森の奥 西田

 この野郎、やっと見つけたぞ――。


 西田は腰にさしたダイナマイトをとった。ライターを逆の手に持つ。口からは笛を放さない。そうやって、Mにゆっくり近づいていく。


 Mは動かない。その禍々しい赤い目をこちらに向けているだけだ。


 西田はライターをかざす。そして、ダイナマイトを目の前に掲げ、導火線に火をつける。


 Mがダイナマイトを知っているとは思えなかった。だが、大変な武器だということは感じとっているようだ。微かに後退っている。


 西田は笛を吹いた。ダイナマイトを持つ手が震えていた。恐怖を感じているつもりはなかったのだが、それは、無理矢理押さえ込んでいるに過ぎない。


 Mが羽を広げた。


 「逃がすかっ!」西田はダイナマイトをMに投げつける。


 Mの胸の辺りに当たったダイナマイトは、地面に落ちた。爆破のタイミングは若干遅れたが、Mが落ちたダイナマイトに視線を落としたとき、大音響があたりを包む。


 直前に伏せていた西田は、轟音が収まると立ち上がり、サーチライトをつけた。あたりを照らしまわる。


 「どこだ? どこに行った?」


 口に出していた。恐怖と高揚感と――あらゆる感情が高ぶってきて焦っているのが自分でもわかる。しかし、抑えられなかった。


 少し離れた場所に、黒い固まりがあった。ピクリとも動かないが、西田は猟銃を構え、笛をくわえながらゆっくり近づいた。


 やったか? いや、落ち着け。しっかり確かめるんだ――。


 踏み出す足が震えている。長年待ち望んだことの達成が、こんなにあっさりとしたもののはずはない――。そんな思いと、ついにやったんだ、もう奴は起きては来ない。起きてくるな……、という思いが胸の中で鬩ぎ合う。


 幼い頃にしか見たことのない、兄の顔、父の顔、大騒ぎで捜索する人々、悲しんでいる母の顔……。それらが目に浮かんでは、消えていく。


 ほんの短いこの時間のうちに、西田は60年以上の時をさかのぼっていた。






 ガサッ、という音で西田は夢想に似たものからさめた。黒い固まりが動いている。


 いかんっ!


 すぐに笛を吹こうとした途端、黒い固まりは浮き上がり、羽を大きく広げた。そしてものすごい早さで西田に迫る。


 咄嗟に避けた西田だが、羽に掠められた。その威力はすさまじく、西田の身体は飛ばされて地面に叩きつけられた。気を失いそうになったが、西田は必死で笛を吹き始める。


 Mは上空を旋回し始めた。


 西田は、体中を襲う痛みを堪えながら、ダイナマイトをもう一本取り出した。ライターも出す。それらを空に向かってかざした。


 しばらく飛び回っていたMは、突然スピードをあげ、飛び去っていった。


 呆然としたまま、Mの消えた空を見つめる西田。正直、ホッとしていた。そして、そんな自分に怒りも感じた。


 くそうっ、逃がしちまった――。


 舌打ちすることで、萎えかけた自分を叱咤した。


 なかなか起き上がることができなかった。ダメージは思ったより大きい。左の肩に激痛が奔った。見ると、太めの枝が突き刺さっている。


 ちきしょう――。


 力任せに抜き取ると、ドクドクと血が流れ始める。悔しくて涙も出てきた。


 死ねねえ。まだ死ぬわけにはいかねえ。あの野郎を何とかしなければ――。


 西田はよろよろと歩き始める。


 それにしても、ダイナマイトさえきかねえとは、どうすればあいつを倒せるんだ?


 結界のことを思い出した。今崩れている結界を張り直せば、奴の力は弱まる。その時なら、あるいは殺すこともできるかもしれない。


 だが、結界を張ってしまうと、奴はおおっぴらに動きまわらなくなる。隠れてしまう。それでは、見つけられない。何しろ、奴を倒すと決めてから何十年も探しまわったが、今日まで見つけることができなかったのだから。


 どうすりゃあいいんだ……?

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