使と意見が同じとは気に入りませんが、今回は同感デスワ。

今までタルト様に頼りすぎていたのかもしれませんワネ。

この件はワタクシ達で考えマショウ」

「おい、モニカも手伝ってやってくれ」


モニカ、リーシャ、ミミ、リリーは寝ているタルトを抱えて、神殿の寝室に向かった。


「さて、どうしたものか。

2万の軍勢が相手では私やシトリー達は生き残れると思うが、町の防衛や人々を守るのは無理だぞ」

「ソウデスワネ…、戦力の差がありすぎマスワ」

「もし良ければ私めも協力させてくれないか?

もし、この件が片付いた暁には断罪して殺されても文句はない」

「雪恋に罪はねえよ。

むしろ止めようとしたんだからな。

もし、文句を言うやつがいればうちが相手になってやらあな」

「姫様…」

「皆様、お疲れでしょうから、我らもここから移動しましょう。

直ぐに国王へ私から援軍を送ってもらうよう手紙を送ります。

平行して他にも何が出来るかを本部を作って協議しましょう」


成り行きを見守っていたオスワルドがこの場を纏めた。

避難していた町の人々も自分の家に戻り始めた。

だが、その顔は暗かった。

魔物の襲撃が収まったが、町長の死に続き更なる襲撃の情報がもたらされたのだから、仕方のない事だった。

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