道の駅 絵里香

 絵里香は自分にしがみついてくる梨砂の肩を抱きながら、もう一方の手に握られている拳銃を見た。


 本物だ。だが、今の自分が持っていても玩具以下だ。


 沢崎という男の顔が思い浮かんだ。こんな状況なのに、いや、こんな異常な状況だからこそなのか、胸の中で大きなさざ波がたっている。


 絵里香は側にいる大久保と阿田川を見た。彼らも銃を持っているが、一度も使っていない。前面に出て戦うことができない。これでいいのだろうか、と疑問がわいた。


 別に2人を不甲斐ないと感じたわけではない。おそらくこれが、普通の人間の姿なのだ。


 だが絵里香は、自分がその「普通」の範疇にいることが、今、激しく嫌悪された。


 梨砂を阿田川に預けるようにした。そして、銃を両手で握って立ち上がる。


 「絵里香ちゃん?」


 梨砂が泣きはらした目を向けてきた。阿田川も大久保も、不思議そうに見つめてくる。


 「このままじゃあ、ただ殺されるだけだわ」


 絵里香は身を低くしながら、厨房の方へ少しずつ移動した。そこには小山と岡谷がいた。やはり2人とも、銃を持ったまま佇んでいるだけだった。


 その時、再び激しい銃撃がレストランを襲った。窓側では木戸達が身を低くして避けている。小山と岡谷は厨房へと引っ込んだ。絵里香も続く。いつの間にか、阿田川、大久保、梨砂もついてきた。


 銃撃は止んだ。敵は攻撃し続けるということはしない。一定の間隔で撃っては退き、撃っては退きを繰り返していた。


 こちらを焦らせようとしているのだろうか? それとも、降伏して出てくるのを待っているのか?






 絵里香は厨房から店内を見た。入口とは反対側に、人々が集まっている。


 沙也香という子供が無事なのでホッとした。母親がしっかりと抱きかかえている。その横で、父親が蒼白の表情で銃を握りしめていた。あれでは、敵が現れてもすぐには対応できないだろう。


 さっき遠藤に罵倒された飛田という警察官が、窓の外へ目をやっていた。逃げたがっているのがわかる。戦おうとはしていない。そこへ、佐久間という犯罪者が駆け寄っていった。二人、何事か話している。


 板谷と遠藤が、立ち上がって銃を撃った。そしてすぐに頭を引っ込める。


 外からまた攻撃が来たが、すぐに止んだ。嫌な予感。さっきの爆発が思い起こされた。


 「みんな、何かに隠れて身を伏せて。手榴弾が来るわ」


 絵里香が言うと、皆が息を呑んだ。


 手榴弾が、ゴトッという無機質な音を立てて落ち、レストランの床を滑る。奥にいる沙也香達の方へと向かっていく。


 その両親の目が大きく見開かれた。絶望の色が家族を包む。


 次の瞬間、絵里香は自分でも予期しないほど意外な行動を取った。手榴弾に駆け寄ると「こんな物っ!」と叫びながら、窓の外へ放り投げたのだ。


 空中で爆発した衝撃で、絵里香は倒れた。


 「絵里香ちゃん」と梨砂が駆け寄ってきた。次いで阿田川と大久保。


 銃声がさっきとは別の方向から聞こえた。


 まずい、裏から来た――。


 絵里香は顔を上げた。その目に、撃たれて血まみれになりながら倒れる小山の姿が映った。横で岡谷が腰を抜かしている。






 店内に足を踏み入れた敵は、自動小銃を構えて次の獲物を探す。まるでスローモーションのように、その一挙手一投足が見えた。


 敵と絵里香の目が合う。だが、敵は、絵里香が女だからか、攻撃してこなかった。躊躇している。


 一番重要なのは腕前じゃない。撃つべき時に撃てるかどうか、だ――。


 沢崎の言葉が頭に浮かんだ瞬間、絵里香は身を起こし、銃を撃った。


 敵の頭が凄い勢いで後ろへ反り返り、上に向かって何かが飛び散った。血と脳髄だとすぐにわかった。そして、敵は崩れるように倒れる。


 「絵里香ちゃん――」


 息を呑みながら言う梨砂の声が、どこか遠くからのように聞こえる。


 まだ、すべてスローモーションだった。自分の体が硬直していた。ついに、人を撃ち殺してしまったのだ。


 厨房で銃声が響いたのはそのすぐ後だった。店内の者が固唾を呑んで見ていると、厨房から東谷と沢崎が入ってきた。2人とも、店内の状況を見て目を見開いていた。


 東谷は窓側に駆け寄ると、小銃を乱射し、最後に手榴弾を投げた。大きな爆音が響いた。それはおそらく、こちらを攻撃していた敵を一旦退かせるのに充分だったようだ。


 木戸や遠藤が立ち上がり、外を見る。攻撃は来なかった。


 絵里香は呆然としていた。まだ、銃を構えたままだ。そしてその先には、敵の死体が転がっている。


 自分がやったことなのだ。そう思うと、身体が震えてきた。


 沢崎が近くに来た。「おまえがやったのか?」


 絵里香はただ、見上げるだけだった。






 「よくやった」頷きながら言う沢崎。


 東谷や木戸、遠藤も近くに立っていた。


 「あんた、大したもんだな。手榴弾を投げ返すなんて、映画でしか見たことねえよ」


 感心するように言う遠藤。


 「ありがとうございました」国広豊が言った。「僕たちが餌食になるところだった」


 「い、いえ……」と応える絵里香の声は掠れ、そして、ふるえていた。


 「敵は一旦退いただけだ。またすぐにでも来る。油断するな」


 東谷の言葉で、木戸や遠藤はまた窓側に行き、警戒する。板谷は厨房奥へと向かった。


 それでもまだ、絵里香は震えて座り込んでいた。


 その目の前に、手が差し出された。沢崎だ。


 「まだまだ、これからだ」


 そう言う沢崎の手を、絵里香は握り返した。引っ張られるままに立ち上がる。


 「私は、人を……」


 「人じゃない。獣だ。あるいは殺人機械だとでも思えばいい。実際それに近い連中だ」


 「でも、私はもう……」自然と涙が出てきた。


 「もしお互いに生きて帰れたら、俺のアシスタントにしてやってもいいぜ」


 沢崎はそう言って笑うと、絵里香の肩を叩いてから東谷達の元へと歩いていった。

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