第二話『堂々と忍び寄る影』

 今思うと、こちらの世界に来てからというものの、自分に魔法を使えるかどうかという、言わば適性や属性に関して云々といった話をしていなかったので、そのフラグがようやく回収されることとなる。

 もっとも、今更、異世界に転移したからといって、所謂チートと呼ばれる力を授かって流行りに乗れるようなご都合主義は、別に期待していない。

 別に期待していない。してい……ないとも若干言い切れない。


「んじゃ、この副リーダーことピナリロ様が、お前の内で埃かぶったまま宝の持ち腐れと化しているだろう、魔法の可能性を炙り出してやるっス!」


「なんて言い方だ」


 果たして、このおチビ君はこんなキャラだっただろうか。


「若干の姫様スタイルが出てきているな。あいつ、警護隊の中で一、二を争うぐらいの頻度で姫様から罵詈雑言を食らっていたからな」

 

 ジアントが腕を組みながら解説する。


「だから悪影響を受けたと」


「奴にとっては理想像なんだと」


 是非、真似から実践していく努力をやめて頂きたい。


「反面教師じゃねぇか。あの姫様」


 そう、ぼやきつつ、俺の額に右手の手のひらを当てるピナリロを見下ろす。

そういえば、副リーダーとかなんとか言っていたような気がする。

そうは見えないが、この世界は予想をことごとく以下略。

 

「……出たっス!」


「早いな!」


 無料の性格診断サイトより早い。


「えっとー」


 ピナリロが瞑目しながら唸り声を上げる。

 まるで引いた直後のおみくじを他人に覗かれているような気がして、恥ずかしいとか辞めて欲しいとかそういった気分になるも、分析を遮る声は出せない。


「分析完了。いいっスか? 心して聞いて下さい?」


「うぃっス」


「蒼原森檎君の扱える魔術は──」


 ゴクリ。


「無いっス!」

 

 どんとこいです。

 …………………………。


「何が?」


「君が使える魔法が」


「…………」


 別に期待していた訳でも無いけれど期待していなかった訳でも無い。そりゃあだって男の子ですもの魔法の一つや二つくらい使えたら格好良いしロマンが一つ実現するじゃないですかやーだー…………


「うっ、うっ、うぅぅ……」

ジアントとピナリロが、泣き出した俺の肩を優しく叩いてくれた。


**


「はっはー! 魔法を使えないのならスコッティとレックの二人と共に霊装の訓練だな!」


 色とりどりの花々が華々しく咲き誇る庭園で、熱血漢が一人と、何故か上裸で拳銃型霊装を握りながら、多種多様の構えを取っている三人の野郎共。

 何故に上裸で特訓に打ち込んでいるのかと問われれば、それはフルトの性格上仕方無いと答える。

 俺は午後から『自進車』に乗って再び長距離を走り回るので、過度な運動は避けたいというお医者様からの忠告じみたようなことを言っているので、霊装界で代表的だと言われている拳銃型のものを扱う際の基礎的な取り扱い説明や構え方を、華やかな庭園にてひたすら指導を受けているのだった。

 周囲に咲き誇っていらっしゃるお花達が可哀想である。

スコッティとレックはといえば、俺と同じくしゃがんだり転んだりしつつ、急に上下左右に跳ねたりといった過度な動きを組み合わせている。

 結構心臓に悪い。


 ここで、今更ながら霊装についての説明。

 簡単に言えば、魔法を、媒体を経由して発動させるといった道具である。

 オーソドックスなものは拳銃やライフル、爆弾といった飛び道具から剣類等の近接武器まであり、中には衣服や鎧といった装着式のものまで、幅広く生み出されているそうだ。

 『元世』で使用されている武器に魔法が追加されたものが、霊装であると言えば分りやすいだろうか。

 武器の他にも、一般家庭に用いられる道具にも霊装は含まれる。ここでも、『元世』で当たり前のように稼働している電力、水力、風力、地熱等が、そっくりそのまま霊装が補っているということになる。

 大浴場にて、水の魔石と火の魔石を混合させて洗浄効果込みの温泉を作り出していたことや、水周り、もっと詳しく言えば歯磨きと胃腸洗浄の効果がある飴玉や粒まで、全て霊装といった道具で一括りにされる。

 凄い、凄いぞ、霊装。


「蒼原! もっと危機感を持て! 背後でお前を信じながらも過激派アンチに震えている推しを想像しろ! そんな推しを見てお前はどうする!」


「全身全霊で守り抜きます‼」


「よく言った! そのまま的へ向けて射撃!」


「イエッサー!」

 

 このような口車、はたまたテンションに乗せられるのも、これまた俺の性格上仕方ないと答える。

 まだまだ稚拙な構えで放たれた火の玉は、的に印された一番外側の円にもかすること無く、噴水から流れ出る水の中へ消えていった。


**


 昨日死ぬ程走ったという道と同じ道を、今日もまた死ぬ程走るのだと考えた時は些か気が滅入ったものだけれど、客車に乗せるお客様や微細な天候などの変化が、若干の飽きを上書きするに十分なスパイスの役割を果たしていた。

 もっとも、木組みの家や石畳の道といった西洋風の街を走り抜けることで異国情緒を、道行く人々の中に見えるそれっぽい服装やシルエットを見ることで異世界情緒を感じ取ることが出来るので、スパイスがかかるどころか胸の高鳴りすら感じるあたり、俺も男の子だなぁ、と痛感するのだった。

 

 しかし、そんな好奇心や感受性を刺激するような風景は終わり、母国で見慣れてしまった田園風景を通過し、場面は地獄の海岸沿いコースへと変化する。

 今日もやはり風が荒れ狂い、ペダルを踏み込んだ途端に見えない壁は牙を剥く。

 『元世』では、春に河川敷のサイクリングロードを往復する時に、海陸風の影響で行きも帰りも逆風という鬼畜使用が施されていことがあった。この世界のこの海岸沿いでも、同じことは起きていた。

 この世界に、まだ自転車用のサングラスといったものが無いので、風の猛攻を裸眼で受け入れなければならない。故に、目は乾燥し、凄まじい速度で水分が枯渇していくのだが、それは喉に対しても言えることで。

 思わず、ボトルホルダーに刺してあるボトルを取り、上下の歯でボトル口を摘み上げて、容器を押しながらちびちびと水を飲んで喉と共に頭も潤していく。

 因みに昨日、何回か脚を攣っていたので、塩分を混ぜてくれと頼んだところ、リクエスト通り、少々塩の味がした。

 アクエリアス的な、味がした。


**


 予期せぬ出来事とは、唐突に、誰に知られることなくひっそりと起きるものなのだと、この時知った。


「山頂の村まで運んでくれたらいい。黙って運べば、お前の背中に風穴が開く心配は無いのだ」


 白い紳士服という、見た目の派手さに反して陰気な面をした中年の男。

 そして其奴が地面に向けた手のひらが虚空を撫でるという、たったそれだけの動作で周囲に出来上がったいくつかのクレーターが、白服紳士の魔法力や危険性を嫌という程に知らしめていた。

 屋敷を出る前にピナリロから、ブディーディの風魔術を常に恩恵として周囲に機能させているように、彼にも『禁薬探知』の恩恵を授かったのだ。それがこの男に反応してさり気なく荷物検査を要求した直後、この状況が出来上がってしまった。

 知らぬが仏とは言うけれど、今まさにこの瞬間程、それを痛感したことは無い。

 というか、知ってしまったので仕方ない。


「……中々癖が強い客、ですね……そんなに焦っていると漏れそうなのかって──」


 発砲音と同時に、前輪の右の地面が割れた。

 地面が、割れた。


「──ッ‼」


 まずい、と。

 全身の血の気が引き、見なくても分かるぐらいに顔面は蒼白していることだろう。

 すかさず、インカム型霊装のボタンを押して通信を送る。強く念じて助けも乞う。

 そして、すぐにそれが無駄な徒労だと知らされる。


「──夢幻の理よ、我ら共々隔絶するのだ」

 

 詠唱。

 直後、発動された魔法は分かりやすく具現される。


「痛っ⁉」

 

 インカム型霊装が小さく破裂した。そして、周囲の景色が紫色に変化する。まるでサングラスをかけた時の視界に映る景色のように。


「……隔絶……?」


「そうだ。今この瞬間、『高位魔術以下』の階級に属する霊装や魔術といった類の


 無力化及び私とお前の存在を幻視化した。よって、周囲からは認識されず、通信術や遠距離攻撃の案も破綻したということなのだ」

 

 ここでようやく気付く。

 一つ目は、大体の霊装封じと座標不確実という対処をされたせいで、インカムでの通信はおろか、ルチスリーユ先輩の反則級遠距離攻撃すら封じられてしまったこと。

 二つ目は、この男の語尾が少しうざいということ。

 ………………。

 しかし現状、大ピンチに陥っていることや、この白服紳士の底知れぬ力に怖気づいていることも否めない。


「そこまでしてそれを運んで……そんなに儲けたい、のか?」


「……いいから運ぶのだ」


「…………」


 これ以上悪足掻きしようものなら本気で大きな風穴が開きかねないので、大人しく従って山道を登ることにした。


 その間、どこでブディーディから授かっている『最高位風魔術の恩恵』という切り札を切るか、という打開策を緊迫で沸騰している頭で練っていた。



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