M 大久保

 Mが飛んだ。


 大久保は走って逃げながら銃を撃ち続けた。当たらない。また、当たっても効果がないことはわかっていた。


 そのうちに弾が尽きた。Mがすぐ横を掠めていく。思わず蹲ってしまう。おそらく、Mはわざとぶつからずにすり抜けていったのだ。そうやって、怖がらせるために。


 大久保は拳銃を投げつけた。


 Mには届かない。カツーンと虚しい音がして、路面に銃が落ちる。


 Mが飛び回っている。大久保を中心にして、グルグルと。


 良かった――。


 本当は竦み上がるほど怖いのだが、それを押し隠すように、無理にそう思った。


 奴を引きつけられている。この隙に、絵里香ちゃんが成功してくれればいい――。


 Mが舞い降りた。そして、大久保に向かってゆっくり歩いてくる。大きく羽を広げて威嚇しながら。


 後退る大久保。そうしながら、ダイナマイトを手に取った。震える手で、導火線に火をつける。


 Mが一旦止まった。赤い光が少し弱まる。ダイナマイトのことを怖がっているのだろうか?


 だが、Mはまた歩き出す。目の輝きが再び強くなった。


 大久保は、導火線を確かめると、自分からMに近づいていった。叫び出したくなるほど怖かったが、同時に、冷静に状況を見ている自分がいる。


 Mの目が更に輝きを増す。


 「うおおぉぉっ!」


 叫びながら、大久保は走った。Mにぎりぎりまで近づくと、ダイナマイトを投げつけた。そして横に飛ぶ。


 次の瞬間、轟音が響いた。タイミングからすると、Mは爆破に巻き込まれているはずだ。






 素早く立ち上がる大久保。もはや体の痛みなど気にしていられない。


 どこだ?


 Mを探した。路上にはいない。逃げたのか? 上か?


 空を見上げる。どこにもいない。


 焦りを感じた。キョロキョロとあたりを見るが、Mの姿はない。


 不意に、後ろに何かの気配を感じた。月明かりに照らされたその影が、大久保の体を包み込む。


 振り返ると、Mが立っていた。赤い目が大きく光り輝き、そして消え、また輝く。


 こいつはいったい、何を考え、何を基準にして動いているのか?


 わからない。わかるはずもない。一つだけ確かなのは、もう、自分は終わりだ、ということだった。


 大久保はやけくそになって、拳をMに叩きつけた。何度も何度も。昔、空手をやっていた。だから、板や瓦をたたき壊すことはできた。だが、Mの体はそれらとは違って弾力があった。大型ダンプカーのタイヤを殴っているような感覚だ。


 動かないMに業を煮やし「くそうっ」と渾身の力で殴った。ボキッと嫌な音がした。右の手首が折れていた。激しい痛みに続き、右腕の感覚がなくなっていく。自分が泣いていることに気づいた。


 Mが大きく羽を広げた。そして、大久保の体を包み込む。


 「うわあぁぁぁっ」叫ぶ大久保。力が次第に抜けていき、声が小さくなっていく。


 ボキバキボキバキバキ……。


 嫌な音が聞こえてきた。それが、自分の体が壊されていく音だと気づいた時、大久保の意識は途絶えた。

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