分署 刑事達 囚人達
「何なんだ、そりゃあ?」
東谷がリヤカーを引きながら分署のロビーに入った途端、大熊が声をあげた。
「何があったんだ、東谷君?」
木戸が訊いてくる。彼に応えながら、他の人間達にも一部始終を教えた。ただ、怪物の話は伏せた。
「遺体を見てもいいかね?」
木戸が訊く、横には板谷も立っていた。彼らは捜査畑を歩き続けているバリバリの刑事だ。変死体も見慣れているのだろう。
東谷は頷くと、ビニールシートに手をかけた。
「見たくない奴は見るな。今説明したとおり、酷い死体だ。見てしまってから後悔しても遅い」
三国は目を背けていた。大熊と佐久間は顔を見合わせたが、肩を竦めただけで目を背けることはしなかった。遠藤は動じない。
沢崎には特に変わりはない。表情を変えることもなく、機械のように佇んでいた。
東谷がシートを捲る。改めて見ても背筋が冷たくなる。
「うっ」とも「げっ」ともつかないような呻き声がいくつか漏れた。
「こいつは酷い」木戸も顔を歪め、手を口に添えた。
大熊と佐久間はさっさと目を背けていた。遠藤は動じないふりをしているようだが、さすがに顔は強張っている。三国はちらちらと視線を送ろうとしながらも、結局できなかった。沢崎もさすがに、目つきを鋭くして凝視していた。
「本当に、敵が近づいた形跡はなかったのか?」
板谷が訊いた。さすがベテラン刑事だけあり、顔を顰めながらもしっかりと死体の確認をしている。
「牧田分署長も藤間君も、近づいてきた者はいなかったと言っています。俺はここに戻る前に一まわりしてみましたが、やはり誰もいなかった」
「じゃあ一体、誰がどうやって投げ込んだって言うんだ?」
遠藤が若干声を荒げながら訊いてくる。暴力団の大物幹部もさすがにこの死体の状態を見て、気持ちを乱しているのだろう。
「わからない。だが、今の状況では、敵がやったとしか考えられないだろう」
「俺たちを怖がらそうとしてやがるんだ。こんなふうにしてやるぞってな。冗談じゃねえ。おい、やっぱり武器をよこせよ」
大熊が叫ぶように言う。
「黙れッ」木戸がぴしゃりと言った。「今はがなり立てている時じゃない」
大熊は怒りの形相を向けていたが、口を閉じる。
「本当に敵がやったと思うのか?」
唐突に沢崎が言った。視線が彼に集まる。常に冷徹で機械のような男だが、心なしか戸惑いを見せているふうにも見える。
「どういう意味だ?」
「俺にはこれが、人間の仕業とは思えない」
沢崎がそう言うと、皆一瞬息を呑む。東谷は牧田の話を思い出した。
「人間じゃなきゃあ、何だって言うんだ?」
遠藤が険しい視線を沢崎に送りながら言う。
「わかるわけないだろう」
遠藤を見ずに、独り言のように応える沢崎。
「わからねえなら喋るんじゃねえ。てめえが喋ると苛立つんだよ」
怒鳴る遠藤。彼も恐怖を感じている。それも極限のだ。だからこそ、悟られまいと虚勢を張っている。
沢崎は遠藤をチラリと見ると、いつもの冷笑を浴びせた。遠藤がいきり立ち沢崎に向かおうとするのを必死に止める木戸と板谷。こんなことを何度繰り返すのだろう?
「とにかく」東谷が毅然とした声を発した。「これから全員、道の駅に移る。いいか、念を押しておくが、民間人に少しでもちょっかいを出したりトラブルを起こしたら、容赦しない」
本気だった。今更言うまでもなく非常事態だ。護送中の凶悪犯罪者と一般の人々を同じ空間に待機させる。間違いがあってはならない。何かあった場合、躊躇している余裕はない。道の駅の従業員や客に少しでも危害が及びそうな場合、速やかに発砲することも辞さない、と東谷は思っていた。
緊張した面持ちの刑事達が犯罪者五人を囲み、分署を出た。
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