武装集団

 分署と道の駅のある一帯から神奈川方面に一キロ程行ったところに五台のワンボックスカーが停められていた。全部黒塗りであり、同じ車種だった。さっき分署の近くで爆発させたのも同じ車だ。


 指揮車でもある中央の一台に寄りかかり身じろぎもせず夜空を見上げていた黒崎史郎は、すぐ前に立つ部下二人の息づかいを感じながら、短い溜息をついた。


 「本部からの指示はまだですか?」


 田沼信二が逸る気持ちを抑えきれずに言った。


 「あまりいきり立つな」


 宇野義郎が嗜めるように言う。田沼は不満そうな表情を垣間見せたものの、一歩下がる。


 この部隊の隊長が黒崎であり、副隊長が宇野になっている。


 しかし、実働部隊とも言えるチームのリーダーは田沼だ。二十八名の部隊の先頭に立って実際に動くのは彼であり、その自負を持っている。要するに「上の人間は指示だけして、実際に動くのは俺達だ」という気持ちを秘めている。問題なのは、秘めていればいいものを、表情に出してしまうことだった。


 「本部から連絡です」


 ワンボックスカーの窓から部下が呼ぶ。黒崎はスライドドアを開け、入っていく。


 後部座席の一角に通信機器が並べられていた。そこに置かれたインカムをつける。


 「黒崎」短く言った。そして待つ。


 本部からの指示は簡潔明瞭だった。「了解」とだけ応えてまた車を降りた。


 田沼と宇野の視線が集中してくる。


 「何としても今日中に決着をつけろ――それが本部からの指示だ」


 田沼の目がギラリと輝く。宇野は僅かだが、顔を顰めた。


 今回は退却して次の機会を待て――そういう指示が出たら、素直に従うつもりだった。


 何しろ今日は、二度も失敗しているのだ。この流れは良くない。


 黒崎としても、今回は退いた方が良いかもしれない、と感じていた。だが、別の指示が出れば、それに従い全力を尽くすだけだ。






 「総攻撃をかけましょう。一気にケリをつけるんです」田沼が言う。


 「警察官達も巻き込むというのか?」宇野が顔を顰める。


 「もう巻き込んでいますよ。先ほど分署の中で銃撃戦があった。すでに、犯罪者とその護送を行う警官達は、我々と敵対関係になっているんです」


 「罪のない警官達も殺すというのか?」


 「仕方のないことです」


 「道の駅には民間人もいる。総攻撃をかければ、彼らも巻き込むことになる」


 「それも仕方のないことです」


 平然と応える田沼に宇野は険しい表情を向けた。


 黒崎は黙って二人のやりとりを見る。


 「私もこの仕事をして長い」宇野が田沼を見据えたまま言う。「今更民間人を犠牲にしたところで胸が痛むなどとは言わない。だがな、あくまでもそれは最後の手段だ。まして、今回は、一人二人の話じゃない。十人を有に超す一般の警官、民間人が対象だ。あまりにも乱暴すぎる」


 「しかし、このような状況になってしまっては、それも仕方ありません。幸いにして、今、ここは陸の孤島です。何があろうと、いくらでも偽装はできる」


 「馬鹿な――。軽々しく言うな。偽装だと? 十人以上の人間が一度に死んだことにするんだぞ。この天童地区だけ巨大地震が起きたとでもするのか? それとも隕石が落ちたとでも?」


 見下したような宇野の言い方に、田沼はムッとしたらしい。


 「では、どうすると? 本部は今日中に決着をつけるように言ってきています。また、秘密裏に侵入して犯罪者だけ殺害するというのですか? すでに失敗しているんです。連中だって気をつけている。必ず気づく。そうなれば、後は戦闘しかない。いずれにしても、総攻撃にならざるを得ないと思いますが」


 挑むような目で宇野を見ながら、田沼は言った。


 黒崎は迷っていた。頭の中で状況をおさらいしてみる。


 当初の計画では、護送車を狙撃して停め、一気に武装集団で包囲して警察官達を拘束し、護送車に閉じこめる。そして、犯罪者達のみ連行し、訓練も兼ねて――実戦に近い形にして――始末する予定だった。






 だが、それは失敗した。


 悪天候であったことと、分署の刑事である東谷によって見破られたことが原因だ。


 そこで、第二段階として、分署に侵入し、留置所を襲う計画を急遽立てた。だがこれも失敗したらしい。侵入した5名はおそらく拘束されたかあるいは殺害されたのだろう。更に、待機していたはずの3名からの連絡も途絶えた。状況を考えると、そちらも無事ではあるまい。合計8名の隊員を失ったことになる。これは痛かった。


 まさか分署に、我々に対抗し得る刑事がいるとは思わなかった。


 東谷勝昭――。


 護送車が天童分署に待機することになってから情報を集め、東谷の存在を知った。


 元SATの精鋭。あの沢崎を一人で逮捕した男。我々の計画の唯一にして最大の障害がこいつだろう。東谷さえいなければ失敗はなかった。万が一、沢崎が自由の身となった場合、この二人相手に戦うのは体勢で勝っているとはいえ厄介だ。


 田沼は当初、沢崎への対抗意識をメラメラと燃やしていた。自ら身につけた戦闘術を、強敵相手に試したいという子供じみた思いだ。


 相手と対抗しようなどというのは馬鹿げていると黒崎は思っているし、宇野もわかっている。相手が無力な時に始末するのが一番良いのだ。だが、田沼はそれが不満らしい。


 そして、計画が失敗し、東谷の存在を知ると、今度はその二人への対抗意識を持った。戦いたいのだ、この男は。未熟なのだ。その気持ちはわからないではないが、割り切ることができなければこの仕事には向かない。


 田沼の戦闘能力は高かった。だから、鍛え上げられた者達のリーダーにまでなった。


 だが、黒崎が思うに、沢崎や東谷と一対一で戦うことになった場合、おそらく田沼では勝ち目はないだろう。訓練を積んで鍛え上げた田沼だが、修羅場の経験値は沢崎や東谷に及ばない。だからこそ、もし戦うのであれば体勢で勝っている今だ。


 自分ならば――。ふと青臭い感情が湧いてきて苦笑した。自分ならば、沢崎や東谷に勝てるだろうか?


 やめた――。考えても仕方ない。そんな状況にはしない。その前にケリをつける。


 「君は総攻撃がもっとも良い方法だと思っているんじゃない。もっともやりたいと思っているだけだ。君は戦いをしたいと思っている。それが表に出過ぎている。未熟だ」


 宇野がキッパリと田沼に向かって言い放った。






 田沼の表情は強張る。図星を指された後ろめたさを、必死に隠している。

 

 「その気持ちがあるのは否定しません」言葉を選ぶために一拍置いてから応える田沼。「実際我々は、訓練は多く積んできましたが、それを試す機会には殆ど恵まれていない。どの程度実力がついたのか試したいと思うのは当然でしょう。しかし、だからといってそれに固執するつもりもない。私が無理矢理総攻撃を仕掛けようとしていると思われているなら心外です。他に良い方法があるのなら、当然考慮もします」


 「だから、それを検討しようとしているんじゃないか。幸いなことに、連中を一晩足止めするくらいは簡単にできる。時間は充分あるんだ」


 宇野が冷静に言う。だが、黒崎は田沼に未熟さを感じると同時に、宇野には物足りなさを感じてもいた。慎重に事を運ぶのは良いが、時には迅速さも要求される。その際に多少の荒事が必要になることもある。それを躊躇っていては最良の結果を招くことはできない。


 「時間が充分あると思ってはいけない」


 黒崎が言うと、二人は鋭い視線を寄越してきた。どちらも息を呑んでいる。黒崎は口数が多い方ではない。その代わり、一つ一つの言葉に重みを含めていた。


 「なるべく迅速に事を運ぶのが鉄則だ。それに、我々に時間があるということは、敵にもあるということだ。敵に余裕を与えるのは、その分手強さを増すことになる。それを忘れるな」


 「わかっています。悠長にすごそうと言っているわけではありません」


 宇野が言い訳のように言う。


 「総攻撃は最後の手段であり、何も他にとるべき手がない場合にのみ行うものだ。しかし、それしかない場合は迅速に行う」


 順番に二人を見つめると、緊張で身体を硬直させた田沼はぎこちなく頷いた。宇野は溜息まじりに「はい」と応える。


 そこでまた、車内の部下から呼ばれた。


 「通信が入りました」緊張した声だ。何かあったらしい。


 「何事だ? 本部から緊急呼び出しか?」


 「いえ、違います。神奈川県警の木戸警部と名乗る男からです」


 「何だと?」


 黒崎の目が険しく光る。田沼と宇野が、息を呑んで顔を見合わせていた。

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