第三章

第一話『異世界入門二日目の始まり』

 ──何故か、バンジージャンプの台の上に俺は全裸で立っていた。

 遠く離れた地上でノッポとバーサーカーが叫んでおり、彼らから視線を横にずらすと、目下にあたる位置には大勢のキリンが蠢いていた。

 俺は天を仰ぎながら「わっしっしっ」と笑い、右腕と脇に挟んでいる枕を両手で掲げる。それには、猫耳を付けた黒いツインテールの萌えキャラがプリントアウトされていた。


「俺は自他共に認める馬鹿畜生! 新時代を切り開く変態ロードレーサー! さあさあ、飛ぶぜ飛ぶぜ!」


 俺は声高らかに叫び、それを地上に居るノッポとバーサーカーが、各人の前縦一列に置かれた無数の青いドアを、体当たりして破壊していきながら直進して呼応する。


「さあ、愛しのリーベたん! 今日も世界にリーベリベ!」


 愛しの推しキャラと共に、俺は宙を舞う。

 しかし、そこで一度静止する。


「わっはっは! 世界はこのルチスリーユ女王のものでやんす!」


「可愛いー‼」


 俺は、再び全裸で叫ぶ。


「へーんしーん!」


 直後、ルチスリーユ先輩は巨大な像に変身して、その長い鼻で俺を巻き付ける。


「宇宙の果てまでぇ〜?」


「行ってぇ〜ピィィィィ──」


 巻き付けられた俺は、そのまま上空へと投げ飛ばされる。


「ィィイイイイイイイナッツに合うのは、やはり!」


 雲を突き抜けたところで再び静止し、リーベたんの枕──リーベたんを抱きしめ、


「柿のぉぉぉ破片‼」


 叫んだ直後、キリン蠢く地面へ急降下する。

 下へ、下へ、下へ──


「──ッッハ⁉」


「おっはよぉ〜うございまぁす!」


 ぼふっ、と布団に着地する。

 何事かと思い、正面に和装と洋装を交互に着こなしたサムライヘアーの隻眼紳士が佇んでいるのを半開きの両目で捉える。


「………………」


 次第に、直前まで見ていた摩訶不思議でよく分からない夢が断片的に想起されるが、なにぶん、よく分からないのでそのまま放置した。

 というか。


「お前、今俺を浮かして落としただろ」


「お、起きたでやんすか」


 うつらうつらと揺れる頭で、ようやく何をされたか理解する。

 『朝チュン』という単語はあるけれど、『朝ヒュン』という単語は知らなかった。

 しかも、前者は一度も経験したことが無いというのに、後者のそれを、異世界二日目の朝にして不本意な形で体験させられたのだった。

 そして、寝ている内にはだけて脱げたのだろう浴衣が左端に抜け殻の如く追いやられ、己が夢の通り、本当に全裸であることを知ったのは数秒後の出来事だった。


**


 今が陽時刻の六。

 つまり午前六時だと言われてげんなりするも、『元世』でも殆ど週六で同じ時間帯に起きていたので大丈夫といったように、無理矢理落ち着かせる。

新調された黒スーツを渡され、それに着替えてトイレで身だしなみの再チェックをしてキメ顔。

 顔を洗い、歯磨きとブレスケアが合わさったような効力を持つ粒を渡されてひと噛みし、キメ顔。

 特に意味は無い。

 昨晩、羽目を外してわいわい騒いだ食事会場に到着し、警護隊及びメイド隊一同で集結。


「あー、やっぱり朝礼とかやるんだな」


「いや、普段はしないよ? 昨日はバタバタしていたからまともに自己紹介出来なかったでしょ? だから、今から君の自己紹介、やんす」


 眠気に目を細める俺に、寝ているのではないかと言わんばかりに片目を細めて解説するブディーディ。きっと、朝に弱いのだろう。語尾が疎かになっている。やんす。

 と、ルチスリーユ先輩が前に現れたところで、意識はそちらの方へ釘付けになる。

 他のメイドさんもそうだが、朝から美女達と接することが出来るなど、『元世』では到底考えられなかったことである。


「さて、昨日から突如仲間として加わった蒼原森檎君に、簡単な自己紹介をしてもらいましょうっ!」


「……まじか」


 いきなり水を向けられて困惑するも、皆を待たせる訳にもいかないので、潔く群れから外れて前に出る。

 若干の緊張を覚えるも、ルチスリーユ先輩の麗しき笑顔によって強ばった頬が弛緩し、自然と言葉が喉から流れ出ていった。


**


 大きな拍手と一部の野郎共による嬌声で自己紹介が終わり、ルチスリーユ先輩とブディーディから使用人としての大まかな説明が施された。

 屋敷での自分の立ち位置は、腹黒令嬢曰く雑用係なのだけど、各隊リーダーである二人に聞けばそのような係は無いとのこと。

 もはやこの程度のことでは青筋は立たず、自然と流せるぐらいにはなった。まだ一日しか経過していないけれど。


「一応、蒼原君はわっしら身辺警護隊が預かるでやんす」


「男の子はそうなる掟ですものね。分かりました。ブディーディ君、宜しくお願いします。そして蒼原君、今日もお仕事頑張ってねっ!」


 両肩に手を置かれ、満面の笑みを浮かべての応援。

 おお。

 おおおおお。

 おおおおおおおおおお‼


「はい! 任されたでやんす!」


 隣の紳士の語尾が若干移り気味であることも構わず、飛び跳ねたい衝動を堪えて、幸せを噛み締めて、元気ハツラツと答えたのだった。


**


 その後は朝食をとり、その最中にブディーディや愉快な仲間達から具体的な警護隊の業務内容等を聞き、脳内にメモしていった。

 因みに朝食もバイキング形式で、昨晩同様に洋食メインかと思いきや所々に和食が紛れており、全体的な内容もホテルの食事会場で出そうなものだった。


「姫様の登下校に関する護衛や送迎は、基本的にわっしが任されているでやんす。その間、君は残留の警護隊メンバーと共に魔術関連の簡単な勉強や実技訓練を積んでおくように」


 送迎と聞き、やはり大豪邸のお嬢様は違うなぁ、と呆けてみたがけれど、区域の最高権力者なのだからそれが普通だと腑に落ちる。主に昨晩からの様子を見て体験して、既に地位や名誉の具体的な内容を忘れてしまっていたとは言えない。


「あれ、ブディーディは放課後までこっちには戻ってこないんだ?」


「はい、わっしは学園でもちょっとした講師のようなものを引き受けておりまして。これでも『魔導師』として、『一級魔術講師』としての資格を持っているのでやんすよ」


 恐らく、一級建築士並に大変な資格なのだろう。まあ、この男だったら資格の一〇個や一〇〇個、持っていても不思議では無いが。


「ブディーディさんは姫様と同じく学園の方でご多忙だ! だがアオハラにも『自進車』の仕事があるだろう? だから午前。午前の内に身体術や魔術の基礎を叩き込むぜぇ!」


 ジアントが、一〇層くらいに具を敷き詰めたサンドウィッチ的なものに豪快にかぶりつきながらハスキーに説明する。ギャグ漫画の如く顎が有り得ない程に上下し、その度にサンドウィッチは悲鳴を上げながら軋んでいる。

 サンドウィッチが可哀想である。


「教えてあげる代わりにちょっとだけ『自進車』乗らせてくれっス!」


 ピナリロが大皿いっぱいに持ったサラダの山を頬張っている。全体的に小柄であることから、リスのように見える。毛が逆立っているリスって。


「あの『自進車』か……うん、飛ばせそうだな!」


 フルトに関しては、もはや本人なのではと疑いたくなるような熱血さと発想を炸裂させている。それに反して目の前に置かれているのはスムージー一杯のみだが。ギャップ萌えが味を出していると褒めればいいのだろうか。


「スコッティとレックはもう食い終わったの?」


 あのロリコン疑惑の長身とガチオタ系モヒカン頭の二人は、自己紹介を終えたあとから姿が見えない。


「いえ、二人は食事前に霊装使用の朝稽古でやんす。なにぶん、彼らは屋敷に入ってから一週間前も経たないペーペーですので」


「ん……? 入ってから一週間?」


「そうだぜ、お前を除けばあいつらが最も新人だな!」


 これはまた驚いた。というか、新人にも関わらず、よくあの場で主要メンバーに入れたものだ。俺が言えたことではないけれど。


「ってか、霊装? あいつらってもしかして亜人種?」


「左様。スコッティは鼠、レックは鶏の血が混じっているぜよ」


「鼠⁉ あの図体で……って! レックは本当に鶏だったのかよ!」


 ここに来て、あの二人のキャラがめきめきと頭角を表していく。

 スコッティはともかく、鶏冠(?)はまさにそれの象徴と見てもいいのだろうか。

 そんなこんなで意外な事実が発覚しつつ、相変わらず美味な食事で舌鼓を打って腹を満たして、朝食を終えた。


**


 黒いブレザーに赤のネクタイ、膝丈よりやや上までのスカートに白いニーソといった服装は、個人的な趣向も酷くマッチしていると思う。その姿を目にした途端、とりあえず、己の少年魂が『JK! JK! 大喝采!』と音頭をとっていたという程に。


「おはようございます! リーベお嬢様‼」


「おはよう……」


 俺含む使用人一同の多重音声型挨拶に真顔で答え、そのままルチスリーユ先輩を従えて悠然とテーブルに着くご令嬢は、昨晩のどこか抜けたような態度とは打って変わって凛としていらっしゃった。

 物的証拠として、昨晩解けていたツインテールがきちんとツインテールしていた。

 判断材料がそれくらいしか無いのか、ということはさておいて。


「──あ、そうそう。以前から話していた『禁薬』の密売グループに関わっているだろうクラスメイト、早ければ今日にでも証拠掴んで拘束出来そうだわ」


 と、ロールパンを片手に、何やら朝の麗らかな時間に不似合いなことを言い出す。


「了解。その時はわっしも参戦致すでやんす」


 傍に立つブディーディがそれに応じ、新参者には分からないような話を続けている。

 因みに他の者達は離散して各々の仕事に就いており、リーベの朝食のお供をしているのはブディーディ、ルチスリーユ先輩、そして俺こと蒼原森檎。

 もっとも、ルチスリーユ先輩はリーベの隣に座りながら同じ朝食をとったり、リーベに「あ〜ん」と食べさせてあげていたり──


「……ッ!」


 一瞬さり気なく流していたが、ルチスリーユ先輩がリーベに「あ〜ん」をしている。

 ……………………。

 朝、肌寒くも陽の光が差し込み始めるこの空間で、俺は早速己の腹の底から湧き上がってくる尊みの熱塊を、必死に抑え込む。

 ありがとうございます。

 まだ背の高い陽の光に照らされた二人の光景は、多大な疲労と筋肉痛に苛まれる俺の肉体に満ち溢れんばかりの癒しをくれた。

 今日もお仕事頑張ろう。


「そこ、みっともなく鼻の下伸ばさないでくれる? 汚らわしい」


「……すみません」


 美しき花園を演出してくれていることは事実なのだが、それに見蕩れて自己の客観性を見失っていたことも事実。

 ここまで来たら白状しよう。

 俺は百合も好きだ。

 その中で、組み合わせとかジャンルの明暗とか『百合物語男不要派』かどうか、とかの話はまたの機会にしても、やはりおふた方の心温まるやり取りには尊さを抱かずにはいられなかった。


「こらー、リーベ様? あまり蒼原君にキツく当たってしまってはいけませんよ?」


 ――――!


 立場が逆転した……だと……。


「むう……それは分かっているけれど……」


 あー、もう。

 あああ、もう。

 この二人は俺のことを尊死させるおつもりだろうか。

 死してしまっては中々笑えないけれど。


「蒼原君も、深く落ち込まないでね? リーベ様も、多分二割程度がお戯れで、残り八割程度が本音だと思うから」


「えっと……はい、ありがとうございます」


 どのみち、二対八の割合で戯れ言と本音が入り混じる罵倒をされているのだから、その時点で落ち込んでしまうのだけれど、主であるリーベに対しても姉のような、母親のような母性を存分に発揮していらっしゃるので、頑張ろうと思いました。


「そうだ。一応、あなたにも言っておくわ」


 と、ミルクのようなものを飲み干し、俺の方に鋭い眼光を向ける。


「昨日の『禁薬』絡みの事件で街の警備も一層許可されたとは思うけれど、未だどこかに潜む同業者に、まだ開始して間もない『自進車』のサービスがいつ利用されるか分からないから、肝に命じておくことね」


「……分かった――ました。もし、万が一に霊装で脅されでもしたら、どうすればよい……でしょうか?」


 拙い、というより、リーベに対してのみ不慣れな敬語で問いかける。区域最大権力者のアザヴィール家を真っ向から敵に回すようなことをする無謀な輩が居るとも思えないが、予想がことごとく覆るのがこの世界である。


「その時は、霊装の通信術で私か使用人達に助けを求めればいいわ」


「なるほど、了解しました」


 危機に転じればすぐ助けを乞うというのも、中々男冥利に尽きない話だけれども、そもそも前述の通りこの世界のパワーバランスがイカれているので、無理にでも納得をつける。

 程なくしてリーベご令嬢の輝かしい朝食が終わり、やがて正門前にて朝食時のメンバーのみでの送迎を行う。

 いちいち使用人一同を集結させてまで見送ってもらおうという考えは無いのだろう。

 ブディーディは黒く細長い高級車の客席の前で待機している。多分、リーベが乗る時に開けるのだろう。

 そして、先程の挨拶は自転車競技部に所属していた頃に、合宿や遠征なんかで顧問の先生や先輩達にもやっていたからいいとして、こういった具合にお嬢様のご登校をお見送りするという体験は当然ながら初めてなもので、緊張とはまた違ったむず痒い感覚がタマヒュンの如く全身を駆け抜ける。


「では、屋敷の方で何かあったらルチスリーユ、お願いね」


「はい、畏まりましたっ!」


 リーベが微笑を浮かべながら後を託し、それに全力で受け応えるルチスリーユ先輩。

 可愛い。


「馬鹿畜生は……『自進車』と……掃除?」


 そして、温度差が肌で分かるぐらいに優しく上がっていた口角がすぐさま引っ込み、代わりに鋭い眼差しを向けられる俺こと蒼原森檎。不憫である。


「なんで最後の方は疑問系だよ……ですか。確か、午前は魔術や身体術の指導で、午後から『自進車』の仕事だったと」


「あー、うん。はい」


 お嬢様はまだお眠でいらっしゃるのだろうか。戯れ言兼本音の罵声すら繰り出さず、殆ど一寸たりとも関心を抱いていないような反応をされては、またそれもそれで心に受ける痛みというものがある。


「では、行ってらっしゃいませ!」


「……ませ!」


 と、当たり前ながら俺の気持ちに気付くことなく、


「行ってきます」


 再び微笑を浮かべて颯爽と身を翻し、黒く細長い高級車に乗り込むのだった。直後、ブディーディも運転席に乗り、碧眼を瞑って一礼した後、正面の大通りへと出ていく。

 一瞬、リーベが身を翻す前にこちらへ歩みかけたが、何故か俺の方に向かってガンを飛ばしてから躊躇していたように見えた。

 何だったのだろう。

 

「さ、私達もお仕事頑張りましょう!」


 と、ここで気付く。

 今、この瞬間、俺の隣にはルチスリーユ先輩しか居ない。

 昨晩のリベンジを果たすどころか、格好付けるための最大のチャンスが到来したのではないか。

 頑張ろう。


「お、アオハラ! お前はこっちで早速俺達と特訓だ!」


 はい、再び出鼻を挫かれました。

 絶妙なタイミングでフラグをへし折ってくれやがったスキンヘッドが、こちらに手を振っている。

 背後には準備運動らしきことをしている屈強な警護隊一同が見える。

 地獄への入口だろうか。


「あー、そういえばルチスリーユ先輩に教わることが、あったようなあった気が……」


「特訓、頑張ってねっ!」


「はい! 任してください!」


 美貌に逆らえない男の子魂を恨む。

 相変わらず可愛らしいガッツポーズを拝ませて頂き、暫し凍結。

 その後、諦めが悪い俺の魂は、せめて未練を残すまいと、先程気にかかったリーベの行動について言及することに。

 すると、


「多分、今日は蒼原君が居たから遠慮していたんだと思うな。……普段はね? その、ね? あんなに強気で凛々しいリーベ様が、ね?」


 匂う、百合の気配。

 ゴクリ。


「少し照れながら頬に口付けを──」

「ふおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「蒼原君⁉」


 大歓喜。大喝采。ありがとう先輩。そして何より、スペシャルサンクス・リーベお嬢様。

 思わず両腕をYの字にして盛り上がる俺こと蒼原森檎。

 心身で表す『優勝』の二文字。

 少なくとも全俺が極まった最高の極地。

 もし、叶うことなら今度は是非、その尊心極まる感涙の場面を目のフィルムに焼き付けたいと思う所存であった。


「…………」


 さらに、そこで気付く。

 ルチスリーユ先輩が、右手を口に当てて目を見開きながら凍結なさっていることに。

 あ。


「……すみませんでしたッ! 突如叫び出すという正当性を欠くような奇行をしてしまい、本当にすみませんでしたッ!」

 

 Yの字に上げた腕を素早く大腿に添え、腰から身体を折って深々と頭を下げる。

 自分自身にこれ程嫌悪感を抱き、自分自身をこれ程嬲り殺したいと思ったことは、人生の中でそんなに無い。

 嫌気は何度も差していたが。


「えと……つまり……」


 顔を上げてそこに待つのは凍てつく視線による必殺。

 顔を上げなくとも訪れる色々な意味での必死。

 最後に、件の場面を目にしたかった──


「蒼原君もリーベ様の無限の可能性について理解しているということよねっ⁉」


 ――扉を開けた気がした。

 必殺と必死を恐れずに、顔を上げる

 誰も開けたことのない、扉を開けた気がした。


「えっと……そう、ですね?」


「皆に凛々しくて可憐で頼もしいと言われているリーベ様が、実はキュートで甘えん坊さんかもしれないと密かに思っている私と同じ志を持っているということよねっ⁉」

 

 暴露してしまった時点で密かではないのでは、という冷静な突っ込み文句が、ポニーテールを揺らしながらいつの間にか両手を包み込んでいた先輩の両手の温もりによって霧散し、嬉々としてどころか鬼気迫っている先輩の勢いに、思わず、


「イエス」


「……っ! ……ここに同志──オホンッ。そうだったわ、今は仕事前…………蒼原君」


「はいっ!」


 突然、我に返るや否や両手をそのまま俺の肩に置く先輩。

 そして、そのまま右耳に寄せられる艶やかな唇にどぎまぎしていると、


「……後で、語り合いましょう?」


 熱を帯びた吐息に混じって、喜ぶべきか危惧するべきか判断しかねる約束を取り付けられる。

 抜けたような疑問の声を漏らし、詳しく問い正そうとした時には既に、ルチスリーユ先輩は屋敷に疾風の如く戻って行くのだった。

 疾風というのは比喩だけれど、本当に、それに近い速度で地面を大幅に蹴って進んでいく。ルチスリーユ先輩も亜人種の内に含まれる『獣人』であるが、果たして一体、何の動物の血を宿しているのだろうか。

 何にせよ。

 ルチスリーユ先輩が屋敷に戻っていく間も、俺は立ち尽くしたまま瞑想していた訳だけれど、強く目を開けると同時に右手拳を天に高々も突き上げる。


「とりあえず、お話の予約……取ったどおおおおお!」


 腕を組みながら待機していたジアントが、何事かといった様子でこちらを見つめていた気がした。


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