逃げる人々

 大きな爆音を背後で聞くと、東谷は一旦足を止めた。


 隣を走っていた沢崎も止まる。何も言わず頷き合った。


 前を行く小川達は、ひたすら東を目指している。


 敵の多くは遠藤が倒してくれたのだろう。おそらく残りは少ない。木々の立ち並ぶ森の中で沢崎とともに待ち受ければ、必ず殲滅できるという自信があった。


 「小川さん、とにかく進んでくれ。何かあったら銃を空に向かって撃って」


 「わかりました」


 東谷の指示に、小川は止まらずに応えた。他の者達も続いていく。


 「沢崎、やるぞ」


 「その言葉を待っていた」


 ニヤリと笑う沢崎。すると、忍者のようにスルスルと、側の木に登っていった。本当に運動能力の高い男だ。


 東谷は少し離れた木の陰に身を隠す。


 暫くジッとしていると、気配が伝わってきた。敵だ。かなり少ない。


 4人――。それだけだった。


 皆、充分周囲に注意を払い隙のない体勢で進んでくるのはさすがだ。だが、教科書通りのその動きは、東谷にとっては何手も先を読めるものだった。沢崎からすれば子供のお遊戯程度に見えるかもしれない。


 3人が前に展開し、後ろに1人。あれが黒崎だろう。


 合図し合ったわけではないが、東谷と沢崎は同時に動いた。木の上から沢崎が2人を射殺し、飛び降りる。


 もう1人が銃を構えたところを、東谷が的確に仕留めた。


 残る1人、黒崎は、息を呑み込んでその場に立ちつくしていた。


 東谷、沢崎が銃を構えながら迫る。


 「さすがだな、沢崎、東谷。我々とはレベルが違ったようだ」


 両手を挙げながら、男が言った。紛れもなく黒崎の声だった。


 この状況でも機械のような冷徹な口調でいられるのは褒めてやってもいい。だが、それ以外には何もない。今この場で頭を撃ち砕いてやりたいという衝動を、東谷は抑えた。


 今回の騒動の大本を糾弾するためには、この男を生かして逮捕する必要がある。






 沢崎もすぐに黒崎を殺そうとはしなかった。


 「八つ裂きにしてやりたいが、そうもいかないんだろ?」沢崎が訊く。


 「逮捕して連れ帰るのがもっとも理想的だ。だが、邪魔になるようだったら俺が射殺する。どっちがいい?」


 東谷は黒崎に向かって言った。


 「私を舐めるなよ」黒崎は感情を押し殺した声で言った。「どちらも断る」


 挙げていた黒崎の手から、何かがポトリと落ちた。手榴弾だ。


 黒崎は、指に巧みに手榴弾を引っかけ、手の甲側に隠していたのだ。それを今、足下に落とした。


 こいつ、死ぬ気か?


 東谷はそう思った。だが、そうではなかった。


 観念したかのような態度を取っていた黒崎が、素早く落とした手榴弾を蹴った。流れるような動作はさすがだ。沢崎さえも攻撃のタイミングを外され、身を転がして逃れるしかなかった。同じように転がる東谷。


 次の瞬間に、手榴弾は爆ぜた。素早く立ち上がり、銃を構える東谷と沢崎。だが、その時にはすでに、黒崎はかなり離れた場所まで逃げていた。


 「ちいっ」と沢崎が追おうとする。しかし、東谷が止めた。


 「連中はもはや全滅と言っていい。今はあいつを追うより、小川さん達と合流することだ。そして、道の駅に戻ろう」


 武装集団の脅威が無くなった今、山越えの必要もないだろう。もしまだMが動き回っているとしても、迎え撃つには森より道の駅や分署の方が良い。


 沢崎は不満そうな顔を少しだけしたが、「わかったよ」と応えた。「だが、あの男は1人になっても諦めないぞ。必ずまた俺達の前に現れる」


 頷く東谷。それはわかっている。しかし、1人だ。手強い男ではあるが、今度は集団ではなく、1人なのだ。守るべき人々がいるとはいえ、こちらの方が有利だった。


 2人は小川達を追った。

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