第二話『まるで○○のようなお部屋』
「やあ、やあ! 姫様の相手はどうだったでやんすか? え?」
「何を期待しているのか知らないけれど、客観的に見ればやましく痛々しいことしか無かったぞ」
リーベご令嬢が無意識なSMプレイを実践し、満足なさったところで俺を縛り付けている紐も解かずに退出し、入れ替わりで入ってきたのがこの男、隻眼風太郎ことブディーディ・ヴァイルド・ヴェイジールであった。
彼は律儀に紐を外して、椅子の真後ろに置かれていた鞄を俺に返すと、無駄に入り組んだ屋敷内をエスコートして下さった。
アザヴィール邸は、一言でいえば白を基調とした巨大な西洋風の屋敷で、確かにリーベの言う通り、隅々まで手入れが施されたクリーンな状態になっている。
廊下は長ったらしく階段も多めだが、引かれている赤い絨毯がやたらと高級感を醸し出しているので、面倒に思うどころかその華美な見栄えに惚れ惚れする程だ。それに、レッドカーペットは庶民の憧れである。
歩いていると、ちらほらとメイド服を着た美人なお姉さん達が見られ、巨大な窓から見える広大なお庭には、黒で統一されたスーツに身を包む格好良いお兄さん達が見える。
「屋敷の中で清掃や食事の準備をしている淑女の方々がメイド隊。庭園で巡回や訓練等をしている紳士の方々が身辺警護隊。因みにわっしは身辺警護隊のリーダーでやんす!」
「解説ご苦労様。なるほど、屋敷の大きさに見合うだけの人数は居るんだな……にしても、そんなに必要か? 確かに、あいつ──ご令嬢はここら一帯の権力者様だって言っていたけど、要はご令嬢一人の世話をして守ればいいんだろ?」
長い廊下、レッドカーペットの上を鞄左手に持ちながら歩いている最中、左右に当たり前の如く陳列している部屋の量に驚く。なるほど地位や権力は相当のものと察しがつくが、果たしてそこまで雇う必要があるのだろうか。
そう考えていると、解説役ことブディーディが碧眼を優しく細めて、
「実は、ここに仕えている者の殆どが、亜人種だったり、家庭の事情で学校に通えなかったりといった、複雑な境遇に置かれているのでやんす」
「……風当たりが強い亜人種や学歴不足の人々……要は、仕事に就かせてもらえなかった人達をここで雇っているってこと?」
「ご名答、お察しがいいことで」
「いや、ごめん……人数多過ぎとかデリカシー無いこと言ってしまった。困窮した時代背景をよく理解しないまま勝手な意見挙げるとか、ゆとりの悪い癖だよな」
もっとも、『元世』の現代社会においても無数の問題が無限のように勃発しているし、平和で潤沢な日本にしても様々な問題が後を絶たない状況だが、この世界の風潮もまた違う闇を抱えている。
だが、ここで気付く。
今のやり取りを反芻し、同時に浮かび上がるツインテールのシルエット。
「……すまん、無粋なことを聞いてしまうけれど、リーベご令嬢はどっちなんだ? ………その、亜人種か、人間か」
「ああ、そのことでやんすか。姫様は亜人種でやんす。しかし、彼女は亜人種の中でも少し特殊でやんすね。世間一般が亜人種と言われて頭に浮かべるのは『獣人』のことなのでやんすよ」
ブディーディの表情が、今度は真面目な面持ちに切り替わる。
「『獣人』っていうのはつまり、動物の血を宿すってことだよな?」
「はい、『動物の血を宿す種族──獣人』。これが亜人種に含まれ、世間が示す亜人種そのものとなっている…………しかし、そもそも亜人種にはもう一つの種族がいるのでやんす」
「もう一つ……?」
亜人種イコール『獣人』。どうやらそれが基本的な認識らしい。ただ、本来、亜人種には二つのパターンが存在するというのが、ブディーディの解説だった。
「先ほどの追いかけっこの時に言ったでしょう? 姫様は悪魔族の血を宿す、と」
「ああ〜、俺が流れで答えたやつか。それ、当たってたんだ…………ん? よく考えると悪魔って『獣人』とは言わなくね?」
「そういうことでやんす。…………『獣人』よりさらに太古から語り継がれる、もはや神話とも呼べる種族──魔境・『太古の箱庭』にて過ごしていた『魔人』。姫様は、その『魔人』に含まれる悪魔族の血を宿しているのでやんす」
「……まじか…………」
まさか、『魔人』という、いかにもパワーカーストのトップを占めそうな種族であるとは思わなんだ。
だが、逆に疑問が浮かぶ。
彼女が『魔人』であるならば、人々は亜人種もとい『獣人』以上に恐れを抱くのではなかろうか。この区域の権力者であり、その他の産業においても上の立場で尽力し、見た目からして歳は近いだろうから学校にも通って
いると思われる。
民衆の目に付く機会ばかりではないか。
「そして、あの方は並外れた努力を重ね、路頭に迷う人間や亜人種の者達をここでまとめて雇っているのです」
「……負担なんか尋常じゃねえだろ。そんな、茨の道に進む以上の選択…………少なくとも、俺には無理だ……」
反対も、批判も、侮蔑も。
ありとあらゆる方向から、ある者は面と向かって、ある者は安全圏から、リーベに向けて一斉に降りかかったのではないか。しかし、少女は折れないどころか茨だらけの道の先へと進み、地位も、権力も、そして何より信頼を手に入れた。
おびただしい量の、形が無い感情や批評の嵐を駆け抜けて。
「だから、皆姫様に固い忠誠を誓い、区域に住む殆どの住人も、彼女に信頼を託しているのです」
素直に納得がいった。
そして純粋に、リーベ・アザヴィールという少女の威厳や努力家としての、人としての凄さに、驚嘆し――憧れた。
別の種族の血を宿す亜人種に対する偏見や侮蔑の眼差しは、未だ消えていない。
そしてこの世界、この国にもやはり、経済格差や上層部、裏での汚職といった事実が影に埋もれているのだろう。
その一方で、彼女を、そして亜人種を白い目で見ない人々もまた増えているのだろう。だが、それは悲しいことに、このアザヴィール魔公区域に留まる話で。
そんな世界で、こんな状況だからこそ、リーべ・アザヴィールという一人の少女は、必死に足掻くのだろう。
「でもやっぱり、世論に左右されて彼ら彼女らを悪く言わないところを見るに、姫様の言った通り、君は悪い人では無いみたいだね」
唐突に、イケメンボイスでそんなことを言い出した。
「やめろ、照れちまうだろうが……って、え? あの女が俺のことをそう言ったの?」
「はい。彼女曰く、『この男の脚と技術に価値はあるけれど、保護する理由はそれだけではないわ。この男は少なくとも、風潮に飲まれている有象無象とは違うと思うの。だから余計、このまま見捨てて後に死なれたら夢見が悪いじゃない。それに私の恐ろしく回転が早い頭でよくよく考えてみれば、この騒動に巻き込んでしまったこちらの立場というものも無くはないのだし』という具合に」
「……………………」
美しく無垢な花に触れたかと思えば、猛毒を秘めた棘を持っていたというオチを経験して、リテラシーの警戒度もとい不信感が跳ね上がった訳だが、だとしてもこの男が易々と嘘をつくような者には見えない。
つまり、彼が言ったことは本当で、それは、あの腹黒サディスティック悪魔女ことリーベご令嬢が、俺のことを少なくとも同じ人間として見て、尚且つそれなりの関心は持ってくれていたことになるらしい。
なんだ、それは。
癪だが、嬉しくなってしまった。
「複雑な事情を抱える者を、たとえ多くとも雇い、一人一人に居場所と存在価値を与えて下さった……。確かにあの方は高潔で高慢で、一見してみれば慈悲とは無縁の性格と見られるでしょうが、それは姫様がご自身に着けている仮面でもあるのです。流石にその仮面の下の素顔を晒せる相手は限られておりますが……」
そこで一度間を置き、先行していたブディーディがこちらを振り向き、右手の人差し指で俺の鼻を軽くつついて、
「──蒼原君も、もしかしたらその相手の一人になれるかもしれないでやんすね!」
その甘いマスクで笑いかけるのだった。
「お、おう……」
俺が女だったら間違い無く落ちていた。それだけの危うさと破壊力が、今のスマイルにはあった。すまいるたんの契約者である俺が彼女以外のスマイルを賞賛するなんて珍しい。
「着きましたよ、丁度ここでやんす」
「お」
そして、とうとう着いたらしい。
目の前は花瓶と絵画が飾ってある行き止まりの壁で、その右手に部屋があった。
やった。角部屋だ。
旅行先のホテルの部屋案内時と同じぐらいの時間がかかったような気がする。既に道が分からない。
そうして振り返っていると、ブディーディが扉を開ける。
「こちらが、今日から蒼原君が死んだように眠りにつくお部屋となっておるでやんす」
「おいこら、不謹慎な言い方をする──」
そこで、目に入った光景に愕然とし、言葉が区切られる。
いや、角部屋ではあるし、角部屋だけれども、こんな無理矢理な構造をした角部屋があるだろうか。
「元々は用具入れとして使われていたゆえ、そして姫様の確固たる指示であるゆえ、このような結末に……」
常に飄々としているブディーディも、流石に同情して哀れみすら浮かべている。
そして、俺は首をゆるゆると横に振りつつ、若干引いていた。
簡単に言えば、カプセルホテルのそれだった。
つまるところ。
扉を開けて、ベッドが見えて………………終わり。
ギリギリ俺の身長が収まる程の大きさのベッドが、空間にピッタリと収まっており、壁と密接している。
有り得ない。部屋と呼んでいいものなのか。
有り得ない。
「……………………あの腹黒女…………」
叫ばなかっただけでも褒めてもらいたい。
確かにリーベを人として見直したし、少なからず尊敬の念を抱き、その強さに憧れはしたけれど。やはりこういった点に関しては、笑って受け入れることは出来ない。
兎にも角にも、俺はこの部屋もといスペースで、滞在期間未定の寝泊まりを過ごすことになるらしく。
「とりあえず、これ……御者専用の衣類でやんす」
「ああ、うん……」
まるでサイクリングウェアのような運動着を貰い、呆然と部屋に入って扉を閉め、止むを得ずベッドの上で着替えるのだった。
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