森の中 逃げる人々
木戸は、先頭を走りながら時折後ろを振り返って皆を確認していた。どこに何者がいるかわからないのでサーチライトはつけない。しかし、思ったより強い月明かりが森の闇を薄めてくれていた。
元ハイキングコースを走っていたが、ここらで外れた方が良いと判断した木戸は、一旦立ち止まる。コースの外は鬱蒼とした草木が茂っているが、整備を何年も忘れられた元ハイキングコースと比べても、そう変わりはない。
「どうしたんです?」
飛田が咎めるように言ってきた。木戸が体で行く手を塞いでいなければ、一人だけでも進みそうな勢いだった。
「みんな来ているかどうか確認する」
人々がその場に集まるのを待つ。木戸とほぼ同じ先頭集団にいた飛田と佐久間が軽く舌打ちしたのが聞こえたが、無視した。
大学生の4人組が来た。絵里香が木戸の意図を悟ったらしく、後ろから来る人々を確認し始める。
木戸は感心した。この女性は、まるで危険を体験して成長しているかのようだ。
続いて板谷、藤間と国府田、岡谷、遠藤、長尾美由紀……。足りない――。木戸の顔から血の気が引いた。
「あの親子がいません」絵里香が言った。
「しまった。三国もいない」板谷が舌打ちする。
木戸の判断は早かった。「みんなここで待機だ。板谷君、飛田、藤間君、4人を捜してくれ」
「わかった」板谷が動き出したが、すぐに足を止める。動かない飛田と藤間を睨んだ。
「おい、どうした?」木戸が厳しい口調で言う。
藤間は俯いていたが「わかりました」と顔を上げ、板谷に続こうとする。
だが、飛田は動かない。
「行くぞ、飛田」痺れを切らした板谷が声をかける。
「僕は、他の人たちと一緒に博物館に先に向かいます。待っていて全滅してしまったら元も子もないでしょう」
「てめえは、どこまで見下げ果てた奴なんだ」遠藤が怒鳴った。
飛田の顔つきがサッと変わった。拳銃を突きだし、遠藤に向ける。
「うるさい。これ以上侮辱すると許さないぞ」
「おもしれえじゃねえか」動じないのはさすがにヤクザの幹部だった。遠藤も銃を飛田に向ける。「やるか? え? 覚悟はいいか?」
飛田の手は震えていた。遠藤は、顔は笑っているが目は真剣だ。
「よさんか」
木戸は飛田の手を取り、下げさせた。板谷が遠藤の肩を掴む。
「やらねえよ。心配するな。こんな奴に本気になるのも馬鹿らしい」
板谷の手を振り払いながら言う遠藤。
木戸は頭を抱えた。だが、嘆いている暇はない。
「わかった。じゃあいい。板谷君、君は残ってくれ。俺と遠藤で捜してくる」
「俺がか?」最初に驚いたのは遠藤自身だった。
「嫌か?」
「嫌じゃねえ。俺に任せていいのかってことだ」
「残しておくのが心配なんだ」
ああ、なるほど、と遠藤は納得したような顔つきになった。
「私も行きます」
絵里香が言った。驚きの視線が彼女にいくつも向かう。
「わかった。頼むよ」
木戸が頷く。もしかすると、板谷を除けばこの女性が一番信頼が置けるのかもしれない。
「僕も行きます」大久保が言った。絵里香を見て頷き合う。
阿田川が「俺も……」と前に出ようとしたが、梨砂を見て思いとどまった。
「待っててね」絵里香が梨砂に言う。そして阿田川を見て「梨砂のことをお願い」
木戸が「じゃあ、急ごう」と動き出す。ふと思い出し、振り返った。「絶対に勝手に進もうとするな」と飛田に釘を刺す。
「そんなことをしたら、たとえ無事だったとしても俺が殺してやる」
遠藤が飛田を睨みつけながら言った。
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