東谷 沢崎 M

 Mがすぐそこまで迫ってきた。


 東谷は自動小銃を確かめるが、すでに弾切れとなっていた。沢崎も首を振って小銃を捨てる。拳銃も同様だ。


 國府田と国広が一丁ずつ持っているが、あってもどうせ効果はない。ナイフが数本あるが、そんな物は何の役にも立たないだろう。後は、沢崎が一本だけダイナマイトを持っている。沢崎はそのダイナマイトを腰にさすと、Mを睨みつけた。


 「仕方ない。やれるだけやるか」拳を握り、戦闘態勢をとる沢崎。


 「どうやらおまえとの決着はあの世で、ということになりそうだ」


 東谷も言いながら身構える。


 「俺は地獄だ。あんたは天国へ行くんだろう。俺はとりあえず遠藤と遊ぶさ」


 言うなり、沢崎はMに突進した。東谷も続く。後ろで、国広達が息を呑むのがわかった。


 Mも動く。迫ってくる沢崎に向かい、大きな羽を一降りした。それを避けた沢崎は、地面を滑り、Mの足をすくおうとした。だが、微動だにしない。


 Mが再度羽を振ると、沢崎はその直撃を受け、地面を転がった。


 Mの注意が沢崎の方に向いている隙に、東谷はその後頭部に跳び蹴りを喰らわせる。やはり動じない。跳ね返された東谷は地面に落ちる。次にもの凄い衝撃を全身に受け、自分が転がっていることに気づく。沢崎同様羽の直撃を受けたようだ。


 くそうっ!


 強引に立ち上がる東谷。Mを見据えようとしたが、その姿がない。見えたのは、同じように片膝をついて鋭い視線を巡らせている沢崎の姿だけだった。


 上か?


 気づいた瞬間「ヒュンッ」という音がして、横からMがぶつかってきた。東谷は宙を舞った。咄嗟に受け身をとったものの、地面に叩きつけられた体が悲鳴をあげる。息が詰まり、しばらくのたうち回るようにして転がった。


 Mは次に、沢崎に向かった。もの凄いスピードだった。沢崎ほどの男でさえ、避けることができずに体当たりを喰らい、地面に叩きつけられていた。






 Mが沢崎の前に舞い降り、仁王立ちした。羽を広げ、それで彼を包み込む。


 「ぐわぁっ!」と沢崎が叫んだ。


 東谷は即座に駆け出し、Mの背中に飛びつく。首がないので、少しだけ盛り上がった頭と思われる部分に手をかけ、締めつけるようにした。


 「キーッ!」


 Mは一声高々と鳴くと、羽を広げながら大きく体を振る。


 東谷も沢崎もはねとばされた。


 背中から落ちた東谷はまた息がつまり、咽せる。視界の隅で、沢崎が同じように顔を顰めているのが見えた。


 いきなり目の前が暗くなった。顔を上げると、Mの巨体が月明かりを遮っていた。その大きな目が赤く光り、東谷は眩しささえも感じた。


 くそっ、ここまでか――。


 立ち上がろうとするが、体が言うことを聞かない。


 Mは大きく羽を広げた。そして口を開けながら東谷に迫る。


 鮫のような歯が目の前に来た。そして、まるでクレーンで強引に持ち上げられるかのような感覚が襲い、気がつくとMの羽にくるまれていた。


 「東谷ッ!」


 沢崎が叫びながら駈けてくる。だが、もう遅い――。あと少しMが力を込めるだけで、体は粉々に砕けてしまうだろう。






 東谷は目を閉じた。


諦めるな!


 不意に、そんな言葉が脳裏に響いた。誰の声なのかわからない。だが、聞き覚えがある。


 諦めたら、みんな死ぬ。諦めたらだめだ!


 そんな声とともに、後ろから力強い風が吹いた。東谷を後押ししている。


 「沢崎っ!」叫ぶ東谷。「俺がこいつを釘付けにしている間に、みんなを連れて少しでも先へ急げ」


 目を開け、沢崎を見た。


 彼は戸惑っていた。だがそれは一瞬で、すぐに頷き、走り出した。沙也香とその家族を促し、国府田や長尾美由紀を従えながら行く。


 それでいい……。


 東谷は、視線をMに戻すと、すぐにその紅く光る目に額を叩きつけた。何度も頭突きを食らわせる。


 Mは戸惑っていた。まさかこんなに抵抗するとは思ってもいなかったのだろう。


 東谷の後ろから吹く風が、強くなった。


 そうか、と感じた。木戸、遠藤、小川……。それに、なぜか梨沙や阿田川、大久保……。


 みんなが、力を貸してくれている。人間を甘く見るなと言っている。


 暖かい風が、東谷を貫いてMにまで吹きつけた。


 沢崎が先導するみんなが、少しでも離れて行けば良い。俺の命が一秒でも続けば、それが長引く。


 死を受け入れながらも、東谷は何度もMに額を叩きつけていた。

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