逃げる人々
先頭を走る小川は、時折振り返り、様子を見た。
まだ、東谷と沢崎は合流してこない。
他の人たちのことを考え、一旦止まって休むことにした。
國府田と長尾がその場にへたり込むようにする。一足遅れて、国広豊、沙也香、みどりの家族がたどり着き、木にすがりつくようにしていた。国広は抱いていた沙也香を下ろす。
幼い少女が虚ろな目を上げると、瞳が月明かりで輝いていた。
これだけになってしまったんだな……。
目を伏せた。最初は何人いたのだろう? 今は、東谷と沢崎を含めてたった8人……。
「どうします? あの2人を待ちますか?」
國府田が訊いてきた。
「いや」小川は首を振った。あれ程の男達がそう簡単にやられるとは思えないが、今は異常事態だ。Mもいる。何が起こるかわからない。行けるだけ進んだ方が良いだろう。彼らなら、生きていれば必ず合流してくれる。「一息ついたら行きましょう」
小川は方位磁針を出した。東へ――。とにかくひたすら東を目指すことになっていた。
ん――?
愕然とした。いつまで経っても針が止まらない。グルグル回っている。回り続けている。まるで小川をあざ笑うかのように――。
これはいったい――?
小川が顔を上げると同時に、沙也香の「きゃああぁっ」という叫び声が響いた。
少女が何かを指さしていた。全員がその小さな指の方向を見る。
そこには、赤い大きな目が輝いていた。
「M……」
小川は息を呑んだ。
國府田や長尾が怯えながら後退る。
国広は妻と子を抱きしめた。
Mは立っていた。なぜか、その身体から微かに煙が立ち上っている。心なしか、焦げ臭い匂いがした。
赤い目が大きく輝く。苛立っているように感じられた。
「私が引きつけます。その隙に逃げてください」
小川はダイナマイトを手に取る。もう片方の手で拳銃を持つ。
「小川さん」国広が悲痛な声をあげた。
「行ってください」と振り向かず言い、ゆっくりとMに向かっていく小川。
Mは「キー」と機械音のような鳴き声を上げた。
身も凍るような恐怖感が襲ってきたが、それはすぐに退いていく。かわりに、妻と子の顔が目に浮かんだ。
もうすぐそっちに行けそうだ――。
小川は笑みさえ浮かべてそう思った。ダイナマイトに火をつける。
この人達を守るためなら、死んでもいいだろう?
国広達がかなり離れたことを確認すると、小川は歩みを早めた。次第にスピードを上げていく。Mは逆に足を止めていた。目の輝きが一際増した。
Mが威嚇するように大きく羽を広げた。小川は、その胸めがけてダイナマイトを投げる。そして横に飛び、見事な受け身をとった。
爆音が響く。
小川はすぐに立ち上がった。Mから目を離していない。
Mは爆発で後ろにドウッと倒れた。だが、すぐに立ち上がってくる。小川はその時を逃さなかった。意を決して飛びかかる。Mに組み付いていった。
Mは戸惑ったように目の点滅を早めた。
組み付いた勢いで、まだしっかりと立ち上がっていなかったMと小川がもつれるように倒れた。
小川は、どこかに首はないかと探したが、無駄だった。仕方なく、左の羽の付け根に自らの左腕を巻き付ける。そして、両足でMの胴体をクラッチした。右手に持つ銃でMの顔あたりを何度も殴りつける。
巨体のMだが、小川は柔道選手時代、2メートルを超す外国人選手と何度も戦ってきた。だから、Mが飛び抜けて大きいとは思わなかった。
しかし、Mの体の頑丈さ、厚み、力は人間の比ではなかった。まったくダメージを受けていないかのように、小川を体につけたまま立ち上がる。振り落とそうとするが、小川は渾身の力でしがみついた。
Mは次に飛び始める。羽はまったく動いていない。どうやって飛んでいるのか、という疑問がわいたが、考えても仕方がない。
ギリギリと両足の力を込めてMの胴体を締め上げるが、まったく効果はないようだ。これが人間であれば、すでに失神させているはずだ。
Mの動きが激しくなった。背中から木にぶつかっていく。挟まれた小川は強烈な痛みに呻く。だが、手も足も放さなかった。
Mが飛びまわり、振り落とそうとする。再度木にぶつかる。
小川が血を吐いた。だが、まだ放さない。
これくらいじゃあ死ねない。もっとみんなが遠くへ逃げてから、あるいは東谷と沢崎が来てくれてからでなければ――。
すでに衝撃で銃は落としてしまった。右手はMの体毛を掴んでいる。時折目のあたりを殴りつけた。
キーとMが鳴く。明らかに苛立っている。
ざまを見ろ。人間も結構手強いだろう?
小川は無理矢理笑った。
Mは次に、背中を向けて落下しはじめた。
まずい――。咄嗟に右手で自分の後頭部を守る小川。
ズシーン、と地鳴りのような音とともに、Mと小川が地面に落ちた。衝撃で、小川はMを放してしまう。身体が転がる。
気を失いそうになりながらも、小川はMに向かって這い進んだ。立ち上がったMの足にようやくしがみつくと、その体毛を掴みながら這い上がり、再び両足でMの胴体をクラッチした。
ギー!
Mの鳴き声が一際大きくなった。そして、小川を背負ったまま再び飛び上がる。
良かった――。
小川はそう思った。こいつを少しは困らせている。たとえ僅かでも、こいつを足止めできている。
少しでも、みんなを助けるためになれば……。
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