パトカー 東谷
東谷は、運転しながら様々な可能性を考えた。楽観的なものは切り捨てていく。体に自然と備え付けられた危険察知のセンサーが高い警報を鳴らしていた。
何者かが電波障害を起こしている。そしてそれは、この護送と無関係ではない。
襲撃されることを想定した。もし自分が襲う側だとすると、どうするか?
雨は相変わらず、銃弾のように車体に叩きつけられている。本物の銃弾を受けても気づくだろうか、とふと不安を覚えた。
銃撃――。襲ってくるとすると、まずそれだろう。適切な場所は?
思いついた。
この少し先の、バイパス内でもっとも大きなカーブ。このまま直進すると、真正面に林を見る瞬間がある。その林の中からカーブに入る直前の車を狙撃するのが最も有効だと思われた。
東谷は確信した。狙いが護送車の中の何者かの救出だとすると、今日が最大のチャンスだ。荒天であっても、ある程度の射撃のスキルがあれば、難しいことではない。
アクセルを踏み込んだ。護送車にこの可能性について伝えたかったが、無線は使えない。停まって話しに行く余裕もなかった。自ら踏み込んで確かめるしかない。
パトカーをカーブまで進め、対向車線に乗り入れて、林と護送車の間に盾になるように停めた。サーチライトを取り出し、更に銃を手に外へ飛び出す。
後ろから来た護送車がクラクションを鳴らし運転席の警官が顔を出した。何事かと訝っているのだろう。
東谷は、手を大きく振ることで「行け」と指示した。
護送車がカーブを曲がっていく。マイクロバスのため、またこの天気のため、あまりスピードは出せない。それがもどかしく思えた。
林の奥に注意を向ける。少しずつ、その方向に向かって歩く。身体にまとわりつく緊張感を飲み込んでしまうようなイメージを浮かべた。SAT時代からの癖だ。
林の中で、何かが動いたような気がした。護送車の位置を確かめる。撃つなら今だ。
東谷は、サーチライトにスイッチを入れ放り投げる。そして、逆の方向に転がった。
銃声が響いた。サーチライトがはじけ飛んだ。更に銃声は続き、護送車のボディに何発か当たった。しかし、動きを止めるほど有効ではない。
東谷は、銃声のした方に向かって拳銃を撃った。おそらくこの距離では倒せないだろう。だが、威嚇にはなる。案の定、敵の銃声は途絶えた。
深追いはしないことにした。今大切なのは、護送車を分署まで無事に誘導することだ。カーブを過ぎた護送車は、もっとも危険な地帯を抜けた。後は分署まで突っ走るのが最善の策だ。
東谷は走ってパトカーに戻る。急発進したためタイヤが激しくスリップした。だが、制御する術は心得ている。運転技術にも自信はあった。
後部座席右のウインドウが急に割れた。撃たれたのだ。続いて、ボディに雨粒とは明らかに異なるものが撃ちつけられる音がし、パトカーが衝撃で揺れる。だが、追っては来なかった。最大の襲撃有効ポイントを逃したためか、体勢を立て直すのにテンポが遅れているのだろう。
すぐに護送車に追いついて併走する。助手席側の窓を開けた。向こうも運転手がウインドウを開けてこちらに声をかけている。
「撃たれました」
叫ぶような運転手の声。
「わかっている。だが、もうしばらくは攻撃はしてこない」叫び返した。「とにかく、天童分署まで急ごう。誘導するからついてきてくれ」
それだけ言いウインドウを閉めた。
嫌な予感は的中した。
あまり頼りにならない分署の仲間。おそらく道の駅にいるだろう民間人達を巻き込む可能性があること。そして、沢崎を筆頭にした凶悪犯達。正体不明の敵――。
混乱しそうになる思考を、何とか整えようと努力した。雨の音が、まるで脳細胞そのものを打つように感じられた。
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