第五話『アヌリウム・クロールド』

やっほー! 解説兼お色気担当兼リーベちゃんLOVEことアヌリウムちゃんだぴょんっ! さらに言ってしまえば今回の主役だったり? しなかったり? やっぱりしちゃったり?   

まあ、いいや。

とりあえず、説明行ってみよう!

ででんっ、『そもそも今街で何が起こってるのかなぁん?』という皆の疑問にお答えしちゃうよん♪


まず、『禁薬』とか言う危ないお薬についてだね。

そもそもそれは大規模な術式——『暗転術式』の構築時に出た副産物なんだよねん。その術式って言うのが、この魔公区域全体に居る『獣人』をまとめて『顕現』させちゃうヤバ過ぎるヤツで、それが本命だったり。

あくまで『禁薬』は残りカスでしか無いから、それをこっそり運んで売って、お小遣い稼いで、組織のメンバーのお金が少しでも増えればいいかなぁっていうためのものでしか無いのです。


さて、その『暗転術式』だけど、早速今日の夜にでも始める予定でして。

――もう、最後のピースは回収出来たからねん。

そうだよ。魔術の適性が無ければ亜人種でも無い、なぁんにも特徴が無い『漂流者』。その人物本人か身につけている物、とかが必要だったんだよねぇ。

だからほんっと、苦労したよ。

五年ほど契約中の魔術師の成れの果て――『魔術精霊』に命じて、あの『異世界』からこの『漂流者』を転移させたり、リーベちゃんサイドに潜らせている『魔術精霊』に近付かせて誘導したりねぇ〜。

いやぁ、アタマなんて普段あまり使わないから知恵熱でも出しちゃうかと思ったぴょん。

まあ、でも、アンタをおびき寄せることが出来たからいっか!


召喚時の『禁薬』騒動。

アンタみたいな中途半端で承認欲求や特別という概念に飢えている人間っていうのは、やっぱり近くで引ったくりが起きれば咄嗟に反応しちゃうよねぇ? 馬鹿みたい。

でもそのお馬鹿な働きで、ほら、あたしの計画通りアンタはリーベちゃんと出会い、あたしの契約精霊とも絡んで、この世界に『適応』した。

精霊の手元に置いておけば色々上手くやってくれるし、こっちはそれを視ているだけだったから楽チンだったぴょんっ。

邪生物を放って追わせてみたけど、意外としぶとかったよねぇ。『自進車』をあんなに乗りこなせることだけが唯一の特技なのかなぁん? それはいいとして。結局あの時はリーベちゃんところの万能メイドが邪魔してきたせいで、命拾いしたみたいだけどねん。

ルチスリーユ……だったかな? 今回はその女用の対策もしてあるから、いくら『顕現』したって問題無さそうかなぁ。


さぁて。さぁて。

このまま殺すことも出来るけど、というか、もう死んじゃった? 生きてるぴょん? あれかな? 元居た『異世界』だと流石にゴーモン的な仕打ちは経験してなかったか? そりゃあそうか。ゼロ君の従者の幻惑魔法如きであんなに焦っていたぐらいだもんねぇ。 

えっと、なんで今こんなことしているかについては、アンタが、アンタ如きが、アンタみたいな生半可で醜くて矮小なクソ野郎が、一日でもリーベちゃんと同じ環境に居てリーベちゃんと同じ空気に触れて、リーベちゃんが吸ったり吐いたりした息を吸ったり吐いたりしていたと思うと、ちょこぉっとだけいたたまれなくなっちゃったからなのさっ。

右の方をカックンして、顔は……ちょっと大きくしようか。足はギリギリ立てる程度に。痛いよねぇ。うん、あたしも痛い。リーベちゃんの秘密を知った上で何も出来なかったあたしの身にもなってよ。痛いよぉ。


秘密。

あの子はそれを誰にも言わずに着丈に振舞って、人間にも亜人種にも、一生涯の恩義を尽くしていく。

本当にその恩義を向ける相手はもうとっくに居ないのに。

本当にその恩義を受ける訳では無い奴らが、皆勝手に口を揃えて迫害しようとしているような、クソ以下のちっぽけな世界なのに。

リーベちゃんは守りたいと言う。

そう言ってから一体何年が経過しているの?

もう疲れてるよね。

だから、創ろう。笑っちゃうぐらいに楽しくて幸せな世界を。

そして、壊そう。いつまで経っても学ばない、直らない、この哀れな世界を。

でもでもでもでもでも。

やぁっぱり本音を言えば、もう、リーベちゃんを早く、一刻も早く手元に置いて安心したいんだぴょん!


あんなに可愛くて可憐で気高くて綺麗で格好良くて努力して最高で可愛くて脆くて儚くて眩しくて輝いて最強で神々しくて華奢で麗しくて柔らかくていい匂いして抱きしめたくて頬ずりしたくてキスしたくて舐め回したくて揉みしだきたくて気持ち良くしたくて気持ち良くされたくて交わりたくて食べたくて食べられたくて抉りたくて抉られたくて大好きでとにかく好きで好きで好き過ぎて頭がおかしくなってまともではいられなくて熱くて暑くて厚くて篤くどうしようもない感情が渦巻いて狂いに苦しんでいるけどそれすらも快感で何事にも変え難い生き甲斐で深く深くとても深く浸透して全てを理解し熟知し把握してもっとよりさらにより知りたくてもうもうもうもうもう辛い辛すぎる辛いよ辛いから辛くてしょうがないからっていう理由もあるけもやっぱりこんな世界似合わないし相応しくない何よりつまらないから変えてやろうよ一緒に一緒にじゃなくてもあたし一人でも楽園をつくるからその時は二人で挙げよう最高の結婚式! 披露宴! 新婚旅行は色んな世界を回ろうね! 楽しいよ! きっと、楽しいよ、楽しみだなぁ、うん、本当に、楽しくてずっと笑っていられるよ、うん、きっとそうだよ、はしゃいではしゃぎ疲れて、そうしたら二人とも寝ちゃって、色んな花が咲き誇るお庭の中で愛を確かめ合ってそれが永遠に続いて疲れてもまだ足りなくて足りないよ足りな過ぎるリーベちゃん。うん、足りない。欲しいよ、リーベちゃん。はは、もう我慢しなくていいよね、ここまで来てここまで用意したんだからさ。リーベちゃん、欲しい、愛してる、他に何も要らないリーベちゃんが居てくれればそれでいいどれだけ待ったと思っているのどれだけ見てきたと思っているのもう耐えられない耐えたくもない一つになりたいよ。一つに、頭から足の先まで髪の毛一本残らず隅々まで溶け合って交わって混じってどろどろに一つになりたいよ。なりたい。一つに。なりたい。結ばれたい。祝福されたい。あたしだけを見て。あたしはあなたしか見ない。あたしだけの手を取って。あたしはあなたの手を離さない。あなただけが存在すれば。そこが世界になる。あたしとあなただけの世界。想像するだけで胸がときめいているよ。何年も昔か分からない。百年。千年。いや、もっと、もっと、ずっと昔か。遥か昔の世界で、あたしとあなた。仲良く暮らしていたよね。なのに、自我を失って全てを滅ぼそうとしたあなたを止めたのは、何の特徴も恩恵も祝福も無かった名も無いただの人間。そいつは身を挺して、死んで、散って、最愛の人の最愛となって、それで。それで? それで、ずっと。その時からずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと──――


愛に飢えて苦しんで、憎悪に悶えて怒り狂って、それを幾度と無く繰り返して。

まさに愛憎。身も心も、思考も、脳の隅々までそれに侵されて蝕まれる。

螺旋階段のように続くそれは、おびただしい数の負の感情からあたしを切り離し、解放することは無い。

疲れたとは言うけれど、どれくらいの時間が経過しようが、想いは朽ち果てること無く。

どれだけの壮絶な仕打ちを受けようが、永遠に紡がれるだろう底知れない愛は終わりを迎えることが無く。

限界を受け入れる前に、ありとあらゆる情の節々が麻痺していたのだろう。

普遍は消え失せて煮え滾った。

とめどなく満ち溢れんばかりの情愛の数々が『わたし』という人間を再構成した。

太古より享受していた二人だけの楽園。

永久に紡がれる筈だった幸せを取り戻すために、わたしと彼女を縛るこの世界を理ごと破壊する。

そして、描いた理想を創り上げるのだ。

今度こそ、取り零したりはしない。

たった一つの願いのために、他の全てを切り捨てる。

それが望み。

それだけが願い。

そのために、世界を壊し、創り変える。

つまりは、そういうことだ。


「きゃはっ、きゃはは! あはははははははははははははははははははははははははは‼」


もはや原型すら留めていない血反吐に塗れた顔が、正気の抜けた虚ろな目をして虚空を見つめている。

全身に刻まれた深い擦過傷は、獰猛な獣が獣を裂く時に付ける生々しい傷跡の如く抉れており、両手の五指は不格好にそれぞれ違う方向に捻じ曲がっている。それは右腕にも言えることで、こちらは繋ぎ目を無くしてぶら下がっている。

手足を縛る縄は邪魔だから解いたけれど、だからといってこの状態で自立して動けないだろうということは火を見るより明らかだ。

火と言えば、身体の至る所を火で炙ってみたけれど、その時には既に叫び声すらまともに上げることが出来ていなかったので、腹回りを重点的に熱するだけに済ました。


我ながら優しいぴょんっ。

自分でも、始まりこそ覚えていないけれど、どうやら気付がない内に暴走して殴り始めていたらしい。まあ、仕方無いよね。

だって、あの時リーベちゃんからの愛を横取りし、楽園を壊した挙句彼女を常闇に引きずりだしたあの男と、非常に『似ている』のだから。

だから、嬲り殺しそうになっても仕方が無い。うん。

ひたすら殴り続けて、蹴り続けて、炙って、気絶させて、電気を流して、裂いて、抉って、溺れさせて──


語りながらずっと同じようなことを繰り返していたから、時間なんて分からないけれど、笑えることに、唐突に飽きが生じた。

遥か昔から――それも月日を数えるのが億劫になるぐらい憎み続けた『漂流者』。

その者と似た人間が今目の前に居て、わたしは今、気が赴くままに仕返しを食らわせているというのに、気分の高揚に不足が生じたのだ。

普段リーベちゃんに想いを馳せながら、彼女の所有物だったり抜け落ちたリーベちゃん成分を用いて自分を慰めたり、彼女に似た女の子と身体を重ねたりすることはあるけれど、どうやら自分の願望を実現しない限りは全てが収まらないらしい。

当たり前か。


そういえば、『暗転術式』の触媒に必要な『漂流者』関連の物は、既にコイツの身ぐるみを全て剥いだからいいのだけれど、どうやらそれだけでは一押し足りないらしい。

取り扱い説明書的な書物を見るに、濃密なまでの本人の『体液』が必要になるとか。恐らく、それに必要な分の出血量は満たしているので、わたしの『神術』を発動して様子を見ることにする。

周囲には『魔人』――月の使い魔・『ツキウサギ』であることがバレると面倒なので、今までは『神術』を霊装・『運命の歯車』を通して発動していたというわけだ。

まあ、その方が力を余分に使って無駄に体力を減らすことが無いので効率はいいのだけれど。


なので、今も霊装を通して『神術』を使う。

おっと、こやつはまだ微かに息があるようだ。動けなさそうだけれど。

全裸で、表面の殆どが青紫、もしくは赤黒く染まって、おまけに骨がいくつも折れていたり砕けているというのに……よくもまあ、生きていられるよねぇ。


「お、鑑定結果出たかなぁん?」


歯車ちゃんが出してくれた結果。それが頭の中に流れてくる。


「…………」


あと少し足りないらしい。この出血量を持ってしても。どれだけ欲張りなんだか。

さて。


「歯車ちゃん、やっちゃって!」


自分の手を汚すのは嫌なので、歯車ちゃんに助太刀を頼むことに。

これもまた未知なる体験だから勝手が分からないけれど、要は頭蓋を砕いて中身を出せばいいのだろう。

ここまで言えば分かると思うけれど、わたしが欲しいのはこの男の『脳みそ』だ。

歯車ちゃんが男の頭部に向かって鋭い岩の牙の尖端を向け、そして、


「おおっ………」


掘削のドリルの如く眉間から後頭部まで貫通し、回転していく。それに伴い、血しぶきと脳みそが溢れ出て、部屋中に飛び散っていく。

スプラッター映画で見ているかのようなグロテスクな光景である。

男は気を失っているのか、とっくに死んでいるのだろう。だから、自分の頭蓋が掘削されて脳みそが零れ落ちていることにも気付いていない。


「さぁて、さぁてさぁてさぁって」


飛散し、零れ落ちた脳みその一部は歯車ちゃんにきちんと回収してもらった。

これで、術式の構築に必要なパーツはこれで整った。


「じゃ、お疲れぴょん」


全身に重傷を負い、挙句の果てに頭蓋まで砕かれて死に絶えた男に役割ご苦労と労いの言葉をかけ、家の外へ出る。

村の中──正確には、幻惑魔法で張られた結界の中で行き交う組織の構成員共を見やる。

今日までよくわたしのために働いてくれた。よし、心中で労い完了。


「さて、お掃除といきます――」


「アヌリウム様、蒼原とかいう男から何か情報を引き出せましたか」


「お?」


ゼロ君の従者である白服のおじさんが話しかけてきた。そういえば、そんなことになっていた気が……うん。もうどうでもいいか。


「あー、うん。結界、ありがとね。でも、もういらないから。さよなら」


「何を──」


右手に掴んでいた歯車ちゃんをおじさんに向け、そこから光の柱が放たれておじさんのお腹に穴を空ける。新調されていただろう綺麗なスーツの純白が紅に染まり、どばどばと、赤黒い濃厚な血が流れ出る。

やがて、ゆっくりと這うように顔を出して地面に垂れていくのは、腸だろうか。へぇ。小腸か大腸か、お医者さんじゃないから見分けはつかないけれど、それなりにお腹に詰め込まれていたって話は本当みたい。それと、この臭いは身体に悪過ぎるね。途轍もなく臭い。


驚愕に支配された表情は、見開かれたまま硬直している両目から溢れ出る涙と口腔から吐き出される血塊によって、ぐちゃぐちゃに汚れていた。

程なくして、おじさんは自分の体内に収まっていた筈の血と臓物の海に倒れ伏せ、息を引き取ると同時に、彼が発動していた幻惑魔法の結界が消失する。

与えられた仕事を全うしようと、村の中を行き交っていた組織の構成員や、剥がれた結界の外で何も知らずに暮らしていた村人達が、一斉にわたしの方を見る。


「よ」


一応、片手を上げて挨拶はしておく。

だが当然、皆、何が起きたのか理解出来ていないのだろう。

何せ、『リーダー』であるわたしが、位の高い手駒を自らの手で『処分』したのだから。

闇に埋もれた組織の場面としては、とりわけ珍しくも無いと思うのだけれど、今が今まで和気藹々と交流していたから、このような急展開は予想もしていなかったのかもしれない。


「きゃはっ、手が滑ったぴょんっ!」


凍結した風景の中で飄々と笑うあたしは、きっと怪物以外の何者でも無いのだろう。

構成員共々が驚きと恐怖で震え上がっているのだから、何も知らない村人達が腰を抜かして足が竦むのは至極当然のことだろう。

で、何秒か経過して、彼らはタガが外れたように叫び出す。

狂乱の宴というのも無様で滑稽だから見ていて不満は無いけれど、このまま縦横無尽に逃げ回られでもしたらあとが面倒だから、お掃除は早めに済ませてしまおう。


「き、貴様! 一体何をしておるのじゃ! 禍々しい出来損ないの半獣風情が……っ」


おっと。驚き終わるや否や、顔を憤怒に歪めた丸っこいおっさんが居るぞ。

あれは、そう。この前、学園の公開演習の時、リーベちゃんに向かって罵声を浴びせていた豚野郎だ。

あの時だけに限らず、彼女に向かってブヒブヒ喚く奴らは区域内──ひいては街の中でさえも、決して少なくは無い。

その少なくは無い面子も全員記憶しているのだけれど、なんと、その中に含まれる人間が一〇人以上も居るではありませんか。

ある者は化け物と罵り、ある者はペテン師と否定し、ある者は生意気な小娘と鼻で笑いながら卑猥な言葉を浴びせ、ある者は批判論の羅列を街頭で投げかけ、ある者は何も出来ないと嘲り──


「おい! 貴様に言っとるんじゃ‼ この低俗女がッ!」


「死んで償えよ」


そいつら含めて。

まずは、さっきよりも強大で広範囲な灼熱の火柱を、竜が吐く炎の息吹の如く、放つ。喚いていた豚はあっという間にこんがりと焼けた。他の豚共も同じく。

そして、炎はそれだけに留まらず、それ自体が竜であるかのように、構成員や村人共を瞬く間に飲み干し、焼き殺していく。

周囲の温度は異常なまでに上昇し、自然豊かな山村は刹那の間に火の海と化し、轟音と熱波、そして微かに聞こえる阿鼻叫喚が轟き、さながらそこは地獄絵図のようだった。


「いい気味だねえ。巻き込んじゃった罪無き人々も……まぁ、わたしとリーベちゃんとの世界のためだもん。しょうがないよねぇ」


こんなに醜く腐敗した世界より、あたしが塗り替えた直後の新世界の方がいいに決まっている。もっとも、そこにリーベちゃん以外の他人が入り込む余地があるかと言われれば返答に詰まるけれど。


「……あれぇ? 君もあたしを止めようとするクチ?」


おじさんの死体が転がる方から何やら一人の足音。でも、ここで無惨にこんがりと焦げている人達よりかは、少し付き合いが長い少年。

まあ、相手にとっては幼馴染でも、あたしにとっての永遠の幼馴染はリーベちゃんなのだけれど。

ま、それは置いといて。


「ねぇ、ゼロ君。アンタってもしかしてわたしのことを好きだったり?」


「笑えねぇ冗談だな。誰がお前みたいな放火魔を好き好んでやるかってんだよ。


……お前がこんな途轍もなく強い力を持ってたっていうのは驚きだけど……あ、いや、その前に誰だお前。『ツキウサギ』ってのは誰かに憑依されちまうことも出来るもんなのか?」


「あー、うん。まあ、そういうことにしといてあげよう。そしてそっとしておいてあげよう」


生まれてこの方、それも太古よりずっとリーベちゃん一筋で純愛を傾けているから失恋はしたこと無いけれど、なるほど、悲しいこととそれが同時に起こると、今のゼロ君みたいになってしまうらしい。


「なんだよそれ。つーか、爺はどこ行った? 腹減ったからとびっきりの料理でも作ってもらおうかと思ってたんだけど……」


あの端正な美顔が、こうも悲愴を通り越した数多の負感情によって窪み、歪んでいる。

思考や認識が綯い交ぜになって、断片的に現実を見つつ、都合のいい部分だけを切り取って現実逃避や幻覚で、なんとか擦り切れる寸前を保っているってところなのかな。

うん、永遠と続く地獄を見せないために早く楽にしてあげよう。

何にしても、苦しいのが長く続くのは嫌だからね。


「えっと、ゼロ君。……ゼロニア・フォーツェルト。アンタと過ごした日々は忘れないよ。多分、アンタにとってわたしは初恋の人だったんだろうけれど……ごめん! あたし、リーベちゃんしか愛せないんだな。だから、わたしを好きになってくれてありがとう。そして、どうか楽に過ごしてね。さようなら」


心の底から言えていたか分からないけれど、それでも、わたしにとっては凄く短い間だったけれど共に過ごしてくれたゼロニアに別れを告げる。

そして、やさしく、一瞬で死ねるように、風の刃で喉を切り裂いた。


「……さて」


山村は火の海と化した。

豚共も、構成員も、村人も、とりあえず不安要素がある人間全員を炎に食わせ、風で切り裂き、水に溺れさせ、地割れで落とし、光で貫き、闇で消し去った。

自然災害までも、この歯車ちゃんを――『神術』駆使して意のままに操れる。

それは『ツキウサギ』だからでは無い。

リーベちゃんと同郷の地。『太古の箱庭』にて生まれ育った『月の使い魔・ツキウサギ』だからこそ出来る芸当だった。


箱庭で暮らしていた魔族の民。

あたしもリーベちゃんもそう。リーベちゃんは昔のことを少ししか覚えてないかもしれないけれど、これだけは覚えているみたい。


『魔人』の民は、人間の血を宿す者。

『魔人』の民は、人間の血を宿された者。


「『暗転術式』が成功すれば、街は滅び、やがて国、世界へと破滅の手は伸びる。……そして、『顕現』して人間へと成り代わったわたし達は、何にも囚われずに楽しく暮らせるの。それって凄く素敵なことだよね!」


胸が高鳴り、気分が一気に高揚していくのが分かる。

甘美で優美な理想郷。

誰の、何の邪魔も入らずに過ごす、健やかで輝かしい日々。

もうすぐで、それに手が届きそうで。

長く、長く、気が狂い、思考が歪み、理性が少しずつ崩れ去っていく程に長かった苦しみからようやく解放される。


「だから、ねっ! 待っててね! リーベちゃん!」


嬉々として、声と胸を弾ませながら、目の前で佇んでいる想い人――リーベ・アザヴィールに予告する。

必ず迎えに行くと。

必ず全てを終わらせ、全てを壊し、あなた一人を迎えに行くと。


「…………アヌリウム・クロールド……」

「うん! わたしだよ!」


憎悪がこもった目で、怨嗟が溶けた声で、わたしを見てわたしの名前を呼ぶ最愛の人。

ああ、やっと。やっとだよ。

やっと、わたしだけを見てくれた。わたしだけを見て、わたしだけのことを考えて、わたしだけのために時間を使って、わたしだけのために激情を滾らせて、わたしだけにその力を向けてくれる。

嬉しい。嬉し過ぎて夢を見ているみたい。

でも、まだだよ。

蕩けそうな夢心地に浸るのは、全てをやり遂げたあと。


「待っててね、リーベちゃん。──大好きだよ」


もう一度、今度は募った想いを言葉にして付け足して。

そっと、歩み寄って、頬に手を添えて温もりを確かめるの。

そして、心の中で蠢く膨大な愛に塗れた情の数々を押しとどめて、そっと唇に唇を重ねる。


「大好き」


唇を離して、再び想いを紡いで。

固く宿した決意の下に、あたしは飛び立った。

全て上手く行くように。

あの幸せな日々を取り戻すために。

そして、望んだ未来を掴み取るために、最後の仕上げを行うのだ。


 

──わたしの戦いはこれからだぴょんっ!


つづく!




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