道の駅裏手の森 武装集団

 やっと俺の望む展開になってきた――。


 大きく分署をまわり込み、森に潜みながら田沼はほくそ笑んだ。これから始める戦いへの高揚感が、胸中と体に熱を滾らせていた。


 大きく息を吐き、空を見上げる。さっきまでの雨が嘘のように晴れ渡っている。月明かりがむしろ邪魔なくらいだった。星も煌めいている。


 それは、田沼にとって大舞台の照明のような感覚だった。舞台の中心はもちろん自分自身だ。


 突然、林に一定の間隔で潜んでいた部下の一人が、「うわぁっ」と叫び声をあげた。


 「どうした?」振り返る田沼。


 ――部下が消えていた。


 田沼は、部下がいるべきはずの場所に駆け寄り、あたりを見渡す。いない。他の4人も持ち場を離れ、異常事態に集合した。銃を構え、四方を警戒する。しかし、何の気配もなかった。


 そんな馬鹿な――。


 つい数秒前には全員が配置についたことを確認していた。忽然と消えてしまうなど、あり得ない。


 部下達の間にも動揺が奔っていた。落ち着け、と言おうとした田沼の肩口に、何かが滴り落ちてきた。


 雨の名残が枝葉から落ちてきたか、と思ったが、その液体はねっとりと田沼の腕を垂れ落ち、その重みを訴える。目をやると、月明かりに照らされて、どす黒い赤さを主張していた。


 血だ――。


 田沼が愕然とし、背中を奔る寒気を必死に抑えている時、まわりの部下達が次々「うわ」とか「ヒイ」という悲鳴を上げた。


 ボトボトと、そこここに上空から赤黒い血が落ちてきた。部下達を見まわすと、顔面まで朱に染まった者もいて、恐れ戦いている。


 「あ、あれは?」怯える声をあげながら、部下の一人が真上を指さす。






 黒い固まりが浮かんでいた。おそらく10メートル近く上だろう。その固まりから血が落ちている。


 「何だ、あれは?」田沼も息を呑む。


 急に、その固まりが開いた。生き物だったのだ。その生き物の羽に包まれていた者が、落ちてくる。


 「うわっ」と全員散会した。その中心の地面に、何かが落下して「グシャッ!」と気味の悪い音を立てた。


 「うっ!」呻き声を上げる田沼。部下達が声にならない叫びをあげた。


 消えた部下だった。手足、そして首が考えられない方向に捻られ、顔は干涸らびたミイラのようになっている。


 再び空を見上げる田沼。


 そこには、羽を大きく広げた生き物が留まっていた。鳥のようだが、鳥ではない。それは、田沼の視線を感じとったかのように、急に動き出した。


 空を大きく旋回したかと思うと、田沼達から5メートルほど離れた場所に降り立つ。太い足が、しっかりと大地を踏みしめていた。頭はない。いや、羽の間が少し隆起しており、そこに赤い大きな目が二つ輝いている。あそこが頭なのだろう。


 「怪物――」部下の一人が呻くように言った。


 田沼達は一斉に銃を向けた。すると、その怪物は羽ばたくことなく再び浮き上がり、そして、ツバメをも凌ぐスピードで木々の合間を飛び回り始めた。速すぎて撃てない。下手に撃つと、同士討ちになる。


 怪物はひとしきり馬鹿にするかのように飛び回ると、攻撃を始めた。次々に部下達に体当たりを喰らわせる。あの巨体、あのスピードで激突され、皆意識を失った。


 「くそうっ」


 恐怖を抑え、田沼は銃を怪物の動きに合わせて動かす。木戸という刑事が無線で言っていたことを思い出した。


 あれは、本当だったのか? こいつがその犯人か?






 田沼は小銃を撃った。だが、やはり怪物の動きが速すぎて当たらない。次第に焦っていく自分にいらだった。だが、どんどん膨らんでくる恐怖感を抑えることはできない。


 「この野郎っ!」自分を鼓舞する意味でも怒鳴り声をあげた。そして撃ち続ける。何発かが奴の羽を掠めた。だが、怪物はまったく意に介することなく跳び続ける。


 しばらくすると、急上昇した怪物は、田沼の視界から消えた。


 どこだ?


 忙しなく視線をあらゆる方向に向けた。いない。どこかへ行ったのか?


 とりあえずホッとする田沼。倒れた部下達を起こそうかと動き始めたとき、背中で「ガサ」という音を聞いた。


 背筋が凍った――。月明かりに照らされてできた自分の影を、もっと大きな影が覆い隠していた。


 銃を構えながら振り返ると、見えたのは赤い大きな目――。


 確認できたのはそれだけだった。おそらく羽だろうと思うが、左右から連続で激しい打撃を受け、田沼の身体は宙を舞った。地面に叩きつけられたときには、すでに意識は朦朧としていた。


 霞んでいく視界の真ん中に、赤く大きな光が見えた。強くなったり弱まったりする光は、その怪物の感情を表しているのか? 


 楽しんでいる――。


 田沼は赤い光を見ながらそう思った。


 弄ばれて、殺される――。


 恐ろしさで気が狂いそうになったが、その後すぐに、田沼は気を失った。


 その体を見下ろす怪物の目が、一際赤く光り輝いていた。

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