道の駅「天童」 関係者 客達
天童地区には道の駅「天童」がある。
天童分署の隣の敷地だった。
道の駅と言っても古めかしく、小規模でもあった。一年後には大規模な改修工事を行い、今の時代に合った建物に変わっていく予定だ。
責任者である篠山繁之は、おそらく東西の橋が上がり天童地区は陸の孤島と化すだろう、と予感していた。この悪天候では仕方がない。いわゆる夕立であり、雨風はそう長くはないだろうが、それでも、一旦上がったら最低二時間は橋は戻らない。
今、この天童にいるドライバー達は、しばらく足止めをくう。可哀想に、と思った。
篠山は、道の駅内を見まわることにした。事務室を出ると大きな電光掲示板がある。近隣の交通状況を示す物だ。近くで渋滞している様子はない。
掲示板の前の休憩スペースには今は誰もいなかった。
隣の販売スペースに行く。小さなコンビニエンスストアの様な場所と、天童地区に隣接する導西村と東渓村の民芸品や山菜、あるいは御菓子類等を販売する場所とに別れていた。
民芸品売り場の隣にも、ちょっとした休憩スペースがあった。お茶も飲める。
そこに、導西村に住むが始終この道の駅に入り浸っている老人、西田源一がいた。「源さん」と皆に呼ばれて親しまれているが、ちょっと変わり者だ。
その源さんと向かい合う形で、大学教授だという鎌田とその助手の國府田が座っていた。そして、その三人の話を、少し離れた場所で若い四人組の男女が聞いていた。
やれやれ、と苦笑する篠山。
おそらく、また例の伝説の怪物の話をしているのだろう。
コンビニの方に、幼い女の子を連れた若いお母さんが向かった。その後を、たぶんお父さんだと思われる若い男性がついていく。
すれ違いに、作業服を着た二人連れの男性達が出てきた。確か駐車場に2トントラックが停まっている。たぶんあの運転手達だろう。
売店スペースを出てレストラン「わらべ」を見に行くが、客は誰もいなかった。
電光掲示板の近くのトイレをしばらく見ていたが、誰も出てこない。と言うことは、今この道の駅に客としてきているのは、西田を除けば11人という事になる。
そのうち2人、鎌田と國府田はここ3日ほど、この道の駅に泊まり込んでいた。だから、足止めを食うのは3つのグループの9人だ。まあ、平日の夕方としてはこんなものだろう。
従業員達の勤務時間が気になった。
篠山とレストラン「わらべ」の料理長である角田真一、そして形の上ではわらべの所属だが、道の駅全体の営繕や力仕事を受け持つ小川和彦だけが、今日勤務している中では正規の従業員だった。
これに今日は当直開けでいない者が1人。非番が1人。その5人がこの道の駅を切り盛りしており、泊まりも交代で行う。
レストランの助手とウエイトレス、売店コーナーの販売員は皆パートだった。そろそろ交代の予定だった者はいないか、シフト表を頭の中に思い浮かべる。
そうしながら、また電光掲示眼を見ると、橋が上がったことを告げる標示が現れた。
妙だな……。篠山は思った。橋を上げるなら、道路公団がこの道の駅の責任者、つまり自分に連絡してくるはずだが、それがない。
ちょっとだけ憮然としたが、アナウンスをしようと事務室に戻る。館内放送用マイクを手にすると、何故か急に背中を寒気が奔った。得も言われぬ不安感が起こり、一瞬声が出せなくなる。
大きく深呼吸を行い、気持ちを落ちつけた。
何だろう? 嫌な予感が残った。それが何に対するものなのかはわからない。
篠山は強く首を振る。
気のせいだ――。そう言い聞かせ、再びマイクに向かった。
館内放送で東西の橋が上がったことが告げられると、側にいた、おそらく大学生だと思われる男女4人の若者がちょっとだけざわめいた。だから早く行こうって言ったのに、という甘ったるい女性の声が聞こえてくる。
國府田邦明は4人の方をチラッと見た。当然だが自分が教えている学生ではなかった。大学も違うはずだ。
男性も女性もそれぞれ2人で、どちらも対照的なのがおかしかった。ちょっと軟派ふうに見える男性と、真面目そうな男性。女性の方は、1人はとてもかわいらしい格好をしていて幼く感じられ、もう1人はしっかり者のお姉さんふうだった。
「あのう」軟派ふうの男性が、國府田の視線を感じて声をかけてきた。「横浜国際大学の國府田先生ですよね?」
「ああ、そうだけど……。ごめんね、観察するような目で見てしまって」
笑顔で応えて、一応謝った。
「いえ。それより、さっきからされているお話をちょっと聞いてしまったんですけど、本当なんですか?」
興味深そうな目をして訊いてきた。他の3人もこちらを見ている。
國府田の話し相手だった西田と鎌田も、学生達を見た。その視線が若者達を戸惑わせる。何か聞いてはいけないことを訊いてしまったのではないか、と感じているのかもしれない。
「ごめんなさい。そういう話にちょっと興味があるもので」
軟派ふうの男性が言い訳するように言う。
「だから、僕のことも知っていたんだね」
「ええ。たまにテレビでお見かけします」
「それはどうも、ありがとう」と応えたが、実はあまりいい気はしなかった。本当は、テレビなどにはあまり出たくなかった。資金稼ぎのために仕方なくやっているのだ。
「あんた、テレビに出てるのかい? 大学教授かと思ったら、タレントだったんか」
西田が目を丸くして見つめてくる。
「だから……」ウンザリしながら応える國府田。「一昨日も言ったとおり、僕は大学の講師で、教授どころか助教授でもないんですよ。それに、テレビに出ていると言っても、科学番組のコメンテーターとしてです」
「科学番組とは呼べないものも多かったが……」
國府田の師である横浜国際大学生物学教授の鎌田茂光が咎めるような口調で言った。
「いや、まあ、そうですけどね」
誤魔化すように笑う國府田。
彼が主に出演しているのはバラエティ番組だった。オカルトを扱うもので、未知の生物、いわゆるUMA――未確認生物――を取り上げるときにコメンテーターとして出演することが多い。
もちろん、真面目な科学番組に出ることもあるが、比率としては前者の方が圧倒的だ。
横浜国際大学で生物学の研究を行う鎌田とその助手で講師の國府田は、学内では異端視されながらも、未確認生物の調査をしていた。
海外の情報を集め分析する事が主で、実際に調査に出かけたいと思っていても協力者が出ず、大学側からの援助も得られない状況で不遇を託っている。
國府田はどちらかと言えば社交性があるので、テレビに出たりたまにいわゆる「トンデモ」系の本の出版に協力して資金集めをしていた。本当なら眉唾物の海外のUMA情報にもっともらしい解説をしている。
そんな國府田の活動を鎌田は快くは思わない。彼は真面目にスポンサー探しや大学等公的機関に助成金の申請をしてチャンスを待っていた。
「先生がこの場所に来ているって事は、やっぱり本当なんですね。さっきの、この天童地区の森に類人猿がいるって」
國府田が応える前に、鎌田がジロリと睨んだ。学生達は、戸惑った表情で顔を見合わせている。
「ああ、この方は、横浜国際大学生物学教授の鎌田茂光先生だ。僕の師でもある」
國府田は慌てて紹介した。
若者達は、それに応えて自己紹介した。軟派ふうの男性が阿田川伸也、真面目そうな男性が大久保雅俊、幼そうに見える女性が戸沢梨沙、お姉さんふうが北沢絵里香。全員、学部は違うが東亜大学の学生らしい。
「類人猿って、雪男とかそういうのですよね?」
戸沢梨沙が遠慮がちだが目を輝かせながら訊いてきた。この娘はさぞかし男性にもてるんだろうな、と國府田は思った。
「まあ、そんな感じかな」
詳しく応えるのも逆に大人げないかな、と思いそれだけ言う。
「そんなのが、この日本、それもこの近くに潜んでいるって言うんですか?」
阿田川が訊く。
「まだ、そうと決まった訳じゃない。ただ、この地域には昔から不思議な生物の伝説があるみたいだし、最近でも森の中で大きな生き物を見たという目撃談がある。可能性はあるんじゃないかな。だから、僕たちはここにちょっとした調査に来たのさ」
國府田が応えた。
「ずっと言ってるけど、あれは猿じゃねえよ」
西田が乱暴な口調で言った。
「あれって言うと、おじいさん、見たことあるんですか?」
戸沢梨沙が西田を見る。目がまん丸だった。
だが、西田は「ふんっ」と言ってそっぽを向いた。
どうも、気まぐれなじいさんだ、と国府田が苦笑する。三日前からここに滞在しいろいろ話を聞いたが、目撃したことがあるような、ないような、どっちともつかない態度を続けている。昔からこの地に伝わる伝説についてもいろいろ話してくれたが、その時によって微妙に内容が違っていたり、西田個人の勝手な解釈を加えたりで、とりとめがない。
「どんな目撃談があるんです? 類人猿って言うと、2メートルくらいある巨人みたいなのがいたとか?」
それまで黙っていた北沢絵里香が訊いてきた。
「うん、そういう話もある」國府田はいろいろ思い出しながら話した。「巨体で毛むくじゃらだけど、素早く走り去っていったとか、イノシシを襲って食べていたとかね。昔の話では、旅人が襲われて犠牲になったというのもある」
「怖いですね」女性2人が顔を見合わせた。
「うん。怖いね」國府田は、ふと、この若者達の興味を更にかき立ててやりたい衝動に駆られた。「でも、この地の未知の生き物については、ちょっと変わった話も多くてね。一概に類人猿といえない面もあるんだ」
「どういう事です?」
「最近の話、ずっと昔から伝わる話と通して共通しているのは、その生き物が巨体であることだけなんだ。だいたい2メートルくらいだと思われるけど。その姿形に関しては、様々なものが伝わっている。一番多いのはやっぱり大きな猿みたいだというものだけどね。もっと変わった目撃談もあるんだ。大きな羽を持っていたとか、実際に空を飛んだとか」
「ええっ、そんな馬鹿な」
さすがに、大学生達が一斉に疑わしい顔をする。
「まあ、かなり前の話だけどね。眉唾だとも思う。でも、実際に伝わっているんだ、そういう話も。そして、羽があるという目撃談による生物は、頭が肩にめり込んでいるような感じで、その上の方に、大きくて赤い目を持っていたという」
阿田川と大久保が笑いながら顔を見合わせた。だが、何故か戸沢梨沙だけは表情を硬くして息を呑んだ。
「僕は、その話を聞いたとき、モスマンを思い出したよ」
「モスマン?」
「ああ。ある一時期、アメリカのウエスト・バージニア州・ポイントプレザント周辺で目撃されたというモンスターさ。羽はあっても腕はなかったらしいけど」
「そういえば、聞いたことがある」阿田川が閃いたような顔をした。「確か、映画にもなってますよね。リチャード・ギアが主演してた」
「うん。『プロフェシー』という映画だ。『モスマンの黙示』という本を映画化したんだよ。それでは、モスマンをかなり神格化していたけどね」
「おい、國府田君」
咎めるような視線を送ってくる鎌田。彼はそういうオカルティックな話を嫌う。
「すいません。脱線しました」苦笑する國府田。
「その、モスマンって」戸沢梨沙が遠慮がちに、小さな声で訊いてきた。「赤い目をしていたんですか?」
「ん?」あまりにも真剣な表情だったので、國府田は戸惑った。「そういう話だけど、どうかしたの?」
「私、さっき……」
「おい、おい、やめなよ。あれはなにかの見間違えか錯覚だってば」
戸沢梨沙の声を、阿田川が遮った。
「でも、確かに見たんだよ。赤い、目みたいなのを」
小さな、震える声で言う。
「何だと?」真っ先に反応したのは、意外にも西田だった。「おまえさん、本当に赤い目を見たのか?」
勢い込むようにして、西田が戸沢梨沙に詰め寄った。
「え、いえ、そんな気がして……。見間違えだったかもしれないけど……」
西田の表情に臆したのか、心細そうになる戸沢梨沙。
「だから、見間違えだって」
阿田川が西田から戸沢梨沙を守るかのように間に入った。
西田はまた「ふん」と言ってそっぽを向いた。だが、今度は、何かを考え込むかのような、難しい表情になっていた。
おかしな雰囲気になってしまって戸惑う。窓の外を見ると、相変わらず強い雨がまるで大地を洗っているかのように感じられた。
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