道の駅 客達 従業員達

 西田老人の怯えから派生した怪物話がとりあえず一段落すると、レストラン「わらべ」では徐々に動きが出始めた。


 不意に小川が立ち上がり「売店の控え室に行ってきます」と牧田にことわる。


 何をするのか? 牧田だけでなく、皆が小川の行動を気にする。


 彼は売店から空き缶をたくさん持ってきた。ビニール紐でつなぎ合わせていく。


 「警報ですね?」


 國府田が訊いた。そして手伝い始める。


 「ええ。表は様子がわかるけど、裏はわからない。近くに来たら引っかかって音が鳴るようにしておけば、何者かが近づいてくればわかる。バリケードだけじゃあ不安でしょう」


 なるほど、と感心する牧田。


 ただ不安に怯えているだけの状態がもどかしくなったのか、人々が手伝い始めた。


 このまま何事もなく時が過ぎてくれればいい、と感じ始めた頃、何かが外を動いているような気配を感じた。


 気のせいかとも思ったが、藤間も険しい表情になり、しきりに外のあらゆる方向に視線を走らせている。


 駐車場からバイパスにかけて見渡すことができるが、何もいない。何も動いていない。


 しかし、気配というか、空気の流れが微妙に違うような気がした。


 牧田は腰の拳銃を人々に気づかれないようにそっと抜いた。


 西田老人が不意に立ち上がる。天井、いや、更にその向こうを見ているような感じだ。


 「どうしました、西田さん?」


 鎌田が声をかける。


 西田はまるで空の上を何かが飛んでいて、それを天井を通り越して見ているかのように首を動かしていた。


 音が微かに聞こえた。


 飛行機? いや、もっと近い。何かが道の駅の上空を飛んでいる?


 藤間が牧田を見た。目で、外の様子を見に行った方が良いか訊いている。


 牧田が危険を感じて待てと手で制した直後、レストランの隣にある電光掲示板前の休憩スペースの方から「ガシャーン!」と激しい音が響いた。


 一同がビクッとして息を呑む。






 「何だ?」


 「何があった? 襲ってきたのか?」


 「あっちで窓が割れたようだ。誰かが侵入してきたんじゃないか?」


 口々に叫ぶ人々。


 それに比例して恐怖と焦燥が嵐のように押し寄せ、立ち上がる者、音と反対側に急いで移動する者などでレストラン内にも激しい音が次々響く。


 「落ち着いて。誰も近づいた形跡はない。敵じゃない。今様子を見てきますから」


 藤間が叫ぶ。言っている内容と違い、小銃を構えながらなので皆の不安を収めるには逆効果だった。


 牧田が駆け寄り「騒がずに、その場に待機していてください」と皆に言い、藤間を促しレストランを出る。危険を感じてはいたが、義務感が尻込みしそうになる気持ちを抑えた。


 藤間も青ざめながら続いてくる。


 そこにはガラスの破片が飛び散っていた。駐車場側のウインドウが割れている。外から何か大きな物が飛び込んできたようだ。


 それはすぐに見つかった。休憩スペースの机と椅子の間にボロボロになった物体が転がっている。


 牧田は、割れたガラスの方に行くよう藤間に指示すると、自分は飛び込んできたらしい物体に近づいていった。気がつかないうちに銃を構えている。


 物体はピクリとも動かなかった。それが何かわかった途端、牧田は叫び出しそうになるのを必死に堪えなければならなかった。


 人間だった。いや、元人間だった物、とでも言ったらいいのか?


 頭と身体と手足があるのでそれだとわかるが、血まみれであり、腹だと思われる部分に大きな穴が開き、内蔵があったはずの場所は空洞だった。手足も不自然な捻れ方をしている。顔は判別できなかった。グシャグシャに潰されていたのだ。


 嘔吐しそうになるのを堪えたものの、目眩がして倒れそうになった。机に両手をついたまま動けない。


 駆け寄ってきた藤間も硬直してしまい、叫ぶのを防ぐためか、あるいは嘔吐を抑えるためか、両手の平を強く口に押しあてていた。






 「どうしました?」


 小川もやってきた。そしてやはり、藤間同様驚愕して立ち竦む。


 「何があった?」


 「敵じゃないんですね」


 待機していたうちの男性陣が徐々に入ってくる。続いて女性陣も顔を覗かせようとしたので、牧田は慌てて「来るな。来ちゃいけない」と叫ぶ。しかし、その時には既に数名がボロボロになった死体を目撃してしまった。


 「キャアァッ!」誰かわからないが、女性の悲鳴が響き、恐怖は次々伝染していく。


 何とか自分を奮い立たせた牧田や藤間、そして小川や篠山達が、人々をレストランに押し戻し、冷静になるように宥めた。


 「落ち着いて。落ち着くんだ」


 小川の声が、ざわめきや叫びに覆い被さるように大きく響いた。


 「藤間君、警報を鳴らして。東谷君を呼ぶんだ」


 牧田が指示をすると、藤間が言われたとおりにし、警報が鳴り響く。


 それが、人々の恐怖感を更に掻き立てた。


 戸沢梨沙と北沢絵里香が抱き合って泣いている。阿田川や大久保はそれを支えることもできないでガタガタと震えていた。


 小山と岡谷、大岡多恵や鳥山美和子が思わず外に逃げ出しそうになり角田に止められた。


 牧田がふと外を見ると、西田老人がいつの間にか出ていて、空を見上げている。慌てて引き戻しに出た。


 「源さん、戻るんだ。危険だ」


 「やっぱり来た」


 「え?」


 「奴が来やがった」呟くように言う西田。


 牧田は西田が見上げている空に視線を移した。一瞬だが、何か大きな鳥のようなものが森の方へ急降下していくのが見えた。


 まさか……! 


 牧田は愕然としながら、しばらく森を見つめた。

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