幕間『その頃の使用人達』

 この黒い制服はどうやら『学ラン』と呼ばれているらしい。黒一色に銀のボタン。なるほど、単調かつ見栄えがいい。実に良い趣味をしている。


『ブディーディ、ちゃんと眠らせたの?』


「はい、姫様。心優しい姫様からのご指示はきちんと遂行でしましたとも』


『な──⁉ だから何度も言っているけれど、その男は保護するのではなく使うために捕獲したに過ぎないの! お分かり⁉」


「慈悲深きそのお考え……ああ! 実にこの少年は幸せであるとお見受けするでやんす!」


『聞けえぇい‼』


 ええ、分かっていますとも。

 姫様は一見、他者を見下し、誰も寄せ付けない高潔な高嶺の花であるという印象が拭えませんが、実は根底に人一倍強い正義心を秘めており、それと共に逞しい行動力や向上心、反してぬいぐるみの収集やお花の手入れといった可愛らしい、非常に可愛らしいご趣味をお持ちでいて、我々身辺警護隊や使用人にまで日々の労いのお言葉を向けて下さるような、悪魔めいた思考と共に覗かせるその女神のような優しき一面は男心を……いや、女心も……もとい、人間の心を擽り、陥落させるには十分過ぎる程の威力が────


「おっと、『聞けえぇい‼』の時点で通信は切られていましたか。……さて、姫様のご命令通り、屋敷に運ぶといたしますか」


 この女性の身柄も、その過程で警護兵の方々にお渡しするといたしましょう。


「では、発進!」


 そうして、少年と婦女を両脇に抱えて、風魔術で風の霊生物との契約、進行の軌道、適応出来る視界、肉体、神経器官、情報処理段階を確保し、周囲の大気中を流れる風のすべてを味方に付けて、音速速度で飛び立ったのでした。


「しかし……」


 と、お友達である風と乱舞する中で、思案に耽る。

 本人はああ言っているけれど、やはり姫様は本当に心優しいお方だ。

 あの少年が、いくら大昔――『太古の箱庭』で暴走した自分自身を、身を挺して食い止めたという『漂流者』の男に似ているからといって、本人であるかどうかも分からないのに、彼を見捨てることなどしないのだから。


「姫様……あなたは本当に最高の方だ!」


 心の底からの敬意と共にそう叫び、大気を切り裂いていくのでした。


**


「撃てーッ‼」


 私の号令と共に、屋敷の広大なバルコニーに並んで霊装を構えていたメイド隊の『射撃グループ』一〇人が、一斉に魔法攻撃を放つ。


 標的は、街中にちらほらと散乱している百名程の『禁薬』密売グループ。

 彼らからすれば、自分がこんな遠距離から、しかも正確に射撃されるなど夢にも思っていないだろう。


「ルチスリーユ先輩! こちら、二名共に昏倒を確認!」


「ルチスさん、こちらも五人組を昏倒しましたわ」


「ルチーさん、同じくこちらも続け様に昏倒に成功しました!」


 また新たに戦果が上がる。彼女たちは、ライフル銃型霊装で魔法攻撃を放ちながら、次々と街中で何も知らずに油を売っているグループのメンバーを昏倒させていく。


「スヘシャ、コルーナ、レローサ、よくやったわ!」


 私が激励すると、彼女達は照れたように頬を赤く染め上げて、しかし嬉しそうに返事をする。まるでリーベ様からお褒めの言葉を預かった時の誰かのようだ。

 そうして、少しの間リーベ様の可憐で麗しきお顔を思い浮かべて想い馳せていると、また一人、二人と魔法攻撃が的中したとの報告が上がる。


 バルコニー一直線に並びながらライフル型霊装で何をどう撃っているのかというと、闇魔法に含まれる昏倒魔法を、距離・遮蔽物を無視した状態で対象に撃ち込んでいるのだ。


 こんなこと、普通なら出来っこないのだけれど、私の『獣術』とこの特殊な霊装を組み合わせれば、実現できてしまう芸当なのである。

 私の身に宿る獣は人の何倍も感覚が優れており、超感覚ともいえるそれを『獣術』で発動させて敵の居場所を全て的確に察知し、


「フィアンリ、また複数見つけました。伝達お願いね?」


「はいっ、ルチスお姉さま! このフィアンリ、全身全霊で皆さんに位置情報を伝達致しますよ~!」


 気合十分といったように意気込む彼女に、私が捉えた位置情報を、繋いだ私の手を通してメイド隊各員に彼女の魔法――光魔法に含まれる伝達系の術で知らせてもらうことで、どんなに距離や遮蔽物があろうが、私の感覚で察知できる限りこの布陣は完成する。


 しかし、忙しく対象には、いくら正確な位置情報があったとしてもそこへ魔法攻撃を撃ち込むことは出来ないので、そこは同じく街中に派遣した残りのメイド隊メンバーの彼女たちによって始末してもらうことになっている。


「さて、これで後残り僅かですね」


「そうですね…………あ、あのっ!」


 と、何やらフィアンリが緊張に瞳を揺らして、自身の髪色に負けず劣らず頬を赤く染め上げながら、私を見上げる。繋いだ左手には、微かに力が込められた気がした。


「どうしました? フィアンリ」


「そ、その、この件が終わったら、一緒にお買い物などどうでしょうか⁉ なんて!」


「買い物……ですか?」


「はいっ! あ、あの、このような時にすみません。お暇があれば、でいいのです……」


 やはり緊張しているのだろう。所々たどたどしくなっている。しかし、このような些細な申し出に緊張するなんて、本当に可愛らしい妹分である。まあ、年齢も所属歴も彼女が一番若いので、屋敷全体の妹といっても過言では無いのだけれど。


 特に私を慕ってくれているからか、前髪を斜めに切り揃えるところを真似してくれているところは凄く嬉しかったりする。

 しかし、お買い物と聞いて、何かが引っかかる。直近でそのような会話をしたような……


「あ、もしかして、あなたもリーベ様にお似合いなお洋服を選びたいのねっ!」


「え…………………………あ、はい、まあ、そんなところです」


 何故だろう、今、少しだけだけれど彼女の掌の温度が低下した気がする。気のせいだろうか。

 うん、きっと気のせいだろう。


「そういうことなら、喜んで快諾しますわ!」


 そして、本格的にリーベ様とのお買い物の約束をお取り付けなければと思ったところで、何故かフィアンリが頬を膨らませてそっぽを向いたところで、対象のグループの全滅が確認されたのだった。






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