第七話『彼らにとってのプリンセス』
「おわっ、と、と、と」
ブディーディがグラスを置いて席を立ち、再び開いた右手をゆっくりと握り、それと呼応するようにしてこちらもゆっくりと地上に降りていく。
それはいいのだが、彼女の性格上、こういった騒ぎを見たら最後、主犯格達を散々罵倒した挙句、首を斬り飛ばしてもおかしくないと思っていた。
「すみません、姫様。少し羽目を外し過ぎました。皆──とくにわっしら警護隊一同は蒼原君とすぐに意気投合したもので」
「あー、そういうことね。いいんじゃない? すぐに打ち解けてもらった方が屋敷としても好都合よ」
そう言って、あっさりとこの喧騒を容認する。
「流石姫様ですぜ! 野郎共のノリを分かっていらっしゃる」
「このぐらい頻繁にやっているでしょう? まあ、騒ぐなとは言わないけれど、彼女達には迷惑かけないようにしなさいよ?」
「「了解‼」」
「はい、じゃあ続けてもいいわよー」
少々砕けた態度のジアントにも、罵倒で咎めることは無く、簡単な注意をする程度で、それを受けた警護隊一同は一度畏まって返事をし、それを受けたリーベはと言えば、そのままあっさりと喧騒の続きをも承諾する。
…………。
と、警護隊に見送られ、メイドさん達とも微笑みながら挨拶を交わし、何事も無かったかのように俺のところへ来る。
「で、どう? アザヴィール邸の晩餐は」
「……えっと、非常に楽しくて、愉快で、楽しい……です」
「そう、楽しんで貰えて何より。では、明日からの活躍も期待しているわよ」
「あ……はい」
何やら期待されたような気もするが、それは幻聴だと結論づけて、一応形式的な礼をしておく。
おやすみ、とも言っていた気がするが、それも幻聴だろう。
…………。
「……えっと、すみません、腹黒──リーベ様って夜になると人格が変わったりします?」
あれが果たしてリーベ本人なのか。今聞いたことが果たして幻聴なのか。それを確かめるため、近くに居た赤髪でメイドさんに尋ねる。年は俺と同じか、下手したら この童顔は中学生ぐらいの年齢だろうか。
「へ? ……あ、そうか、あなたはまだ『日浴びのリーベ様』しか見てないんだったよね」
なんだそのセクシーな二つ名は。
因みにこの世界では、午前のことを『陽時刻』、午後のことを『陰時刻』と言うらしい。
「と言うと、やはり人格が入れ替わって……?」
「ああ、違う違う。人格というより、性格……態度? かな。朝から夕方にかけての時間帯は凛々しく気高い格好良いリーベ様で、夜から深夜にかけての時間帯はどこか穏やかで少し抜けている可愛らしいリーベ様! まあ、どちらにしても麗しいことは変わりないのだけどねっ! あ、それでも私はルチスお姉さまのことを一番お慕いして……」
「なるほど……そういうことでしたか。ありがとうございます」
最後の方がごにょごにょしていたが、殆どテンションが高かったメイドさんに一礼し、料理が食べかけだったことを思い出して席に戻る。その間、メイドさんから教わったリーベの性質について考察する。
つまりは、お日様が出ている内はドSな腹黒令嬢で、お月様が出ている内はそれが丸くなった状態……ということだろう。
「あっ!」
そして、自席に戻ると同時にあることに気付き、思わず声を上げる。
「昼間は結ばれていたツインテールが、さっきはほどかれていた!」
「ほう、姫様の性質のことでやんすね。しかし、お風呂に入った後なのだから、リボンを解くのは当然のことでしょう」
酔いが覚めたらしいブディーディが、答え合わせをしてくれた。
なるほど。昼夜で態度が反転とまではいかなくとも、ある程度は変わるらしい
いや、駄目だ。一抹に湧いたこの気持ちを言葉にでも出してしまえば、それはきっと眷属への入口に少しだけでも足を踏み入れてしまうことに──
「──やっぱり姫様が一番だぜ!」
「ッ⁉」
内心を読み取られたような気がして、ピクリと肩を震わす。
「そうだな! やはり彼女こそが我らの主! そしてアイドル!」
「ああ、陰刻の姫様の、あのどこか抜けた感じも可愛らしい……」
「マジでパネェっす‼」
「俺はあの方を生涯推し続ける……!」
主要メンバーをはじめとし、警護隊一同がリーベについて嬉々として語り始める。
そして、気付く。
確かに俺と彼らは同じ魂を持った同志ではあるけれど、何か、肝心な部分で相違している。
すなわち、それは、
「あの、一ついいっすか?」
「ん? どうしたでやんす?」
ブディーディが振り向き、続いてドミノ倒しの如く順々に、皆が俺の方を見る。
「……あんたらの『推し』を教えて欲しい」
「ほう」
本来、この質問は大勢に対していっぺんに答えを求めるものでは無いのだが、それを敢えてするのは、すばり答えが予想出来てしまっているからで。
「当然、わっしら警護隊一同のアイドルは──」
ほら、皆で仲良く肩を組んでいる時点で。
「「リーベ様でやんす‼」」
見解、もしくは価値観の相違があった。
**
あの後、彼らにとってのプリンセスことリーベ・アザヴィールの魅力について、散々聞かされた。
どうやら、彼らは既に本性を知っているらしく、それはつまり、彼らも俺と同じような扱いを受けていたことになる。
何故だろう。
確かに、俺以上に壮絶な過去を持っている者が殆どだったし、劣悪とも言える境遇から救い出してくれたからには絶大なる感謝の念を抱かずには居られないのだろうけれど、果たして皆が皆、あおの横暴ともいえる態度や仕打ちに納得がいくものなのか。
「…………」
与えられたカプセルホテルのような自室のベッド部屋で、歯や胃腸を綺麗にする効果を持つ万能な飴玉を舌で転がしながら、熟考する。
テンションのギャップの件について、不覚にも可愛いと思ってしまっていたのだ。
もしかすれば、ここに何日も何週間も、下手をすればこの先もずっとこの世界に留まり続けたまま、この屋敷で世話になり続ける可能性だってある。
そうなったらきっと、俺も彼らのようにリーベに対して熱い好意を抱くようになるのだろうか。
今のままでは到底有り得ないけれど。
しかし、リーベ・アザヴィールが誰よりも努力し、周りのことを考え、大きな目標を実現出来るような人間だということは、今日一日で接した時間と警護隊一同やメイドさん達の話を聞いて、痛いほどに分かる。
凄い、と。
感嘆し、驚嘆させられ、詠嘆を叫びかけて。
そういった念を抱くと同時に、密かな憧憬の念を抱いているということもまた、実感せずにはいられない。
「…………はぁ」
過度な疲労、先の見えない不安、そして何よりリーベ・アザヴィールという人物に、昔自分が理想としていた人間像を当てはめて、虚しくなるといった無為な作業の繰り返しに対して溜息をつき、やがて目を閉じる。
今日一日で起こった出来事が普段の日常からかけ離れすぎて、現実味が無い。
だが、目を瞑った途端に映像のように流れる数々の驚愕や困難といった経験、心身に刻み込まれた疲労や覚悟が、これが決して夢物語ではないということを如実に示している。
ああ、異世界に居るのだなぁ、と。
そんな漠然とした感慨に耽りながら、ゆっくり、ゆっくりと微睡みの海へ沈み、その深くした深くへ……────
「──っ! ……づ、ああ!」
安らかな眠りに誘われる前に、五回程の多彩なバリエーションの金縛りに見舞われ、気付いたら眠っていたのだった。
こうしてよくわからないまま始まった奇天烈な一日は幕を閉じる。
しかし、これはまだ始まりにしか過ぎず、俺は明日、今日以上の激動に晒されることとなる。
また新たな出会いや発見があるかもしれないし、何かとんでもないことに巻き込まれるかもしれない。
けれど、俺は前へ突き進む。
後ろを振り向かずに前へ進むこと。どういうわけか、それが俺の役目で、誰かにそうしてあげられるように手を差し伸べることがやるべきことなのだと思ったから。
それが何故なのか、まだ何も分からな――………………ZZZ。
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