道の駅「天童」のレストラン

 「橋はまずあと二時間は戻らない。もう少ししたら、足止めをくった人たちが何か食べに来るな」


 レストラン「わらべ」の料理長、角田真一は、お客用のコーヒーを煎れ直しながら言った。パートの鳥山美和子がせっせとテーブルを拭いている。


 「これは通り雨だから、すぐにやみますよ。いちいち橋を上げたり下げたりしていたら、それだけ電気も使うのに、もったいないですね」


 美和子が言った。主婦らしい感覚だ、と角田は思った。


 「さっき、源さんがあの学者さん達とまた妙な話をしていたよ。それを他のお客さん達も聞いていたみたいだから、ここで何か訊かれるかもしれない」


 あはは、と美和子は笑った。


 「あの人は、伝説や伝聞を勝手な解釈で話すから困ったものですよね」


 「この間も、森の中で大きな生き物を見たという旅行者がいたな。たぶん何かの見間違えだと思うが、妙な噂が立つのは困るよ」


 「でも、未知の生物のいる森だとか言って話題になれば、この道の駅に来る人が増えて、この店も客足が増えますよ。それもいいんじゃないですか」


 テーブルを拭く手を止め、美和子が顔を上げた。


 「それはそうだけど、あの学者さん達みたいに何日も泊まり込む人が、大勢詰めかけてきても困る。ここはホテルじゃないんだからね」


 「あの二人も変わってますよね。謎の生物を探るのが仕事だなんて、夢があっていいかも。あんなんで、お金になるんですかね」


 「夢ねえ」頭をかく角田。「そんな、未知の生物なんて滅多にいるもんじゃあないのに」


 「でも、森は神秘ですから。何か不思議な生き物がいてもおかしくはないでしょう」


 「おいおい、鳥山さんも源さんやあの学者さん達みたいに、そこの森の怪物なんて信じているんじゃないだろうね」


 「あんなにマニアックじゃあないですけどね。でも、昔、UFOとか、超能力ブームだとかがあったじゃないですか。不思議な事って、興味を引きますよ。角田さんもそうじゃないですか?」


 「そういうのはあくまでも夢物語だから楽しいんであって、現実に信じてしまうのもどうかと思うよ」







 「何、今、超能力とか話してました?」


 厨房で調理器具の整備をしていたもう一人のパート、長尾美由紀が出てきた。彼女は美和子より若く、まだ三十を少し越えたくらいだった。


 「美由紀さんの仕事が早いから、まるで超能力みたいだって言ってたんだよ」


 角田が言うと「やっぱりぃ?」と得意げに腕をまくってみせる美由紀。隣で美和子が苦笑していた。


 客がやってきた。小さな女の子とその両親らしい若い夫婦だ。


 「いらっしゃいませ」


 美和子と美由紀が明るい声で迎えた。


 席に着くと「まいりましたよ」と父親が言った。「足止めされちゃった。どのくらいで通れるようになりますかね?」


 「そうですねえ。雨はきっとそんなに続かないと思うんですけど、あの橋は一旦上がると二時間はおりませんからねえ」


 美和子が言うと、父親はウンザリしたような顔をする。


 「二時間かぁ……」


 「ねえ、お父さん、ケーキ食べたい。沙也香、モンブラン」


 沙也香という少女が大きな声で言った。


 「お嬢ちゃん、元気があっていいね。いくつ?」


 美由紀が訊くと「6歳」と応えた。


 「じゃあ、私のうちの子と一つ違いか。一年生?」


 「来年一年生なの」


 「そうか。小学校、楽しみ?」


 「うん」沙也香はコクリと頷いた。そして、コップの水を一口飲むと、表情を少し真面目そうにしながら訊いた。「ねえ、この近くに、怪物が住んでるって、本当?」


 沙也香の問いかけに、角田と美和子が顔を見合わせた。美由紀も目を丸くしている。


 「おい、変なこと訊くなよ」父親が苦笑しながら言った。


 「だって、さっきあっちでおじいちゃん達が言ってたよ」


 「うーん」腕を組み、わざと難しそうな顔をしながら応える美由紀。「何か不思議な生き物がいるみたいだって言う噂はあるんだけど、はっきり見た人はいないの。だから、わからない」


 「出てきたらいいのにな」


 「食べられちゃうかもよ」


 母親が言うと、沙也香は「やだ」と小さい叫び声を上げた。

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