森の奥  M(怪物)

 黒崎によりMという呼称がつけられたその生き物は、今、ようやく田沼の体を離した。


 ぐしゃりと地べたに落ちる田沼には、何の精気も残っていない。ほとんどの血液は吸い取られ、内蔵も喰われていた。


 久しぶりに――人間とはスケールの違うスパンだが――Mは満足できる狩りができた。


 以前同様、人間は美味かった。だが、まだ、人間の感覚で言うところのウオーミングアップの段階だ。


 最後の、今足下に落ちている人間は充分に恐怖心を与えたので旨味を増していた。やはり、襲ってすぐに喰うのではなく、充分に恐怖を感じさせた方が良い。


 Mは、人間は恐怖を感じたり増悪を覚えたりした時に旨味を増す、ということを知っていた。


 それは、体内成分の分泌の状況によるものであるが、そこはどうでも良い。


 とにかく、そのような感情を持つ者を襲うか、あるいはそういう感情を起こさせてから喰うのが良いのだ。


 Mは人間の負の感情を感じ取ることができる。そして今、やはり何故なのかはわからないが、この森にはそれらが満ちあふれていた。


 更に恐怖を与えてやると、ますます味は良くなっていくはずだ。


 不意に、Mは自分に向けられた激しい憎悪感に気づき、ゆっくりと振り返る。そこに、人間が一人立っていた。


 Mにとっては喰いたくてたまらなくなるほどの憎しみと恐怖を、その人間は持っていた。だが、Mはその人間が自分にとって危険であることも瞬時に感じとった。

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