第6話尼僧好き商人

 夜、尼僧好き商人は籠に乗っていた。

「結構な額が溜まりましたなあ。このお金をあの尼僧の親戚貴族に渡せば、尼僧達の誰か1人くらいは私のものに。」

 にやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべる商人の耳元に、そっと風が吹いた。

「なんだ、何か聞こえた気が。」


 商人が後ろを振り返ると籠の中、自分の顔の目の前に若い美人な尼僧の顔が浮かんでいる。尼僧の首から下がないのを見て、商人の動きが止まった。

 美しい尼僧は口を大きく開くと、カカカッと笑った。

「お主か、喜ぶといい。尼僧が大好きと聞いて、我が来てやったぞ。」


 商人は金切り声を上げて、走っている籠から転がり落ちた。腰が抜けたのか、地面を這いながら必死に籠から遠ざかる。商人の様子に驚いた護衛達が集まり、どうしたのかと聞いてくる。

「籠の中に尼僧の化け物が出た。早く退治しろ。」

「化け物なら僧を呼ばないと無理ですよ。尼僧の化け物なんているんですかねえ。」

 のんびりと返事をした護衛達に、商人は言葉にならない呻き声をあげた。


 仕方なく護衛が恐る恐る籠に近づき開けてみるが、何もいない。護衛達の訝る様子を見て、腰が抜けた商人も這いながら籠に近づき中を見る。


 籠の中には何もいなかった。尼僧の顔が消えて動揺している商人を嘲笑うかのように、目の前に尼僧の顔がバッと出た。

「お主が尼僧を好きな限り、ずっと、ずっと一緒にいてあげる。」


 カカカッと笑う尼僧の首元からは、血がポタポタと落ちている。尼僧の首から垂れる血が商人の着物を汚していく。

「尼僧など好きではない、どうか、どうか許して下さい。」


 腰が抜けた商人、護衛にしがみつくと近くの寺まで走らせる。護衛にしがみついたまま寺に飛び込み、助けを求めて叫ぶ。騒ぎを聞いて出て来た僧を見て、商人は必死の形相で助けを求めた。

「尼僧の化け物が出ました。化け物が、私とずっと一緒にいるというんです。

 私はなんて愚かな事をしたんだ。あなたに全てお話します。

 尼僧を手に入れる為に、盗賊を雇って尼寺を襲わせました。失敗して今度は、貴族にお金を渡して尼僧を手に入れようとしていたのです。」

「なんて事を、尼僧を手に入れようなどと。寺の敵じゃ、この罰当たりめが。」

 僧達は持っていた棒で商人を叩いた。

「どうか、私を助けてください。もう2度と尼僧を求めたりしません。」


 1人の老僧がもう一度商人を叩くと、険しい表情のまま厳しい口調で言う。

「尼僧の亡霊が出たとなると、助けるのは難しい。

 我が寺にある特別なお札に祈祷を行っても、許して頂けるかどうか分からん。そもそもとても高額なお札じゃから、お主に支払えるのかのう。

 私としては尼僧に害をなそうとする者など、尼僧の亡霊にあちらに連れて行かれたら良いと思うんだがのう。

 ずっと一緒にいてくださるのだろう、お主の望み通り、尼僧が手に入ったのではないか。」


 老僧の言葉に僧達が微笑みながら頷いた。尼僧大好き商人は、今までの行いを必死に謝罪し続け、お金は全てを売り払い用意すると断言した。

 今後は心を入れ替えるので寺に置いて欲しいと訴える商人を見て老僧は言う。


「そうか、そこまで言うのなら僧を1人付けてやろう。この寺では衣食住は保障するが、食事は質素ただ働き。お主に出来るかのう。」

「何でもやります。掃き掃除でも拭き掃除でも洗濯でも。どうか、このお寺においてください。」

 

 嫌そうな顔をしている僧にピタリとくっついた商人が家に戻る。すぐに、家屋敷売れる品は全て売ってお金を作り、お寺に戻ってきた。

「お金は用意しました。これが全てです、お納めください。」



 頭を丸め古着を着た商人をみて、老僧が寺で暮らす許可をくれた。

「良いか、文句を言ったらすぐに叩きだすぞ。そしてこれからは、日々他者の為に働くのだ。」

「はい、ご慈悲を頂きありがとうございました。」


 商人が寄付したお金は老僧により近隣のお寺に分けられた。そのお金は貧しい者達の食糧や衣服、手習い小屋の費用になる。


 守り鏡は1人の商人から尼僧達を助ける事によって、沢山の者達への善行を行う事になった。


 今回の事の結末に尼僧達も守り鏡も驚きを隠せない。

「アマデラ スゴイデス ゼンコウ タクサンデキマシタ」

「こんな事が起こるなんて。凄いですね。」


 尼僧大好き商人が仏様を怒らせて祟りにあったと近隣に広まったためか、盗賊や尼僧を狙う者達も尼寺に寄ってこなくなった。


 尼寺で、守り鏡は順調に善行を積み重ねていく。

 迷子になる前に老人は保護され、病気や怪我も軽い段階で発見され治療される。村での問題は大事になる前に尼僧達がやってきて解決される。


「この様子でしたら、守り鏡様は、案外早く成仏されるかもしれませんね。」

 嬉しそうに尼僧達が話していた。

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