第二話『晴れのち曇りの心模様』

 聞き返すことも忘れ、今言われたことを瞬時に脳内で反芻する。

 格好良い。()……イイ……?

 鉛のように重くなった頭と首を上げ、声のした方を見上げる。海老反りになることで背筋が痛むが、もはやそんなことは気にしない。


「物語の主役みたいで格好良いです!」


 ――天使だった。


 有り体に言ってそんな感想しか出てこないけれど、やはりそんな言葉が相応しい。


 その華奢で小柄な肢体を白いワンピースに纏い、こちらを見下ろす少女のアメジストを象ったような双眸は優しく細められていて、それと呼応するようにふっくらとした桃色の唇は微笑みの曲線を描いていた。


 そして、一面の純白と対なるように、存在を主張する肩まで伸びた黒い双尾が、颯爽と吹き付ける風と共に控えめな乱舞をしていた。


 ツインテール。その髪型が俺のオタク精神を刺激する。

 別にオタク全員がツインテールを好むわけではないけれど、俺の生涯変わらぬ推しキャラと似通う点があるので、それがマイハートを強く刺激したのだろう。


「お、れが、かっこいい……?」


 こんな醜態を晒しているところへ堂々と話しかけられたことが、まず恥ずかしく、無酸素運動の名残と恥辱によって頬を焼かれながら、絶え絶えに問いかける。

 有り得ないだろうと、無様な自分の顛末を傍観して。


「はいっ、あなたの勇敢さは十分に誇れるものだと思います!」


 やばい、泣きそう。

 見ず知らずの、推しキャラに似た美少女が、こんな無様な俺を見て褒め称えてくれていらっしゃるのだ。


 外見だけではなく中身も天使。

 これが若干フィクションじみた異世界においての人間味というものなのだろうか。白昼堂々ひったくりを働く不届き者も居れば、天使も居る。


 おいおい、中々良い場所でも無いことでも無いではないか。


「ありがとう、ございます……」


 見たところ年齢は同程度だろうが、一応敬語でお礼。そして、依然として悲鳴を上げている軟弱な身体を起こし、ゆっくりと立ち上がる。

 神々しく萌え萌えしく佇む少女に向かって、思わず尊みを込めた二拍手一礼を全力でしそうになったけれど、構えをとったところで思わず立ち止まって、これ以上黒歴史を作り上げることを回避した。


「褒めてくれて、本当にありがとうございます」


 よって、感謝の気持ちをふんだんに込めて、

今度はきちんと頭を下げる。


「いえいえ、そんなっ、私、全然大したことしていないので……顔を上げてください」


 言われた通りに顔を上げ、少女の可憐な顔を見据える。うん。可愛過ぎる。

 しかし、見惚れている場合では無い。折角、勇気をくれたのだ。

再び、今やるべきことが目の前に浮上する。


 まだ決着はついていない。まだ終わった訳ではない。


 身体は悲鳴を上げているけれど、久しぶりに話した女の子が良い人過ぎて好み過ぎていたのにも拘わらず、このままゆっくりとお話が出来ないことに対しての未練が凄まじいけれど、背中を押す言葉そのまま前へ進む推進力へと変えなければならない。


 そして、その即席の覚悟を察してくれたのか、少女が路肩の方を向いて、


「ひったくりを追っているのでしょう? だったらあそこに停めてある『ジシンシャ』をお使いになって下さい。恥ずかしいことに私には力が無い分、あれを操縦することが難しいので」


 そう言って示された乗り物。

 なるほど、やはりこの世界にも乗り物なるものはあるらしい。『ジシンシャ』と言われて、咄嗟に『地震』だったり『馬車』のようなものが思い浮かんだけれど、前者はともかく、後者の馬車にしてはサイズが小さい。


 というか。


 その『ジシンシャ』なるものを凝視して、ある文明の利器の存在が酷くデジャブする。


 頑丈そうな細長い物質で構成された、一対二対ルート三、三十度六十度九十度の逆三角形の部位。色は黒地に赤のラインが織り交ざる形で、それは逆三角形の左角部分から上へ伸びる棒にも言えることで、その棒先にはこれまた三角形状の赤く薄いクッションのようなものが設置されている。


 右角部の先に取り付けられているのは、『U』の字を左に倒したような曲線状の棒で湾曲部の先には黒い角が、そしてこれにも赤いテープのようなものが包帯のように奇麗に付けられている。


 下部の方に目を移せば、黒い歯車や、対線上に装着してある二つの小さな足場が備わっている。


 極めつけは、逆三角形の上二つの両角から斜め下に伸びたそれぞれ二つの棒に挟まっている、灰一色の円形とそれに巻かれている黒いゴムのようなもの。それが左右に二つだ。


「……」


『元世』において馴染みが深すぎる文明の利器を目の前にして、何度目か分からない感嘆の衝動が身体を突き抜ける。


 そう、これは、まさしく。


「──ロードバイクじゃねえかっ‼」


 自転車において最速最軽量。趣味においても交通手段においても競技においても使用出来る最高の道具。己の力が前へと進む推進力となり、時に自然に抗い、時に自然の力をも借りて幾度もの旅を重ね、幾度もの争いを走り抜く。


 何故、自転車が異世界に存在するのかという、至極当然な疑問が喉まで込み上げてきたところで、回答が導き出される。

 少女は『ジシンシャ』と言っていた。発音が自転車とそっくりだが、恐らく、漢字に起こしてみると、こうなる筈だ。


 ――『自進車』。


 そのままそっくり、自分の力で前に進ませるから、という意味合いだろう。


「なるほど、これだったら……いける!」


 確信を持った。何故、確信を持ったのかと問われれば、自分のかじりついてきたスポーツ歴を例に挙げて答える。


 曲がりなりにも、それも幾度も紆余曲折を経て、捻じれに捻じれてしまった挙句に挫折してしまったけれど、俺は中学生から高校一年生の夏まで自転車競技に打ち込んでいたのだ。


 故に、現在通う高校の自転車部に数か月間所属して過密なスケジュールをこなしていた訳だが、高頻度の遠征や過剰な練習、何より中学時代のように自由が利かないといった言い訳がましい理由で辞めてしまい、今ではレースにも出ていないので、今更自転車競技歴があるからといって、決して威張れる訳でも無いし、威張りたくも無いのだけど、その経験が今人のために生きてくるのであれば、それに縋らない手はない。


「あなたは乗れますか?」


「はい、感覚、知識、経験を全て総動員させて乗り回せる自信があります!」


 少女の返事に二つ返事で答えてサムズアップ。ただでさえ眩しい目を輝かして見つめてくれるものだから、より一層心とやる気がみなぎってしまう。


 滾りに煮え滾って燃焼された挙句に蒸発してしまったらどうしようかと危惧するも、仮にそうなったとしても俺は水蒸気の塊となってでも『自進車』に乗るだろうという、意味不明な覚悟が意味不明な不安を打ち消す。我ながら意味不明。

 何だ、水蒸気の塊って。


 自転車もとい『自進車』は、中世ヨーロッパ風の世界観に似合う造りになっていて、『元世』での最新鋭技術が搭載されている訳では無いけれど、操作方法はあまり今と変わらない筈だ。十九世紀初頭から末までの間で使用されていたロードバイクの造りは、主体となる材質や変速機以外はあまり変わらないといってもいい。


 材質面は自身の馬力でカバー出来るからいいとして、問題は変速機――つまり、ギアチェンジをするやり方が、上ハンドルのブレーキ部分ではなくてフレーム上のレバーでいちいち変えなければならない点にあるのだけど、そのあたりもぶっつけ本番で何とかするしかない。


 異世界といっても、思いのほか『元世』での常識が通用することは、この短時間で少しは把握できたので、大まかな点においては『元世』での経験をそのまま生かしてもいいものだと思われる。


 とりあえず、肉体はがくがくと疲労を訴えているが、困憊している程ではない。


 律儀にスタンドで停めてあった『自進車』のスタンドを足で払い、ドロップハンドルのグリップの感触を確かめて、フレームを跨ぐとともにお尻をサドルに乗せる。


 少女の背丈との差から、サドルポジションの窮屈さは否めないが、どのみち最終的には立ちこぎで猛進するのだから問題は無い。


「なんか、さまになっていますね! 格好良いです!」

「あ、あざす……」


 さっきから格好良いとばかり言って下さるので、照れと罪悪感が一挙に押し寄せる。


 そして、我ながら低女耐力感が否めない返

答だ。

 因みに、『女耐力』というのはそのまま女子への耐性を指しており、読み方は『にょたいりょく』。何故、その読み方なのかと問われれば、『女体』と言っているようで少しエッチだからと答える。


 話を戻そう。

 右足をペダルに乗せて、上ハンドルを両手で握り締める。金属製のペダルからローファーが滑り落ちそうだが、それも何とかするしかない。


「よし……!」


「はあ、はあ! おい兄ちゃん! お前さんそれで追いかけんのか?」


「ぜえ、ぜえ! よそ者! 気を付けろよ?」


「んん、んん! ぶははあああああああああ‼」


「はい、大丈夫っす。任せてください!」


 白服のおじさんたちが今頃到着。少し、というかだいぶ遅いと思う。俺が言えたことでは無いのだが。


 それと、白い服の正体は白衣とコック帽でした。何故、コックさんが三人も外で追いかけていたのか分からないけれど。最後の方、大丈夫だろうか。


「道中、お気をつけてください!」


「はい! あ、『自進車』、あとで返しますので!」


 少女と、ついでにコック三銃士に一礼。

そして、ペダルを踏み込み、ギアの重さをある程度把握し、全体重を駆動輪に伝達させて、立ちこぎで一気に加速させる。体幹はぶらさず、無駄が無い程度に車体を左右に揺らしながら、風邪を切って前進させていく。

 

 こうして、異世界に飛ばされてから数十分後、何故か俺はロードバイクに跨ってひったくりを追いかけるのだった。


**


 あれ程『格好悪い』と連呼し、『あなたの蛮勇は十分に恥じるもの』とまで貶したというのに、あの見慣れない服装をした少年は、悲しくて泣くのではなく嬉しそうに泣いていた。


 あれか。生きる過程において、心と頭のねじというねじが外れに外れた結果生じてしまう、気味の悪い性癖――『どえむ』、というやつなのだろうか。


 なるほど。


「きっっっっっっっっっっっっっっっっっっっも‼」


 思わず溜め込んで叫んでしまった。


 周囲の有象無象は私の正体に気付いたのだろう。慌てて右手を心臓に当てて瞑目している。ふむ。悪くない。これぞ、私の存在価値を証明するに相応しい。


 と、まあ、あの男の無様この上ない醜態を思い出して高笑いしたい衝動を堪えつつ、現状最も優先すべき事項をこなすために動くとしよう。


『密売人』の尻尾を辿っていった結果、あの女に辿り着き、密売直後に女の手に渡った『禁薬』を強奪出来たところまでは良かった。ただ、そこへあの少年が乱入してきたことが全くの予想外だった。


 見たところ、服装や顔立ちからして『ヒユウ』公国の住人と思えるが、この国でしか生産されていない『自進車』の乗り方や知識を心得ていたところを見るに、この国の最新技術についても疎くはないようだ。


 そして何より、あの少年のことは拒絶しなければならないということを、私の本能が訴えている。理由は定かでは無いが。


「ふん、あんな愚物のことは後回し。今は対象の方が優先だわ」


 学生服のようなものを着ていた残念な変態の残像を無理矢理霧散させて、右手の手のひらを耳に当てる。


「そちらの方はどう? まあ、悪い知らせが鼓膜に届いた時点で地獄へ送るのだけれど」


 既にある程度離れた位置に対象を運んでいるであろう、使用人の男に魔術通信で状況報告を催促する。


 すると、何やら規則正しい動物の足音と震動が相手の背後から聞こえる。


『順調でやんす、姫様。手配していた馬車に乗り込んで、無事、イワーコ湾に対象を運べそうでやんす』


「そう、それは何より。ではこちらから追加事項を一つ。愚鈍極まりない豚があなたのことを『自進車』で追いかけているわ。どういう訳か、ある程度乗り慣れている様だから、気を付けなさい」


『豚さんがアレに乗って追いかけてくるのですか? どこの団体の催しでやんすか』


「食べたら美味しい方では無くて、救いようが無い愚物に対しての比喩表現よ。あなたを焼いて差し上げましょうか?」


『わっし、あまりお肉には自信が無いので、焼いても姫様のお口には合わないかと……とにかく、心得たでやんす。では!』


 そう言って、拘りのファッションに身を包む使用人の一方的な切断で通信が終了する。本当に焼いてしまおうか。


 あの男は仕事が出来るし気遣いも一流なのだが、今の最後の無礼な態度やおかしな言葉遣い、一人称といい、変なところで変な部分がある。まあ、前述のとおり仕事は出来るので我が邸宅においても重宝しているのだけれど。


「さて、そこのコック三銃士」


 その場で冷や汗をかきながらどさくさに紛れて瞑目している、三人のコックを呼ぶ。

 すると彼らは、びくりと肩を震わして、露骨に怪しげな反応を見せる。


「……何でございましょうか、リーベご令じょっっっ⁉」


 こちらの様子を窺うかのように、その曇った目を微かに開けて応じたコックの一人の顎を思い切り蹴り上げる。私より遥かに屈強な中年の巨躯が、そのまま飛び跳ねて地面に転がる。痛そうに、痛そうに、悶えている、それも当たり前のことだろう。

 私の力を持ってすれば。


 周囲から上がるざわめきに構うことなく、コック三銃士に問いかける。


「お前達、あの女と密売人のグルでしょ

う? コック帽の中に隠し持っている霊装を見れば分かるわ」


「……ッ! 気付かれて……!」


「投降しろと言っても、お前達のような外道なる愚物以下は抗ってくるのだろうけれど」


 取り締まられている『禁薬』の密売。咄嗟に被害者を装っていたあの女も含めて、奴らは禁忌に触れた愚物以下の犯罪者だ。もはや、こちらの命令にも応じないだろう。


「あんただって……俺達と同じ亜人種だろうが! なのに、何だこの扱いの差はぁっ‼ 俺達だって魔術師に見下されない平穏な生活を享受したいんだよ‼」


 予想通り、反論が飛来する。このご時世、色々な鬱憤を抱え込んでいたのだろう。

法律ではなく風潮。確かなものではない漠然とした雰囲気。


 純粋な人間である魔術師が、人以外の血を含む亜人種を嫌悪しているという現実に対して。


 ――だからどうした。


「だからどうした。そんな不満を免罪符として犯罪に走った時点で、お前達はお前達を偏見だけで忌み嫌う輩共以下になってしまっていることに気付かないの?」


「…………‼ ふ、ふ、ざけるなあああああああああああああああああああッッ‼」


 案の定、激昂してしまったらしい。

 人は核心に触れられ、それを根底から覆されかねない正論をぶつけられると脆いと聞くけれど、なるほどその定義は当てはまった。

コックの男達はそれぞれのコック帽を脱いで、中に張り付けてあった拳銃型の霊装をこちらに向けて構える。


「手遅れね」


 出来る限り穏便に済ませたかったのだけれど、なにせ、相手が先に武器を持ち込んできたのだから仕方が無い。


 向けられた霊装は左から緑、黄、赤の順で、球状の魔法を放つ準備をしている。

 ここまで来たら、彼らはもう後戻りは出来ない。無為な魔法の乱発は『魔統法』によって固く禁じられている。故に、霊装とはいえ、魔法の装填を開始している時点で法に抵触しているということになる。


 横に三色並ぶ魔法の球が射出準備を完了したようだ。ふむ。現行犯。


「死ねえええええ──えええ⁉」


 在り来りな悪党の叫び文句が、自分へ問われる形で語尾がハテナする。

 駄目元で私に攻撃しようとして雑兵なりに爪痕でも残そうとしたのだろうけれど、それすらも出鼻をくじかれる形で実現不可能となった。


 目前に訪れた変化といえば、魔法の霧散と、霊装の爆発。


「の、ほぉぉ──ッ⁉⁉」


 現行犯三人は酷く困惑しているが、私は誰よりもその変化を齎した主を知っている。

 再び右手の手のひらを耳に当てて、魔術通信を開始する。また別の相手だ。


「ルチスリーユ、霊装は機能停止させるだけで、爆発させろとまでは言っていないのだけれど」


『申し訳ございませんリーベ様っ! ……しかし、恐れながら申し上げますと、リーベ様に牙を向けたという事実だけであの者達の存在意義はもはや皆無といっていいものかと』


 後半からは微妙な会話の齟齬を感じたが、それでも通話越しの少女は一応、目の前の現行犯達の武器を爆散させて動きを封じてくれたので、及第点というところだろうか。


 そう、少女。もう一人の使用人で、もう一人の男よりかは抜け目が無いと思いきや、彼女も肝心な場面で暴走しかねない性格だ。


 美しい花には棘があると言うけれど、それをそのまま具現したような人物である。少女といっても歳は彼女の方が上なのだが。


「まあ、いいわ。それより、他の同業者の影は?」


『はいっ、今回の密売に関わる同業者の数は優に百を超えていましたが、私の『獣術』で全ての者の位置を把握し、私共『メイド隊』で現在速やかに対処しております』


「ふむ、悪くないわ。流石ね」


『………………もったいなきお言葉でございますわ……』


 今の間は何だ。まあ、いいか。


 兎にも角にも、これであとは今回の騒動の中心に位置する『禁薬』を処分出来れば、後のことは『警護兵』達に任せて帰ることが出来る。


 全く、『自進車』の練習とお散歩がてらに街へ出てみれば、早速事件に巻き込まれてしまうという不幸体質。いや、正確には自分から首を突っ込んだのだけれど、それはこの区域を治める者としては当然の選択だと思ってのことなので後悔はしていない


「あとはブディーディに任せましょう」


『あの女はいいのですか? 暫くしたあと、凄まじい速度で彼のことを追いかけて行きましたが……』


「安心しなさい。あいつは、ああ見えても最高位魔術師だから多分何とかするでしょ。それに、実際に『禁薬』を服用した状態で捕獲しないと賞金も出ないでしょう? 最近、やたらとお金を使う機会が多いから丁度いいわ」


『なるほど! そういうことですか……では、その賞金でお買い物をなさる時はぜひ、このルチスリーユもご同行させて下さいまし! 広大なお洋服のラインナップの中から、リーベ様にお似合いな究極の着せ合わせを見つけ致しますわ!』


「はいはい、楽しみにしているわ」


 素っ気なく返事をして、通信を切る。


 スチルリーユの気分が高揚する沸点というのが未だに見分けられず、その境界線を越えてしまった状態の彼女は暴走気味になってしまうので、早急に会話から離脱した方がいい。    


 今にも栗色のポニーテールを犬の尻尾の様に振り乱す彼女の姿が目に浮かぶ。

さて。


 あの少年は、私が乗れずに危うく力を暴走させて壊してしまうところだった『自進車』を手足のように扱っていた訳だが、それ以外には突出した何かがあるとも思えない。


「『足』としての利用価値程度はあるかしら……」


 どんな愚物にも、一つや二つは特技を持っている。あの少年も、恐らくその法則に当てはまるのだろう。であれば、その数少ないであろう特技は『自進車』を駆使出来る技能か。


 愚鈍な豚、という表現は撤回するべきか。


 しかし、豚で無いのなら、他の比喩表現は……


 馬の如く使える足を持つが、子鹿の如く貧弱な心を持つ男……


「略して『馬鹿』、か」


「なんだぁ⁉ 俺達のことを言ってんのかぁぁぁ⁉」


 コック三銃士はまだ居たのか。

 騒がれると面倒なので、三銃士は三人仲良く昏倒させてから放置しておいた。


「……さてさて馬鹿な少年、お手並み拝見といこうかしら?」


 自然、薄っすらとした笑みを浮かべると共に、黒と紫が織り交ざった翼を広げて飛翔する。


 因みに、これは後付けされた演出ではなく、私自身に宿る力の一つである。


 『魔人』が一人、悪魔族としての。


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