第二話『二人の魔人』

「────は」


周りに従えていた数本の黒い長剣が針山地獄の如く、わたしの全身にまばらに突き刺さる。刹那の鋭く、そして鈍く重い痛みが脳に響き渡り、純白のウエディングドレスにみるみると赤い斑点が浮かび上がり、紅の彩りが進行を始める。

しかし、そんなことは些細な出来事でしか無く、重要なのは、リーベちゃんが痛みをくれたこと──つまり、わたしに何かを与えてくれたということである。

いかに敵意が、殺意が込められた刃であろうと、骨肉を抉り取る激痛であろうと、『リーベちゃんがくれた』という事実は確かなもので。だから、わたしはそれを受けて喝采し、脊髄を撫でられるかの如く快楽に恍惚と浸りながら、その頂を踏破して天を仰ぐ。

正負、苦楽、愛憎問わず、この子から与えられ、そして受け取るものの全てが鮮明な光沢を放ち、わたしの心に刻まれる。


「……教えて。あなたの愛を、教えて」


刺突の歓迎から始まり、様々な内容の触れ合いが来るだろう。

最初の出会いが——始まりがそうであったように。

草木が生い茂る広大な草原。

リーベちゃんは言いました。


――あなたは私を愛する人ですか? と。


それが出会い。それが馴れ初め。わたしは肯定の返事を曖昧に返しました。そして、彼女は言いました。


――じゃあ、戦って確かめ合いましょう、と。


「いいよ? 教えてあげる。……わたしが世界一貴女に相応しくて、それは運命からのお墨を付きだということをねっ!」


抱擁を解き、指を鳴らしてハートを射抜くポーズを取りながら決め台詞。直後、後方へ跳躍して一定の距離を取る。

あの頃よりは幾分かマシだろう。格好良く決まったと思う。そう思いたい。

そして、今の第一口説き文句を始まりのゴングと思ったのか、早速リーベちゃんは掌をこちらに向け、『神術』を放つ。


「では、見せてもらおうかしら」


終焉を齎す災厄が、世界にその姿を晒す。

先程の闇の瘴気よりも濃密で獰猛な暗闇が襲いかかる。


「いきなりハードな自己紹介だね!」


一切の容赦が感じられない初手の一撃。なるほど、リーベちゃんらしいと言えばリーベちゃんらしい。それに、初めて出会った時もそうだった。

『輪廻帰り』の影響からか、今の彼女は当時を彷彿とさせる絶大な力を取り戻すと同時に、あたしと出会う前の記憶に回帰している筈だ。

にもかかわらず、一挙一動が馴れ初めの頃となんら変わらないという事実。


――つまり、あたしという存在はどこまでいっても完全には忘れ去られること無く、いつだってリーベちゃんの心と共にあるのだということだ。


感動。感激。感嘆。これが最上の悦びと言わずして何になるか。

彼女はいつだって全力だ。この一撃も、恐らく完全には止めることが出来ず、下手したら海峡を超えて隣国まで届くのではないかと思う程に逸脱した波動だ。

射程に入ってしまっているだろう隣国や周囲の街を守るわけではないけれど、それ以前に対等な対峙であるべきだという、他でも無い、わたしの信条がわたしにそうさせた。

下手をすれば世界の一端を破壊しかねない破滅の刃に、下手をすれば世界の理の一部を覆しかねない変革の刃で対抗する。

虚無なる亜空間から出現し、邪なる災厄を文字通り手中に収めてから放ったリーベちゃんに対して、わたしはこの惑星から霊力を得てから力を放つ。

この星に変革を誘うべく送られた、月の使い魔・『ツキウサギ』たる所以である。

迫り来る終焉の象徴を、自然から伝えられた霊力の集合体が食い止める。

幽霊などを彷彿とさせるように、大地から無数の白い火の玉のようなものが天に向かって飛翔し、それが集合し、凝縮されて超常なる個の存在となって闇の波動を相殺した。


天地鳴動。

文字通りのそれが起こり、それに巻き込まれた日常は、もはや普段のそれの面影を残すことは無い。

巨大な力の衝突。それが呼んだのは、壊滅の引き金だった。

リーベちゃんの『輪廻帰り』と今の波動で、恐らく街一つは塵芥となり果てたかもしれない。その証拠に、見渡せる限りの風景が、巨大なクレーターが目立つ荒野として変貌を遂げていた。

活気が良い喧騒や慌ただしく行き交う人々、芳ばしいパンの香りや石畳の聞き心地良い反響音──それら全てが、一瞬にして消えた。

跡形もなく。断末魔すらなく。

そう。これでいいのだ。

確かに、リーベちゃんとほんの短い時間でも共に過ごした学園が消え失せることは喪失感が伴うことだと思う。

ただ、そんな一握りの犠牲は、後に二人だけの世界を築く時点で多大な祝福へと還元されることになるから差し引きはゼロに等しい。

今は全てが都合良く動いているのだ。人事を尽くしたことによって天命が降ってきたということだ。


「…………」


徐々に霧が晴れてきた向こうに、リーベちゃんの少し驚いた顔が見える。

うさ耳を生やしたウエディングドレスの白い女が、何故、私の攻撃を止めることが出来るのか、というある種の困惑が表情に出ている。その自信満々な態度から一転して唖然とした顔も中々可愛らしいけれど、そんなことを伝えるような時間をくれる程、心を許しているわけでは無いだろう。

すぐさま、第二の災厄が放たれる。

闇だけで形成されたような、『竜』の顔の数々。それが彼女の背後から顔を覗かせて、それぞれがばらばらに、違う方向を見て口を開けている。

まるで神話に出てきそうな神々しい容貌。リーベちゃんなら色々な姿が神秘的なので、『魔神ノ子』という一文の紹介と、あたかも想像のみで描かれたおぞましい男姿の悪魔の絵だけしか神話や伝記に掲載されていないというのは、絶対におかしい気がする。

という文句を今は置いておいて、次なる一手の動向を──


「流石、容赦無いね!」


窺う間もなく、放たれた。

暗黒の竜の口々から一斉に、災厄の息吹が放たれた。

終わりの炎と書いて『終炎』というのは言い得て妙な名前だと思うけれど、そんな一言では済まされない闇の炎の数々が、暴れ狂うようにして四方八方に放たれ、炸裂する。

ならわたしも、といった具合に、両手を広げて強大な白い波動を、左右に広がる地平線の彼方まで展開させる。


「わたしの熱い抱擁、受け取って!」


直後、前方にリーベちゃんが居ることを想像して広げた両腕をエア・リーベちゃんの腰に回し、熱烈な愛は強烈な波動に具現され、それが彼女を暴れ狂う黒竜ごと包み込む。

何となく、街一つでは収まりきらない程の破壊力だったのではないかと、自画自賛する。それこそ区域全体まで行き届くのではなかろうか。


「リーベちゃ……ん?」


──唐突に、両の腕が飛んだ。

どうやら、真横を通過した二つの影がわたしの熱い抱擁を解き、天地の端から端まで伸びた黒い直線が平面となってわたしの腕を空間ごと断絶したようだ。通過して見送ったあと、それが平面の伸長だということに気付く。

即座に両腕を再生しようとするも、その矢先に平面が幅を詰め、そして、


「が、ぼぁ──」


骨肉を晒し、鮮血を滝のように流す切断面に黒い壁が押し付けられ、半ばの強引に止血される。ただ、わざわざ自分が負わせた傷を自分で治すなんていう優しい理由があるわけでもなく、この先の展開は何となく察しがつく。

つまり、圧死である。

固めた小麦粉を綿棒で展延していくかの如く、わたしの身体は左右から迫る絶対的な力によって圧迫される。

ゴリゴリと悲鳴をあげながら骨が軋み、粉砕され、潰され、そして。


「──ぁ」


ぐちょん、と。

呆気なく華奢な肢体が潰され、死んだ。

器が、死んだ。

しかしながら、わたしは『ツキウサギ』。いくら器が役目を終えたところで、魂がある限り何度でも蘇り、生を享受出来る。

よって、この瞬間も、わたしはその恩恵を得る。


「ぴょんぴょこぴょーん!」


巨大な黒い影に押し潰された場所から離れたリーベちゃん頭上にて、わたしは再び姿を現す。見た目は相変わらず白亜に支配された姿のまま。切断された両腕は元に戻っているし、ウエディングドレスに付着していた鮮血も消えている。

完全なる再生。

それは惑星の霊力を授かって自然の恩恵を享受する、『ツキウサギ』だからこそ出来た芸当である。

実際は、数多の魂を結集させ、それを自分が望む姿に変容させた上で憑依するというカラクリなのだけれど、何となく、神秘的な力を使って蘇った的な演出の方が格好良いと思った。特に意味は無い。


「……へぇ、中々やるわね」


リーベちゃんに褒められた。

そして再び抱きつこうと迫った結果、今度は彼女が動き、いつの間にか遥か上空にてスタンバイしていた。

何をスタンバイしていたのかについては、華奢で可愛らしい右腕が、目下を浮遊するこちらに向かって振りかぶろうと上がっているところを見て、大体の予想がつく。

そのまま数秒が経つと、案の定、リーベちゃんの頭上から何度目か分からない、巨大な黒闇の塊が形成されている。

しかしどういう訳か、『輪廻帰り』の時や初手の一撃の時と違って、何やら黒以外の『異物』の影が見える。

その正体は──


「いやいや……流石にスケールどでか過ぎるでしょ……」


簡単に言えば、隕石。

地上での大規模な破壊によって散乱した岩の欠片などを拵えたのか、もしくは本当に宇宙空間から浮遊する星屑なんかを引き寄せて、それを混在させたのか、はたまたそのどちらの仮説も当てはまるのか。

何にせよ、即席で形成された隕石が、意図的にこちらを目掛けて降ろうとしている。いや、これも放つ、という表現の方が正しいのか。隕石を放つ、という攻撃方法は、もはや魔術とか『獣術』とか『神術』などなど関係なく奇想天外で突飛過ぎる行いである。

常識に囚われない意外性。そこもリーベちゃんの魅力の一つ。

感心している場合ではない。

流石にこの展開は予想出来なかったし、何せ隕石をぶつけられるという経験自体が初めてなものだから、事実上死ぬことが無い身であるとしても、未知なる未来が恐れを抱かせる。

でも、これも歴としたリーベちゃんからの贈り物なのだ。


──万全を期して受け止めなければ。

そう思い立って、白い光を巨大な両手の形にしてから準備万端。

リーベちゃんの身体がしなり、暗闇に包まれる隕石が蠢き、そして。


「こ──っ」


天体の破片の集合体──隕石が空から降り注ぎ、両手に直撃する。

全身に響き渡る衝撃波が激震し、無数の魂や霊力を結集させた力であっても、容易に凌駕されてしまう。

気が付けば、地面に叩き付けられていた。それだけには留まらず、自然に牙を剥く規格外の人工的なそれは蹴鞠で瓶を倒すかの如く、わたしに地中を掘り進めさせていた。


「が、あ、あ、あ、あ、あ、あ……ッ」


直下した隕石はわたしごと大地を容易に切り裂き、地中深く掘り進めていく。今頃地上では、基盤からさらに崩壊が進んでいることだろう。と、色々と動転してしまっているからまともに考えられないけれど、そんな中でもふと浮かんだ疑問がある。

すなわち、このままどこまで行くのか、という純粋な疑問。

まさか、星の裏側までとは言わないだろう。いや、それもいいのかもしれない。だって、果てまで行っても二人で触れ合えるなんて素敵なことではないか。

そう考えると、心情的な意味で胸が軽くなったような気がする。

そう考えている内に、徐々に徐々にと地中深く、真下を叩き付けられながら降下していくわたしことアヌリウム・クロールド。


万象を凌駕し、破壊し、再生しうる『神術』──いや、それらを統べた『神力』とでも言うべきだろうか。

そのわたしの『神力』は、いかなる最高位階級の霊装や魔術でさえも掘削し、突破することが困難と言われていた地層に突入しても尚、速度を緩めることなく突き進んでいく。

掘削が停止しないということは、そのままわたしの『神力』の程度が誇示されているということにもなるけれど、それすらも文字通り力で捩じ伏せるリーベちゃんの『神力』は、本当に、万人が畏怖し、ひれ伏す伝説の魔人に恥じない伝説そのものだった。

そうして感心している内に、もうそろそろ世界の中心核と呼ばれる場所に突き当たると思うのだけれど──


「お、おお、おおお──ッ⁉」


そうだ、忘れていた。

星の反対側に行くには、最終的に向こう側へ飛翔することになるから、途中で重力が切り替わるのだ。

本来ならばそこへ行き着く前に辿り着けず、過大な重力によって圧死する結末が待ち受けているのだろうけれど、わたしにそんなことは関係無い。

よって、このまま深層を掘り進めつつ、吸い込まれるようにして裏側へと向かっていく。

尚、リーベちゃんが放った隕石も、その試みに継続して付き合ってくれるらしい。

つまり、今度は隕石を抑えながら地上に向かって上昇していく。

そして、どんどん突き進んで、やがて──


「ぴょん、ぴょぉん、ぴょぉぉおおおん‼」


──星の裏側へと突き出て、舞い上がる。

そこは砂漠だった。

辺り一面が砂に塗れた、景色変わらぬ砂原。

秘境や美しき大自然というのを密かに期待していたのだけれど、まあ、これもまた自然の神秘ではあるので悪くは無い。

しかし、この世界において、この惑星を横断もしくは縦断した者は初めてではないか。

達成感や充実感が共在する高揚感を噛み締め、忘れないようにと隆起した地上を見やる。

当然ながら、一拍遅れて姿を現すのはリーベちゃんお手製の隕石である。


「お、りゃあっ!」


その隕石に拳を振りかざし、爆裂させる。

瞬間、夕焼けを象ったような朱色が高出力の爆発と共に炸裂する。轟音は辺りから音を奪い、砂の絨毯は砂塵となって景色に靄をかけ、只でさえ亜熱帯と評される砂漠に灼熱の衝撃が巻き起こったことによって地獄を彷彿とさせる計り知れない程の熱波が広がっていく。

地獄には行ったこと無いし、いくら気温が上がろうが下がろうが、お察しの通りわたしの『神力』でどうにかなるので問題は無い。

と、宇宙級の力と自然の神秘が織り成す超常現象に見蕩れていると、濃密の噴煙を切り裂いて、黒い影で作られた刃がこちらに向かってくる。

その刃は音すら置き去りにする速さで、わたしをお腹から真っ二つに上下で両断した。さらに、その余波は巨大なカマイタチのようにして、地平線の彼方まで飛来していく。数秒後、遠巻きに微かに見える国家群が悲鳴を上げた。

刹那の攻撃でさえ、口があんぐりと開く程の威力を発揮し、もはやそれに範囲や常識といった枠すら関係無いのではと驚嘆しつつ、お返しの一手を彼女に叩き込む。

そう。本来、見えない筈の死後に起こった現象を目にして実況していたのだから、再び器が死した時に蘇ったのである。

次はわたしのターン。

一つの小さな白光の玉を掌から出現させ、そっとそれを虚空に放る。


──直後。

先程の隕石による爆裂とは比にならない程の爆発が起こり、世界は純白に塗り変わっていく。規格外の衝撃波を受けたことに気付いていないのだろう。時が止まったように、風も砂塵も音も香りも静止し、消え去っていく。

よく遊んでいるゲーム霊装がたまに処理落ちして固まる時があるけれど、まさにその状態のようだ。

白光がどこまで範囲を拡大させたかは分からない。けれど、確かに今、無限的に轟く爆破が起こっているのだ。

私が呼び起こした、文字通り、愛の衝動。

恐らく、タイムラグがもうすぐで終わる。


5、4、3、2──

あ、一秒早かった。


「ぉ、ぉ、ぁあああああああ⁉」


さながらゲームでの処理落ち限界の大規模爆発のように、カクカクと、崩壊が進んでいく。

音も色も香りも何もかもが消え去り、崩落の渦に飲まれていく。

爆発なんて生易しいものではなく、終焉を齎すという表現の方がしっくりとくるようなもので。

たちまち、それは世界を飲み込み、惑星規模の災厄を撒き散らし──


「…………?」


不意に、視界に光が差した。

それは一瞬の理解の猶予すら与えず、わたしとリーベちゃんを包み込む。

すると、あろう事か、リーベちゃんの黒く轟く『神力』とわたしの白く瞬く『神力』が、何の前触れも無く突然霧散した。


「…………?」


何か強大な力を上乗せして捩じ伏せた訳でもなく、あたかもそれが常識的で自然の摂理だと言わんばかりに、あっさりと。

揺るぎなく、全ての根本的な、軸となるような法則なんかが働いたのだろうか。

一体それは何なのか。

視界が暗転し、眠気は無くとも意識が水面の底へと沈みゆく感覚がある。


飲まれ、飲まれ、飲まれていく。

招かれ、誘われ、引き寄せられていく。


────………………。

 




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