森の中 国広家族

 野原を抜け、林にさしかかると途端に足場が悪くなった。先ほどの雨で地面が滑りやすくなっている。時折ぬかるみもあった。


 ただ、あっという間に晴れ、月明かりが照らすようになったので、見通しは思ったより悪くなかった。


 それを進みやすくて良いと捉えるか、敵に発見されやすくて悪いと考えるべきなのかはわからなかったが。


 国広家族はどうしても遅れがちになった。沙也香を抱く国広は自分の体力のなさを嘆いた。みどりが時折支えてくれるが、何度も転びそうになる。


 道の駅から飛び出した人々は、木戸を先頭に、雪崩の如く林に向かっていた。


 野原を抜ける際、いつ敵に銃撃されるかわからないという不安がまとわりついてきた。木戸や板谷はさすがにみんなを導くなど冷静さを幾分見せていたが、飛田や佐久間などは我先にと行きたがり、そのたびに木戸に窘められていた。


 堂々としていた遠藤さえも、焦りの表情を垣間見せている。


 林に入ってみれば、今度は敵の襲撃よりも、謎の怪物が襲いかかってくるのではないか、という恐怖が急激に襲ってくる。


 本当に、生きて帰ることができるのだろうか?


 絶望にも似た思いが国広の胸を支配し始めた。


 木の根に足を取られた国広が蹌踉けた。


 「大丈夫?」


 みどりが支えてくれたが、バランスが崩れ、沙也香が落ちそうになる。


 立ち止まり、一旦沙也香を下ろした。息を整えてからみんなの後を追おうと思った。


 その時、いきなり後頭部を誰かに殴られた。意識を失うことはなかったが、衝撃で倒れてしまう。その上に、みどりの体がのしかかってきた。彼女も同じように殴られたのだ。「ううっ」というみどりの呻き声が聞こえた。


 「おとうさんっ!」沙也香が悲痛な叫び声をあげた。「いやっ、ママ……」誰かに口を塞がれたらしく、その後はもごもごという声にならない音しか聞こえない。


 「沙也香っ!」国広は痛みを忘れて立ち上がった。


 しかしその時には、すでに沙也香の姿も、襲ってきた何者かの姿もなかった。

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