道の駅 分署 そしてその周辺

差し出された沢崎の腕を見ながら、東谷は困惑していた。


 木戸を見ると、彼も同じ様に戸惑っている。


 そんな様子を、沢崎はまるでぼんやりと海でも眺めるような感じで見ている。


 もう仕方がないと自分に言い訳し、沢崎の腕を取った。


 木戸が手錠の鍵を渡してくれた。


 ついに最強最大の暗殺者、沢崎を自由にした。


 沢崎は、軽く笑みを浮かべ、手錠が嵌められていた両手首をさすった。


 「おい、こっちもだぜ。早くしろ」遠藤が吼える。


 木戸と顔を見合わせた東谷は、一旦目を伏せたが、遠藤の手錠も外す。


 そして、大熊、佐久間も自由にした。三国がぼんやりとこちらを見ている。この男に戦いを期待するのは無理だろう。だが、せめて足手まといにならないように、と両手を自由にした。


 「さっきも言ったとおり、勝手な真似をしたら、俺が最初におまえ達を撃つ。それだけは忘れるな」


 「わかってる。ここにいる全員の敵は共通している。妙な武装集団と、本当にいたらしい怪物だ。それ以外には攻撃しねえよ」


 遠藤が言う。そして大熊と佐久間を睨んだ。さすが親分肌があり、大熊も佐久間も神妙な表情で頷いた。


 「いくら銃をもっても、いくら東谷さんやその沢崎が強くても、無理です」藤間は相変わらず蒼白な表情で言う。「あの怪物は、自動小銃を撃ちきっても平然としていた。不死身です。倒せない。西田さんは口笛を吹けば少しは怯むと言っていましたが、それでも怒れば無理だとも言っていた。出会ってしまったら、為す術はありません」


 「西田さんと会ったのか?」牧田が訊く。


 藤間はかなり混乱と緊張をしていたため早口だったが、自らが遭遇した恐怖を説明した。


 聞き入り、その場の全員が戦慄した。


 ただ一人、沢崎はそれでも自然な感じで口を開く。


 「相手がどんな怪物であっても、戦わずに死ぬよりは、戦って死ぬ方がましだ」


 こいつは、何事においても即座に覚悟を決めることができるのか。


 凄い男だ――。東谷は沢崎を見つめた。






 東谷と同じように沢崎を見つめている人間がいた。北沢絵里香だ。彼女はこれまで見たこともない男に出会い、その横顔から目が離せないようだった。


 「武器を」沢崎が促した。


 東谷と木戸が、レストランのテーブルに自動小銃、拳銃を並べた。すぐにでも飛びつこうとする大熊や佐久間を制するように、木戸が立ちふさがる。


 「順番に分ける。下がっていろ」


 東谷が睨みつけると、大熊は意味ありげにニヤつきながら下がった。


 「東谷さん!」警戒にあたっていた熊井が叫ぶ。「駐車場に車が乗り入れてきます。4台。大型のバンです」


 「なに?」東谷はウインドウに張りついた。同じように、多くの人々が群がってくる。


 「伏せてください。相手にここに集合しているのを悟られないように」


 ざわつきそうなのを皆、必死に堪えている。


 見ると、熊井の言ったように大型のバンが4台、堂々と駐車場に入って来て、一定の距離を取りながら停まった。


 すぐに武装した男達が降り立つ。間違いない、敵だ。


 東谷は咄嗟に人数を確認した。10人が分署の方へ警戒態勢をとりながら進んでいく。5人が道の駅側に向かってきて、途中でとまった。まるでバリケードにでもなったかのように、5人とも道の駅を向き、銃を手に仁王立ちしている。


 これだけか? いや、まだいるはずだ。裏にまわったな。


 東谷がそう思った瞬間、裏手の方から「カラカラ」という音が聞こえてきた。先ほど仕掛けた空き缶が鳴っているのだ。裏に何者かが迫ってきている。


 素早く動いたのは沢崎だった。テーブルに戻ると自動小銃を手にした。拳銃も持ち、腰に差す。


 「てめえらばっかりでかい銃を持ちやがって」


 遠藤が舌打ちしながら拳銃を取る。大熊や佐久間も続いた。3人とも自動小銃を持つ者に恨めしそうな視線を寄越すが、東谷の顔色を窺い黙っていた。


 東谷は、放心していた藤間から自動小銃を取り上げ、弾を込めた。そして再び彼に渡す。


 「しっかりしろ。今は何があっても生き残ること、民間人を守ることを考えろ」


 そう言うと、藤間は震えながらも頷き、自動小銃を握りしめた。






 木戸がトランシーバーを掴む。


 「おい、K、話が違うぞ。まだこちらは何も応えていない。何故動く?」


 「状況が変わった」機械的な声が返ってきた。


 「どういう事だ? おい、すぐに退け」


 だが、もうトランシーバーからは何も聞こえてこない。


 「くそっ」舌打ちすると、木戸も自動小銃を握りしめ、窓の外に鋭い視線を送る。


 「敵はこちらの状況を把握していない。分署を攻撃しようとしています。俺達や犯罪者がこちらに来ているのに気づいていない」


 東谷が声を低くして言った。


 「だが、道の駅側も警戒している。少しでも動きを見せれば、こっちに向かってくる」


 木戸が険しい表情で応える。


 「俺が裏から分署に向かいます。裏にいる敵を倒し、分署に向かった連中も襲撃し、殲滅する」言いながら、東谷は動いていた。裏に通じている厨房に進む。「もしこっちに攻撃を仕掛けてきたら、応戦してください。気づいたら私もすぐ戻る」


 「待てよ」沢崎が言う。鋭い、そして相手の胸に響いてくるような声だった。「いくらあんたでも相手が多すぎる。それに、動きを見たところ、結構強敵のようだ。殲滅なんて簡単に言うが、そんなに甘い連中じゃない。俺も行くぜ」


 一瞬睨み合ったが、東谷は頷いた。


 沢崎は、東谷の元に来る前に、テーブルに残る銃を手にし、その前で躊躇している絵里香と国広豊に手渡す。


 「まともに戦って、あんた達が勝てる相手じゃあない。だが、窮鼠猫を噛むという言葉もある。やるなら、覚悟を決めてやれ」


 ごくりと唾を飲み込み、絵里香と国広は銃を手にした。


 大久保と阿田川が駆け寄ってくる。一瞬絵里香を見た後、彼らも銃を手にした。


 小山と岡谷もそうする。みな、実際の重量以上にその重みを感じているはずだ。


 「撃つと決めたら躊躇はするな。した瞬間に殺されるのは自分だ。一番重要なのは腕前じゃない。撃つべき時に撃てるかどうか、だ」


 そう言い残し、沢崎は東谷の前に立つ。そして「さあ、行こう」と飲みにでも行くような感じで、軽く笑いながら言った。

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