分署 署長室 東谷 木戸
東谷は、ロビーから署員部屋に移り、奥の分署長室に入った。木戸を伴っていた。
飛田は二階からの警戒に戻した。本当は休ませたいのだが、そんな余裕はない。
木戸から「話がある」と言われた。東谷も木戸と二人きりで対策を練りたいと思っていたので丁度良かった。
「もう、この状況は限界だ」
首を振りながら木戸が言った。彼には分署長の席を勧めた。そこに座る姿は、意外なほど似合っている。
「わかってます。俺もそう思いますよ」
立ったままで溜息混じりに応える東谷。
「君に何か今後の手立てはあるかい?」
「実は……」東谷は、この裏手を下って元ハイキングコースだった道を進むと、二キロ程の所に天童地区の民芸博物館だった建物があることを教えた。そこに移れば、ここにいるよりは危険が減ると思われることも説明する。
「しかし」腕を組み、考えながら応える木戸。「そんな所まで、あの連中と、道の駅の民間人を全員移動させるとなると大事だぞ。途中で襲われる可能性もある」
「襲われる可能性は、ここにいてもあります。ここにいる方がその確率は高い」
「敵もその建物の存在を知っているかもしれない。あるいは、我々がそちらに行かないように、そのハイキングコースを警戒しているかもしれん」
あくまでも用心深く考える木戸に、東谷はむしろ頼りがいを感じた。
「もちろん移動する場合は、自分が先頭に立って警戒しながら行きます。しかし、おそらく敵はその元ハイキングコースの存在すら知らないと思います」
「何故?」
「知っていれば、事前に我々の退路を断つために何かするでしょう。火を放つとか。それに、元々連中は、護送中に襲撃する予定だった。分署に護送車が待機することになるなど想定していなかったでしょう。敵の計画も、荒天によって橋が上がってしまったために大幅に狂ったんです」
「それに、最初の襲撃を君が防いでくれたからな。連中としては、あの襲撃ですべて終わらせるつもりだったはずだしな。だが……」まだ心配そうな表情を残す木戸。「敵がどの程度の情報を持っているか、あるいは今の時点でも情報収集能力を駆使できるかにもよるだろう。この分署の付近、あるいは天童地区全体について地理を把握しているか、あるいはこのような状況になって、今しているところかもしれない。そうなると、その博物館の跡地があることは判明する」
木戸の言うとおりだった。敵の能力を過小評価してはいけない。それは充分東谷もわかっている。だが、現状を少しでも変える手立てが欲しかった。
「俺も、そこへ逃げることが最善だとは思っていません。しかし、現状は行き詰まっています。ここで待機を続けても、おそらく救出は来ない。動くことで打開できる可能性をつくり、それにかけてみるのもいいかと思ったんですよ」
「確かに、ここに居続けてもいいことはない。襲撃がなくても、中の人間達は壊れていき、自滅する。道の駅の方も心配だ。だが、無闇に移動するのも危険が伴う」
木戸が頭を抱えた。彼も東谷同様、判断に困っている。
「移動するにしても、民間人だけにして、5人の犯罪者はここに残した方がいいかもしれないな」
木戸が言うと、東谷は驚いて彼を見つめた。
「違う」苦笑する木戸。「奴らだけを残す訳じゃない。俺は残る。それが俺の仕事だからだ。君や牧田さん、藤間君は、民間人を守る方にまわるんだ。板谷君や飛田、熊井については本人達の判断に任せよう。ここに残るか、民間人を守る方にまわるのかは」
「木戸さん」東谷はまじまじと彼の顔を見つめた。実直で頑固な男らしく、厳つかった。こういう刑事がいることが嬉しかった。だが、だからこそ、彼を死なせたくない。「その場合は、私が残ります。一人で」
木戸が笑った。「民間人を守るのは、飛田の言ったとおり最優先事項だ。君は彼らの側にいた方がいい。一番頼りになるのだから」
「その場合は敵をここに集中させて、皆の所までは行かせません。必ず殲滅します」
力強くそう言うと、木戸は目を見張って唸った。
「場合によっては、沢崎に武器を持たせ、戦わせます」
「何を言っている?」
「逃がすつもりはない。敵を殲滅したら、もう一度捕らえます」
「奴が途中で裏切ったら? あるいは、敵の目的が、沢崎の奪還かもしれないじゃないか。その可能性も消えたわけではない」
「いえ。俺もよく考えてみたんですが、敵の目的が沢崎を殺害することである可能性はあると思います。だが、奪還ではない」
「何故言い切れる?」
「さっきの襲撃です。留置所で撃ち合った際、沢崎は敵の一人を射殺している。おそらく中里か勝俣の銃を拾ったと思われますが、もし沢崎の仲間が助けに来ていたのだとしたら、そんなことはしないでしょう。敵が沢崎の仲間であったなら、銃を拾ったことで、確実に奴は逃亡に成功していた。しかし沢崎はそうしなかった。俺は考えるに、敵の狙いは沢崎の殺害だと思います。それを沢崎自身も理解している。奴が協力して戦おうと言い出したのは、けして冗談でも嘘でもない。半ば本気だと思います。本来なら一人で戦うのでしょうが、逮捕されている状況ではそうはいかない。協力し合うしかない。だから、敵を殲滅するまでは、裏切ることもないと思われます」
正直なところ、沢崎に武器を渡した場合、再び捕まえられる可能性は高くはない。今度は東谷が返り討ちに遭うかもしれない。
だが、正体不明の敵達と戦う場合、あれほど戦力になる男もいない。
こちら側の被害者を最小限に食い止めるためには、沢崎を解放するのも一つの方法として検討に値する。もしかしたら、それが最良の方法かもしれない、と東谷は考え始めた。問題は、いつ実行するかだ。
考え込んでいた木戸が、フッと溜息をつく。
ポケットに隠し持っていたのだろう、トランシーバーを出した。さっきの襲撃者が持っていた物だ。
「まさか……」意味することは、東谷にもわかった。
「敵を探る。目的が何なのか、どういう連中なのか、どの程度の規模なのか……。素直に話してくれるとは思わんが、交渉するふりをして話していれば、判明してくることもあるだろう。逆にこっちが探られる恐れもあるが、こうなったら一か八かだ」
東谷はトランシーバーを凝視した。
「こちらが動くに際して、敵の状況を少しでも探ることは必要だ。あるいは、敵を混乱させることができればなおいい。こっちに譲歩するつもりがあると思わせ、交渉するふりをするんだ」
「俺は、そういう交渉事は得意じゃない。木戸さんがやってくれるなら」
正直な気持ちだった。自分で言うのも何だが、ここまでの人生をずっと口べたで通してきた。
苦笑する木戸。おそらく刑事として様々な事件の捜査に携わってきた彼は、交渉術は東谷より数段上だろう。
「仕方ないな」
木戸がトランシーバーを手に持つ。意を決してスイッチを押そうとしたその直前、分署内に「ジリリリィッ!」とけたたましい警報音が鳴り響いた。
「な、何だ?」木戸が慌てて立ち上がる。
「道の駅で何かあった」
東谷は分署長室を飛び出す。自動小銃をひっ掴み「ここを頼みます」と木戸達に告げると、道の駅天童に向かった。
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