道の駅 東谷 牧田 藤間

 これはいったい……?


 東谷も、しばらく身の毛がよだつような感覚に襲われた。


 実際に見る前に牧田が死体の状態を事細かに教えてくれた。だから、ある程度覚悟をもってそれを見た。それでも……。


 酷すぎる……。


 吐き気と戦いながら確認していく。


 胸の下から腰にかけては皮膚も肉もなく、内部が剥き出しだった。そこにあるべき内臓もない。心臓も、胃も、腸も。そして性器も捥ぎ取られていた。


 両手は肩の付け根、両足は股関節が粉々に粉砕されており、壊れた人形のように非現実的な方に捻られている。それだけ見ると、前衛芸術のようでもあった。空洞の上に冗談のように残された胸部を見て始めて、この死体が男だったことがわかる。


 顔は、牧田は潰されていると言っていたが、実際は違った。何と言ったらいいのだろう。


 それは、ミイラに近いように見えた。干涸らびているような感じだ。くしゃくしゃになっている。


 どこかに穴を開け血液を吸い出したために中に向かって皮膚が吸い込まれているみたいだ、とでも表現すればいいのか……。


 頭部をもってどこから血液を採りだしたのか確かめようとしたが、あまりにも異様な形相に見つめられているように感じ、手を止めた。


 顔だけでなく、全身の血が抜かれているようでもあった。これほどの外傷がありながら、血液があまりその場に広がっていない。


 つまり、この男は、腹を裂かれ、内臓をとられ、血も抜かれて捨てられた。こんな状態では、何が死因なのかもわからない。


 男のボロボロになった衣服が目についた。これは、先ほど分署に侵入してきた五人と同じだ。つまり、敵のうちの一人だ。


 立ち上がり、牧田を見る。彼はもう死体に目を向けようとしていなかった。


 藤間と東谷で、道の駅の備品倉庫にあったビニールシートで死体をくるむ。


 リヤカーも持ってきてもらい、それに乗せた。






 「どういう事だと思う?」


 牧田が訊いてきた。


 「敵がやったとしか考えられませんが、疑問が多すぎます。こんな手の込んだことをする意味がわからない。我々を怯えさせるのが目的なら、銃を乱射すればいい。しかも、この男は連中の一味の可能性が高い。何か失敗でもして罰を与えられたのかもしれませんが、それにしても、これほど惨いことをするなど、人間の神経では考えられない」


 「どうやって投げ込んだか、という疑問もある。私と藤間君は、表には充分注意を払っていた。誰も近づいては来なかったはずだ。なのに、正面から投げ込まれている」


 東谷は粉々になったウインドウ越しに外を見た。ここに投げ込んできたとすれば、確かに、レストランから見えるはずだ。大砲で跳ばしたとでも言うなら別だが、それはあまりにも非現実的だ。それとも、自分たちにはこれほどの兵器もあるんだぞ、と見せつけているのだろうか?


 「実は」牧田が更に険しい顔をした。「私も藤間君も、何かが空を飛んでいる気配を感じたんだ。その死体が投げ込まれる前に」


 「何かが飛んでいる?」


 「ああ。道の駅の上空を旋回しているような感じがした。微かだが、飛行音のようなものも感じられた気がする」


 「小型の飛行機でも使ったんでしょうか?」


 「いや、それならもっと大きな音がするだろう」


 「グライダーなら」


 言いながら、東谷はそれもあり得ないと思った。グライダーを飛ばすには一定の条件と場所が必要だ。ここは適していないはずである。それとも、どこか遠くから、わざわざ死体を投げ込むために飛んできたというのか?






 「実は、東谷くん」牧田は、すでに民間人の待機するレストランへ向かった藤間を確かめてから、しかも小声で言った。「おかしな物を見た」


 「おかしな物?」


 怪訝な表情で牧田を見つめる東谷。


 牧田は、さっき西田老人とともに大きな鳥のようなものを見たことを話した。そして、西田はそれを怪物だと言っていたことも。


 「つまり、この死体は、その怪物が襲って殺し、投げ込んだと?」


 牧田は弱々しく首を振った。「いや、そうだと言いたい訳じゃない。だが、西田さんはそう確信している。私も、あれを見てしまった以上、何と言ったらいいのか、信じるとは言わないが、その可能性もゼロではないと……」


 歯切れの悪い言い方だった。その気持ちもわからないではない。東谷も無碍に「そんな馬鹿な」と言うつもりはない。怪物など信じることはできないが、かといって、一人の人間をあんな無惨な姿に変えてしまうのが、同じ人間であるともできれば思いたくない。


 「大型の鷲か何かだったのかもしれません」


 「そうかもしれん。だが、とても巨体に見えた。あんな状況だったから錯覚もあったのかもしれないが……」


 牧田は自分の考えをまとめきれないでいた。それはそれで仕方ない、と思う。今はそれより、動くことが大切だった。


 「死体を投げ込んだのが敵であれ、怪物であれ、ここにいる人々にも危険が迫っていると考えた方がいい。そうなると、我々が別れていては不利だ。こっちを襲われたら即座に対処できない。分署長、犯罪者達と一緒になりますが、我々もこちらへ移動します。いいですね?」


 牧田は頷いた。これまでは、襲われるのは分署のみだと考えていた。そうではなくなった今、こちらの戦力を分散させておくのは得策ではない。また、ここを守るのが牧田と藤間の二人だけでは心許ない。


 東谷は、念のためにもう一度分署と道の駅の近辺を見まわってから、無惨すぎる死体とともに分署に向かった。

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