幕間『地獄と天国』

「ぴょん、ぴょん、ぴょぴょぴょぴょ〜ん!」


ここは少し街から外れたクロールド邸。つまり、私の家であり、これからリーベちゃんとの愛の巣になる場所。

その屋上で簡単な魔法陣を描き、その中心に『運命の歯車』をセッティング。

続いて、その霊装に詰め込んでいた触媒の数々を合成し、術式を構築していきます。

わたしを知る者、知らないも者、わたしに忠誠を誓った者の怨霊。

前々から錬成していた、『禁薬』の元となる個体である『妖花』。そして、『漂流者』である蒼原森檎の身ぐるみ及び成分。

それらが溢れ出るや否や、魔法陣の各所に吸い寄せられるように設置される。


「そんじゃ、まあ、ちゃちゃっとおっぱじめますか!」


歯車ちゃんに術式展開用の詠唱を頭に流し込んでもらう。


「──告げる……月の使者の名の元に。終焉と創造の担い手よ、数多の魂を喰らい、その姿、その厄災を世に放て。我、その名を示す──」


紫光を発する魔法陣がより一層の光沢を放ち、大気を震わせながら夕焼けに彩られた空向かって移動し、巨大化していく。


「禁忌・暗転術式──『カラミーテ』!」


最終的に、巨大な魔法陣が紅い空に刻まれることとなり、それは煌々と、神々しく輝いている。

あとは術式の完全なる『顕現』を待てばいいだけ。


「ふふっ、こっちは準備万端だよ、リーベちゃん♡」

さあ、早く来てよ。そして始めようよ。


わたし達の、楽しい楽しい逢い引きをっ!



人間の狂気というものを真っ向から浴びた。

人生で初めて何本も骨を折られ、砕かれ、肉を裂かれ、炎で炙られ、電気を流され、水に溺れさせられた。何の利益も無い。ただただ無為に等しい拷問。

形容し難い激痛が肉体を介して精神を崩落させていき、自分という存在が少しずつ世界から離別していく感覚があった。

恐怖に恐怖が連鎖し、仕舞いには感情が剥ぎ取られていった。

夢現を彷徨し、己の生死すらまともに把握出来ずに常闇に閉じ込められて。


でも、もう、大丈夫らしい。

爽やかな風が頬を撫で、暖かな陽の光に思わず目を細めるような『感覚』が浮かぶ。

満点の青空の下に広がる、広大な草原。白い家が幾つも建ち並び、所々に石畳や川、湖がある。

『元世』でも、異世界でも、似たような光景は目にしたことがある。

しかし、決定的に違うのは己の『存在』だ。

俺という存在が、世界にとって何と識別され、定義されるのか。

その答えは、この場所に来る前に味わった喪失感と、己の状態が示していた。

身体が無い。しかし意識は健在。

つまりは。

そう。


「そうか、そうなのか……」


──死んだ、ということだろう。


まさに天国のような場所。

だが、まさしくここは『天国』なのだ。

俺は、今天国に居る。

アヌリウム・クロールドに拷問された挙句殺され、死後の世界に居る。

無論、未練は山のようにあったし、すぐに整然と、平然に納得がいくかと言われれば無理だと答えるだろう。

けれど、生前の最期、死の直前に味わった無限のように続くかと思われた地獄から解放された直後である。

だからなのかも知らないが、自分が今天国に居る、死亡した、と痛感しても、焦りのようなものは一切感じることが無い。

それどころか、穏やかでさえあって。

今は、ただその安らぎに揺られたくて。

 

心地の良い虚無感に、全てを委ねて──


「待て」


「────」

 

そこへ、居る筈の無い者が現れた。

やがて概念のみだった俺の魂は肉体へと回帰し、生前のように人としての原型を取り戻していく。

まるで、死した訳では無く、この場所に転移しただけのように。


「君に、全てを話す時が来たようだ。でも、まずは──」

 

そう言って、その者は。


「自身が歩んだ記憶の足跡を思い出してもらいましょう」



──忘却されていた俺の『記憶』を、映画でも見せるかのようにして俺に流し込んだ。







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